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本編

4. 魔法

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 男を拾ってから三月ほどが過ぎた。

 時が経つのは意外と早いもので、つい最近まで包帯だらけじゃなかったかなと時々小首を傾げるくらいだ。

 とはいえ生活は如実に変化した。薪割り一つできなかった男はいつの間にかその薪割りと掃除を一手に引き受けるようになっていて、最近はちょっとずつ洗濯と料理にも手を出している。役に立ってはいるがこいつおかんなんだろうか。


「おい」

「?」

「下着くらいは自分で洗え」

「……ちっ」

 訂正。おとんだった。

 舌打ちしてかき混ぜていた鍋に視線を戻すと男は丁寧に私の上衣で包んだ下着を頭の上に乗せていった。ケチくさいな減るもんでもないだろうに。

 イラッときたのでそのまま上衣と下着を目の前の鍋にぶち込むと男はぎょっとした。

「何をしている」

「これ、石鹸だから」

「! ………そうなのか」

 男は戻ってきて泡立つ鍋を覗き込んだ。ちょうどできたばかりだ。売ろうと思って作っていた分だったがこれじゃ売れない。衝動的にぶち込むんじゃなかった。

 後悔する私と対照的に男は楽しそうだ。

「魔法のようだな」

「魔法は使えないって言ったでしょ」

「魔法よりも興味深い。見ていて面白い」

「それはどうも。あんた今日食事抜きね」

「……なっ。俺が作るのに、何故」

「私は家主だし」

「何故だ……」

 ショックを受けているのに満足して「冗談」と言ってやるとほっと胸を撫で下ろしていた。

「っていうか、魔法見たことあるの?」

「! ……ああ」

「ふぅん。あんたも魔族とか?」

 何となく思っていたことを言ってみた。

 人間用の薬が効かなかったときから思っていた。男の傷は獣に襲われたもの以外にも多くあってそっちの方が重傷だった。剣で斬られたようなそれらはまだ治りきっていない。人に紛れて暮らしていた魔族が正体がバレて逃げてきたのかもしれない。世の中には魔族が触れると爛れる金属というものがあるそうだし。

 まあ何でもいいんだけど。

 顔を上げると男は黙って私の顔のちょっと下あたりを見ていた。

「……どいてくれない?」

 充分泡立った鍋を洗いに行きたいのだ。

「あっ……ああ」

 男は我に返ったようにどいた。鍋を抱え直し、外へ向かった。
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