魔女のような人間と、人間のような魔王

三原透

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本編

15. 診療所

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 街に着いて最初に立ち寄るのは、いつも診療所である。

「おじさん、久しぶり。生きてた?」

「薬師さん、久しぶりだね。元気だったよ」

 患者が途切れたタイミングで診察室に顔を覗かせると、白髪の混じった医者は目尻にしわを浮かべて微笑んだ。下っ腹に贅肉を蓄えた彼は立ち上がるのが億劫なので、私から近づいて診察用の椅子に座る。

 男は物珍しげに部屋に置かれている器具を見回しながら後ろに立った。

「見ない顔だね」

「私の師匠のところの人。用があってうちに来たから、ついでに荷物持ちしてもらったの」

「そうかい、そうかい。なら君も薬師なのかな?」

「いや、俺は薬師じゃない」

「おや……これは失礼」

 医者は無表情の男にも柔らかな笑顔を見せた。

「よかったよ。あの森に一人で暮らしているなんて、何かあったときに助けてくれる人はいるのかなと心配していたんだ」

「お人好しを発揮しすぎだよ。それより早く薬を見て。今回は多いんだから」

「はい、はい」

 私が両手で抱えるような大きさの袋が三つ、その全てに薬が詰まっている。医者は眼鏡をかけて袋の中を吟味し始めた。

「ああ、傷薬が沢山。助かるよ、そろそろ人も動物も活発に動き始める時期だからね」

「それと保湿剤も多くしておいたよ」

「うん、うん。まだまだ朝と晩は冷えるし、切らしかけていたからありがたい」

「これは初めて作ったんだけどどう? 水に強い軟膏なんだけど、あなたの奥さんにもどうかな」

「へえ、どういうものかな」

 この医者は勿論自分で調薬ができるし、診療所の裏には薬草畑もある。だがなかなか手伝いの若手が少なく、私みたいな子どもの薬師でも質さえ良ければ買い取るという珍しい医者だ。私にとっては貴重な金蔓。だから是非長生きしていただきたい。

「湿布剤は前のやつより効能が良くなってると思うから、また自分で試してみて」

「そうだねえ。年々立ち上がるのに時間がかかるようになってきて……」

「その腹囲をどうにかすれば足腰への負担は軽くなるでしょ」

「そうは言っても、日々の疲れはお酒で癒されるから。ほら、酒は百薬の長と言うだろう?」

「過ぎたるは及ばざるが如し」

「あっ」

「少量では無害でも、蓄積されることで毒と化す成分もあるよ」

「ああっ」

 おじさんが涙目になっても、可愛くないんだけど。

 そんな雑談も交えながら薬や一部狩猟用の毒なんかを全部見せた。男がいたからここぞとばかりに大量に持ってきてしまったが、どうだろうか。

「うん、うん。全部買わせてもらうよ」

「えっ……いいの?」

 流石に全部は難しいだろうと思っていたため、予想外で声が裏返ってしまう。

「いいよ。去年魔王が倒されてから、西の国との交易が活発になったようでね」

「!」

「領主様の主導であの荒野を商隊が通れるようになって、随分と行き来がし易くなったそうだよ。この街にも、冬が明けたばかりなのに人の出入りが多くてね。元々君が良ければ薬を増やしてもらえないかと思っていたんだ」

「そう……なんだ」

「君は滅多に街に出てこないから、知らなかったかな」

 歯切れ悪く相槌を打つ私の反応を、医者は特に不自然には思わなかったようだ。

「ああ、そういえば……秋の暮れに、騎士様が逃げた魔王の配下を探して聞き込みに来たんだよ。どうも君のことを魔女だと言う噂を聞いたらしくてね。大丈夫だったかい?」

 喉がヒュッと鳴った。

 思い出したくもない奴らの記憶が蘇り、無意識に拳を握る。……大丈夫だ。振り向くな。

「……騎士なら来たよ。でもほら、私魔女じゃないし。何もなかったよ」

「そう、そうだよねえ。森に住んでいる子は薬師だよと言ったんだけど、ほら、お国の方は間違いがあってはいけないから。きっと君と会って確認しなければならなかったんだろう」

「へえ」

「さて、それじゃあ代金を持ってくるよ。少し待っていなさい」




 医者が別の部屋にいなくなったところで、はー……と小さく長く息を吐いた。

 ずっと黙っていた男が、喋った。

「俺に配下などいないんだがな」

「……どうせあんたを殺せたと思って大々的に発表でもしちゃったんでしょ。後になって逃がしたって気づくとか間抜けすぎるね」

「まあ、冤罪だとも気づかないくらいだからな」

「あはは、そうだった」

 指をゆっくり伸ばして笑う。ちゃんと、笑えてるはず。

「なあ」

「?」

「騎士と……以前何かあったのか?」

 っ……!

 喉の奥と瞼がカッと熱くなった。腹の底もだ。伸ばした指が、そのまま動かせなくなった。

 熱を吐き捨ててやりたい。いいや違う。こんなのは間違っている。男は何も悪くない。こいつに怒声なんて、浴びせても意味がない。

 こいつが訊いてくるのは――そうだ、私がこいつの傷口に手を突っ込んで砂利を搔き出したときと同じ。好奇心だ。

 そう考えると少しだけ楽になった。

「魔女呼ばわりされて、師匠を殺されたくらいだよ」

「!?」

 言ってから振り向くと男は見たこともない顔をしていた。

 それ以上男は何も言わなかったから、よっしゃあと心の中で喝采を上げた。ぐっと拳を突き上げたかったが、力が入らなかったのでできなかった。
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