魔女のような人間と、人間のような魔王

三原透

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本編

16. 雑貨屋にて

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 大量の硬貨と大量の空き瓶を手にした私は、何やら辛気臭い顔をした男に空き瓶を詰めた袋を持たせて診療所を後にした。さっさと動かなければ森を歩いているうちに夜になってしまう。

 大通りに出れば、確かに医者の言っていた通り前より人が増えている……ような気がした。あまり記憶にない。森を歩くより人波を縫う方が苦手だから、正直あまり歓迎したくはないものだ。

 左腰に提げた硬貨と音消し用の布を詰め込んだ袋が重いから、右に重心を傾けつつ次の場所に着いた。

「いらっしゃぁ~ぃ」

 戸を押し開けると鈴が鳴り、棚をはたきで掃除していた少女が間延びした声を上げた。

「久しぶり」

「あっ魔女さんじゃ~ん。おひさ~」

「私は魔女じゃないよ」

「魔族じゃないのは知ってるよぉ。親しみを込めてるんじゃ~ん」

 私より二つ三つ年上のぼやっとしたお姉さんだが、これでいて数字に強いなかなか店番向きの看板娘である。その証拠に店主の父親は今日も出てこない。看板娘が勘定用のカウンターに入り、「どうぞ~」とスペースを示してみせた。

 ここは小さな日用品や嗜好品を取り扱う雑貨屋である。四方の壁に括り付けられた棚には木製の器からお洒落な香水から、よくわからん石彫りのオブジェから、とにかく色々ある。もっと街の中心の方にある商会お抱えの店ほど流行りのものが多いわけではないが、客は何人か興味深そうに品を見ているのでそれなりの需要はある代物ばかりなのだろう。

 私はさっきの診療所で出さなかった、いくつかの小瓶と一抱えの麻袋をカウンターに乗せた。

「こっちの液体が虫除けで、粘性が強い方が保湿剤。色つきは香水。こっちは虫除けの花と香木ね」

「はいは~い。う~ん、今回もいい匂いだねぇ。ちょっと待っててね~」

 お父さ~ん、と呼びながら、少女は麻袋だけを持ってカウンター奥の扉に消えていった。

 虫除けも保湿剤も診療所に売っているが、この店に卸すのは香りをつけたより嗜好品の色が強いものだ。その分本来の効能は診療所で売るものに劣る。あっちは医療を目的としたもの、こっちは日々の生活にちょっと贅沢をするもの。

 さて、調香師でもある店主が香木を吟味しているうちにもう一つの用件だ。

 振り返ると男が客に紛れて店の中央の低い陳列棚を見ていた。身につける装飾品がいくつか並べられている端に、色とりどりの組紐がある。

「気に入ったのあった?」

 訊いたが、反応がない。

「?」

 回り込んで顔を覗くと、ぼうっとしていた男が瞬きをした。

「何だ?」

「いいのあったの、って」

「ああ……」

 男は組紐の横に並んでいるものから一つ、桃と橙の色がグラデーションになっているリボンを持ち上げた。

 予想外のチョイスだった。

「えっと……意外と可愛いもの好きなんだね?」

 精一杯優しく微笑んでみせると、男はぐわっと眉間に皺を寄せた。

「お前の分に決まってるだろう」

「え」

 髪にリボンを当てられる。ぷらんと目の前に垂れ下がってきたリボンに視界の焦点を合わせ、また男の顔に戻した。

「私の」

「お前の灰色と金に似合う」

 そうか、私のも買えと言われたんだった。

 促されるままにリボンを受け取ってみると、細い糸が丁寧に編み込まれていて手触りが良い。これをこんな綺麗に色が移り変わるよう染めるなんて、かなりの時間と技術が使われているに違いない。思わずほうっと溜息が出る。

 値段は、確かにちょっと高かった。

 男が反応を待つようにじっと見てくるから、悩ましい。正直髪を留めるものなんて何でもいい。手が届かない金額ではないが、手を出すことは躊躇う程度ではある。

 ……でも、男が似合うと言ったから、自分で髪に合わせてみれば何となくそんな感じがする。

「……………うん」

 結局、それだけ絞り出した。

 別にこれを買っても必需品を買うだけの金は残るし、他に欲しいものがあるわけでもないし……ただ、理由はわからないが素直に頷くのは嫌だったので渋々といった風に頷いた。

 男は満足そうに薄く笑んだ。

「ていうかあんたのだよ。いいのないの?」

「自分がつけるものに興味を持ったことがない」

「……何も言えない……じゃあこれは?」

 男が選ばないなら、私が一目見たときからいいと思っていたものを選ぼう。

 取ったのは銀の組紐だった。何か特殊な加工をしているのか煌めいていて、触ってみれば少しざらりとしている。男の夜空みたいな目と艶のある黒髪によく似合うと思う。

 今は合わせて見られないのが残念だが、男は軽く触っただけでこくんと頷いた。

「お前がいいと思うなら」

「そう」

 自分の分はどうでもいい。だって自分で見られないから。でも毎日見るものを好みの色にできるなら嬉しい。

 じゃあ買おうと、決めたところで看板娘がいつの間にか戻っていたことに気づいた。

 カウンターに肘をついてニヤニヤしている。

「魔女さん、お連れさんいたんだね~。その人だぁれ、おじさん?」

「おじっ」

「ブフッ」

 石のように固まる男と噴き出す私。「師匠のところの人」と笑いながら髪紐とリボンをカウンターに乗せると、看板娘は「おやっ」と声を上げた。

「どっちも魔女さんが買うの?」

「うん、あの人お金持ってないから」

「ええっ、こんな小さい女の子にたかるなんて……おじさ~ん」

「あははははっ!」

 堪えられずにまた笑ってしまう。男は微動だにせず固まっている。

「そうなの、髪紐一つも持ってないから買ってあげるの」

「ほぅほぅ……ダメなおじさんもいたもんですねぇ~。せっかく可愛いの選んであげたのに」

「もっと言ってやって」

「おじさん……」

 看板娘は小さな袋を二つ取り出して組紐とリボンを別々に入れた。

「はい、サービス~」

「え?」

「普段は袋になんて入れないけどね、魔女さんはお得意様だしねぇ。お互い相手の選んであげたんでしょ~? プレゼントならちゃぁんと包まなきゃ~」

「あ、ありがとう……」

「おじさんも、次は自分のお金で買ってあげるんだよ~」

 未だ立ち直れていないおじさんは反応できなさそうだ。

 売ったものの代金に加えて数枚の硬貨をカウンターに置いて、引き換えに袋を受け取った。
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