魔女のような人間と、人間のような魔王

三原透

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本編

13. 髪

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 ソファに落ちている黒髪を見つけて、暫しじっと見下ろした。

「どうした、座らないのか?」

 午後の一息にと薬草茶を淹れていた男が訊ねてくる。私は男に、正確にはそのすました無表情を縁取る髪に視線を移した。

「伸びたね」

「? ああ、これか?」

 男は自身の黒髪を摘む。初めて拾ったときは耳にかかる程度の長さだったが、今ではすっかり隠れてしまう。前髪も邪魔なようで左右に流している。

 私はもうずっと伸ばしっぱなしだから今更髪の長さなんて気にならないが、元が短髪ならそろそろ鬱陶しくないだろうか。

「切る?」

「誰が?」

 即刻真っ当な質問を返されて言葉に詰まった。

 そうか、私しかいないのか。この家鏡ないし。

 けど、調薬以外での私の不器用さを良く知っている男は何とも微妙な顔をしている。

「………やっぱなしで」

「ああ」

 話題終了。

 ことりとソファ前のテーブルにコップを置かれ、まず両手で包んで温かさを頂いてから口に含む。あともう少しで春がやってくる。

 思えばこの冬は今までより快適だ。力のある男手がいたから薪の蓄えは一瞬だったし、薫製肉や乾燥果実のような保存食を作るのにも時間がかからないから消費人数が増えた分を上回って多く用意できた。朝起きる頃には暖炉に火が焚かれているし、畑で手を真っ赤にしてきても家に戻ればすぐに体を温める茶と赤ぎれ防止の薬が用意される。

 男がいつまでいるのかわからないが、これに慣れたら次の冬は大変かもしれない。一人でできるだろうか。


 ぼんやり窓の外を眺めていると、静寂を壊す音がした。

 男が食事用のテーブルで飲んでいた茶を空にして立ち上がる音だった。

「井戸の屋根を補強しようと思うんだが、釘はあるか?」

「……え、今?」

「ああ、少し前からがたついていたのが気になってな。これくらいの天気のうちにやっておきたい」

「そう……釘なら、その棚の下の段のどこかにあるはずだよ」

 男は棚を探そうと屈んだ。その動きで髪が落ちてきて、邪魔そうに耳にかけていた。

 ふと思いついた。

「ねえ、髪紐を買う?」

「?」

「もう少し伸びたら、結べそうでしょ。春になったら街で買ってこようか」

 男は戸惑ったようだった。

「お前が使っているような適当な紐でかまわないが……」

「私?」

 調薬や畑仕事をするときに髪を結んでいる、あのよれよれの麻紐のことか。

「んー、でもあんたの黒髪綺麗だし。綺麗なものは綺麗なもので飾りたい」

「……お前の灰色も綺麗だと思うが」

「えぇ? そんなこと初めて言われた」

「そうなのか?」

「何というか、ぱっとしないというか年寄り臭くない? 銀とか黒くらいはっきりするか、茶色とかならまだしも」

 銀と呼べるほど透き通っておらず、艶のある黒でもない。腰くらいまである自分の髪を摘んで見てみるが、やっぱり綺麗とは思わない。

 ……まあ、言われて嫌な気分はしないけど。

「灰は肥料にも虫除けにもなるんだろう? 充分役に立つものの色をしている。それにお前の目は珍しい金色だから、暗い森でもよく目立つ」

「……それは褒めてるのかな……」

 高揚した気分が一瞬で吹っ飛んだ。

「まあそれはともかくとして。嫌なら買わないけど、どう?」

「……お前がそうしたいなら」

 つまりオッケーということだな。

 ちょうど釘を見つけたらしく男は立ち上がった。身支度を整えて玄関の戸を開け、閉めていくところまで見送った。

 ソファに背中を沈め直し、大分温くなった茶を啜る。私は何をしようか。やらなければならないことというのは、あることにはあるが火急でもない。

 もうしばらく、のんびりしていようか。

 そう決めると色々動くのが面倒になってくる。コップを置いて膝を抱えて、膝掛けの中に爪先も手も全部入れてしまう。ぬくぬくと暖かい。

 窓の外には軽さ故にゆっくりと落ちてくる雪が見えた。その額縁の中に、男が大分薄くなった積雪を踏み分けて井戸に近づいていって、屋根を支える柱をガタガタ揺らして作業を始めたのが見える。

 その肩に雪があんまりにも遅く舞い降りてくるものだから、そんなに落ちたくないなら止まってしまえと思った。

 思ったところで、止まるわけなどないのだけれど。
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