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本編
18. 派手髪と使用人
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「……お嬢さんって、私のこと?」
「そうだ。食い入るように見つめていただろう。なあ? ナガル」
つい、と派手髪が視線を動かしたのにつられて私も目を動かす。
派手髪が見たのは私の隣に立つ男で、男はその中庸な顔に驚きの表情を浮かべていた。
「コーダ、何故ここに」
ん、コーダ? どこかで聞いた名前だ。
「仕事でな。それより何だその形は? お前の美しさがすべて死んでいる」
「お前の趣味はどうでもいい」
「どうでもいいとは何だ。美しいものはそれに見合う美しさを保つべきだ。せっかく服をやったのに、顔も色も変えた挙句……」
「わかった。お前の話は長い」
男はため息をついた。じっと見つめて説明を求める私の視線に気づいたらしい。
「こいつは俺の同類だ」
「お見知り置きを、お嬢さん。私は此奴の友人でウェインという。マチルダ商会を経営している者だ」
「商会の名など言ったところでわからないと思うぞ」
「商会……同類……あっ」
コーダという名前、どこで聞いたか思い出した。
「犯人だ」
「犯人?」
派手髪は首を傾げた。男にしては長い髪がさらっと揺れ動く。
「あれでしょ……えっと……この人が狼に喰われそうになった原因」
「おい」
「ふっ」
なるべく魔王とか騎士とか避けて言おうと思ったら、男に頭を叩かれ派手髪には笑われた。
「おいおい、か弱い少女を叩くとは乱暴だな」
「そうだよね、そうだよね。もっと言って。この人私の頭をストレス発散の道具だと思ってるの」
「適当なことを言うな」
「成る程、此奴を家に住まわせるだけはある豪胆さだ。最初に聞いたときは幼女趣味にでも目覚めたのかと思ったが……」
「黙れコーダ」
「ウェインだ。お前、人前でその名を呼ぶなよ」
「何故だ?」
「お前が口を滑らせたせいで騎士がその名の商人を捜しているんだ」
「そうなのか」
「まったくお前は世俗に疎いな」
文句を言いつつ、派手髪は仕方ないなという風に肩を揺らして笑う。その笑顔は自分がどう見えているか計算し尽くしたような美しさだ。
男とのやり取りを観察していると、派手髪の後ろからひょこっと顔が出てきてびっくりした。
「!」
「あ、びっくりしちゃった? ごめんねー」
からっと笑ったのは雑貨屋の看板娘と同じくらいの年の少女だった。細身だったから派手髪に隠れて気づかなかったのか。
「あなた、薬師さん?」
「うん」
「そっか。私ね、ミィナっていうの。ご主人様のところで使用人やってるんだ」
「はあ」
「薬師さんのこと聞いてたから、どんな子かなーって気になってて。あっ、こないだの牛乳足りた?」
「……あ、あれあなたのとこの」
そうか、あのときケーキの作り方を教えてくれた友人とやらは派手髪だったのか。
警戒を少し解いて笑みを浮かべる。
「ありがと。おかげで美味しいの食べれた」
「よかった! ご主人様、ナガルさんのこと大好きみたいでさー。商会のコネ使いまくって超特急で牛乳届けさせるし、私まだ字上手くないのにレシピ書かされるしさー」
「そうだったの? どうりで綴りが間違ってると思った」
「えっ薬師さん字読めるの!?」
「うん」
「凄い、すごーい! あっそうか薬師さんだもんね、難しい本とか読むよね」
言われてみればそうかと気づいた。平民で字を読める者は難しい。自分は、小さい頃から薬屋に入り浸って師匠にへばりついていたから教えてもらえただけ。
それにしてもこの使用人は随分気さくな性格みたいだ。裏表がなさそうで好ましい。
「実は私、すっごいムカつく野郎のところで働くのが嫌で逃げて今のご主人様に拾ってもらったんだ。そしたらご主人様、字も計算も歴史も、色んなこと教えてくれたの。おかげで本も読めるようになったんだよね。学があるって楽しいんだねー」
そしてなかなか口が悪そうだ。ただし言っていることにはまったくもって賛同する。
「でもさ、私が逃げたせいでナガルさん、狙われちゃったんだよね……」
「……あ」
「薬師さんのところにもその、やな人たち来たんでしょ? だからその、申し訳ないなーって思ってて……」
ばつが悪そうに頬を掻く。……が……。
うん、違うよな。
「バカがバカやったわけであって、あなたは関係ないでしょ?」
「……! 薬師さん、ありがとう……!」
「っ!?」
ぱああっと表情を明るくした使用人に突然ぎゅうっと抱きつかれて、細身なのに驚くほどの胸の柔らかさが私の顔面を覆った。
「おや、何をしている?」
「た、たすけっ」
窒息する。パタパタ手を動かすと後ろからローブを引っ張られて解放された。
「大丈夫か?」
「ありがとう……」
「あーっご主人様ひどーい」
「礼節を保てといつも言っているだろう」
使用人の方は派手髪に肩を掴まれて残念そうな声を出している。派手髪は見た目と裏腹に良識があるようだ。
「使用人が失礼をした。そうだな、せっかくだし茶を飲まないか? 詫びにお嬢さんの好きなケーキをご馳走しよう」
!
ケーキと聞いて思わず反応してしまった。ふるふるっと頭を振る。
「ん?」
「ありがとう。でもいらないよ」
「おや、食べたかったのでは?」
「早く買い物しないと、森の中で日が暮れるから」
ケーキに気を取られたせいで随分ここで時間を使った。
「そんなもの、此奴がいれば心配など……」
「コーダ」
「……ウェインだと言っているだろう」
派手髪は男に睨まれ、肩をすくめた。
「仕方ない。また今度誘うこととしよう」
「ああ」
「それと、お嬢さん。もし小麦粉を買う予定があるなら注意した方がいい」
「え?」
「どうも西から入ってくるようになった品の中に、質が悪いものが多くてね。ああ、マチルダ商会の印がついたものなら安心して買うと良い。私が保証しよう」
「………宣伝?」
「どうとでも。ただし私は自信のない品は取り扱わないよ」
「ふぅん……参考にするね」
派手髪は満足そうに微笑んだ。
手を振って別れようとしたとき、使用人が主人より前に出てきた。
「ねえ、薬師さん。名前教えてよ」
「えっ」
「あのね、私お菓子作るの好きなの。家で作れるケーキのレシピ、手紙で送ってあげる。ついでに友だちになってくれると嬉しいな」
「!」
友だちなんていない私は動揺しすぎて何故か男を見上げてしまった。
「……何故俺を見る」
私にもわからん。
「いや……別に」
「薬師さん?」
「うん……いいよ」
なんだろ。こう、友だちって申告してなるものだっけ。
妙な気恥ずかしさを覚えながら、私は名前を言った。
「そうだ。食い入るように見つめていただろう。なあ? ナガル」
つい、と派手髪が視線を動かしたのにつられて私も目を動かす。
派手髪が見たのは私の隣に立つ男で、男はその中庸な顔に驚きの表情を浮かべていた。
「コーダ、何故ここに」
ん、コーダ? どこかで聞いた名前だ。
「仕事でな。それより何だその形は? お前の美しさがすべて死んでいる」
「お前の趣味はどうでもいい」
「どうでもいいとは何だ。美しいものはそれに見合う美しさを保つべきだ。せっかく服をやったのに、顔も色も変えた挙句……」
「わかった。お前の話は長い」
男はため息をついた。じっと見つめて説明を求める私の視線に気づいたらしい。
「こいつは俺の同類だ」
「お見知り置きを、お嬢さん。私は此奴の友人でウェインという。マチルダ商会を経営している者だ」
「商会の名など言ったところでわからないと思うぞ」
「商会……同類……あっ」
コーダという名前、どこで聞いたか思い出した。
「犯人だ」
「犯人?」
派手髪は首を傾げた。男にしては長い髪がさらっと揺れ動く。
「あれでしょ……えっと……この人が狼に喰われそうになった原因」
「おい」
「ふっ」
なるべく魔王とか騎士とか避けて言おうと思ったら、男に頭を叩かれ派手髪には笑われた。
「おいおい、か弱い少女を叩くとは乱暴だな」
「そうだよね、そうだよね。もっと言って。この人私の頭をストレス発散の道具だと思ってるの」
「適当なことを言うな」
「成る程、此奴を家に住まわせるだけはある豪胆さだ。最初に聞いたときは幼女趣味にでも目覚めたのかと思ったが……」
「黙れコーダ」
「ウェインだ。お前、人前でその名を呼ぶなよ」
「何故だ?」
「お前が口を滑らせたせいで騎士がその名の商人を捜しているんだ」
「そうなのか」
「まったくお前は世俗に疎いな」
文句を言いつつ、派手髪は仕方ないなという風に肩を揺らして笑う。その笑顔は自分がどう見えているか計算し尽くしたような美しさだ。
男とのやり取りを観察していると、派手髪の後ろからひょこっと顔が出てきてびっくりした。
「!」
「あ、びっくりしちゃった? ごめんねー」
からっと笑ったのは雑貨屋の看板娘と同じくらいの年の少女だった。細身だったから派手髪に隠れて気づかなかったのか。
「あなた、薬師さん?」
「うん」
「そっか。私ね、ミィナっていうの。ご主人様のところで使用人やってるんだ」
「はあ」
「薬師さんのこと聞いてたから、どんな子かなーって気になってて。あっ、こないだの牛乳足りた?」
「……あ、あれあなたのとこの」
そうか、あのときケーキの作り方を教えてくれた友人とやらは派手髪だったのか。
警戒を少し解いて笑みを浮かべる。
「ありがと。おかげで美味しいの食べれた」
「よかった! ご主人様、ナガルさんのこと大好きみたいでさー。商会のコネ使いまくって超特急で牛乳届けさせるし、私まだ字上手くないのにレシピ書かされるしさー」
「そうだったの? どうりで綴りが間違ってると思った」
「えっ薬師さん字読めるの!?」
「うん」
「凄い、すごーい! あっそうか薬師さんだもんね、難しい本とか読むよね」
言われてみればそうかと気づいた。平民で字を読める者は難しい。自分は、小さい頃から薬屋に入り浸って師匠にへばりついていたから教えてもらえただけ。
それにしてもこの使用人は随分気さくな性格みたいだ。裏表がなさそうで好ましい。
「実は私、すっごいムカつく野郎のところで働くのが嫌で逃げて今のご主人様に拾ってもらったんだ。そしたらご主人様、字も計算も歴史も、色んなこと教えてくれたの。おかげで本も読めるようになったんだよね。学があるって楽しいんだねー」
そしてなかなか口が悪そうだ。ただし言っていることにはまったくもって賛同する。
「でもさ、私が逃げたせいでナガルさん、狙われちゃったんだよね……」
「……あ」
「薬師さんのところにもその、やな人たち来たんでしょ? だからその、申し訳ないなーって思ってて……」
ばつが悪そうに頬を掻く。……が……。
うん、違うよな。
「バカがバカやったわけであって、あなたは関係ないでしょ?」
「……! 薬師さん、ありがとう……!」
「っ!?」
ぱああっと表情を明るくした使用人に突然ぎゅうっと抱きつかれて、細身なのに驚くほどの胸の柔らかさが私の顔面を覆った。
「おや、何をしている?」
「た、たすけっ」
窒息する。パタパタ手を動かすと後ろからローブを引っ張られて解放された。
「大丈夫か?」
「ありがとう……」
「あーっご主人様ひどーい」
「礼節を保てといつも言っているだろう」
使用人の方は派手髪に肩を掴まれて残念そうな声を出している。派手髪は見た目と裏腹に良識があるようだ。
「使用人が失礼をした。そうだな、せっかくだし茶を飲まないか? 詫びにお嬢さんの好きなケーキをご馳走しよう」
!
ケーキと聞いて思わず反応してしまった。ふるふるっと頭を振る。
「ん?」
「ありがとう。でもいらないよ」
「おや、食べたかったのでは?」
「早く買い物しないと、森の中で日が暮れるから」
ケーキに気を取られたせいで随分ここで時間を使った。
「そんなもの、此奴がいれば心配など……」
「コーダ」
「……ウェインだと言っているだろう」
派手髪は男に睨まれ、肩をすくめた。
「仕方ない。また今度誘うこととしよう」
「ああ」
「それと、お嬢さん。もし小麦粉を買う予定があるなら注意した方がいい」
「え?」
「どうも西から入ってくるようになった品の中に、質が悪いものが多くてね。ああ、マチルダ商会の印がついたものなら安心して買うと良い。私が保証しよう」
「………宣伝?」
「どうとでも。ただし私は自信のない品は取り扱わないよ」
「ふぅん……参考にするね」
派手髪は満足そうに微笑んだ。
手を振って別れようとしたとき、使用人が主人より前に出てきた。
「ねえ、薬師さん。名前教えてよ」
「えっ」
「あのね、私お菓子作るの好きなの。家で作れるケーキのレシピ、手紙で送ってあげる。ついでに友だちになってくれると嬉しいな」
「!」
友だちなんていない私は動揺しすぎて何故か男を見上げてしまった。
「……何故俺を見る」
私にもわからん。
「いや……別に」
「薬師さん?」
「うん……いいよ」
なんだろ。こう、友だちって申告してなるものだっけ。
妙な気恥ずかしさを覚えながら、私は名前を言った。
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