魔女のような人間と、人間のような魔王

三原透

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本編

閑話. 『毒のスープ』

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 ※ 残虐表現あり




 村の雰囲気には馴染めないものの、師匠のところに入り浸って薬や文字や、遠い国の話などを学ぶ。
 そんな日々は突然に終わりを告げた。


 その日は教会の炊き出しの日だった。炊き出しと言っても食糧には困らない村なので、どちらかと言えば村ぐるみの大きな食事会のような雰囲気だ。各自持ち寄った野菜や穀物と、男衆が仕入れてきた肉を使い、子どもたちが調理をする。

 私はパンを配る係で、教会前の広場と窯を行ったり来たりしていた。

『ぅぐ……っ!?』

 広場で、男が急に器を落として呻き始めた。一瞬辺りが驚いてしんとなったと思ったら、また別のところから器の落ちる音がした。

『っは……ぁ!』

『うぇっ……! げぇ!』

 何人も、村人が苦しそうな声を上げて膝をついていく。悲鳴が上がる中、神父様が慌てて彼らに駆け寄った。

『皆さん、スープを飲まないでください!』

 倒れた村人は皆、同じスープを飲んでいたのだ。私はまさかと思って調理場に駆け込み、そこには更にひどい光景があった。

『ねえ、しっかりしてよ!』

『うぅ……っ』

 スープを調理していた子どもたちが味見でもしたのだろう。一人が倒れ、二人が泣きながら体を揺すっていた。

 調理台の上に、それ・・を見つけた。

『神父様……! これ! 毒草!』

『何ですって……!?』

 引っ掴んで広場に戻ると、倒れた人たちをゆっくり横たわらせていた神父様が引っ繰り返りそうな声を上げた。食用の野草と見間違いやすい厄介なものだ。でも食材を持ってきたのはみんな大人だし、子どもならまだしも間違えるわけが……いや、混入経路などどうでも良い。

『ししょーのところになら、解毒剤があるかも! 取ってくる!』

 走り出そうとしたときだった。


『……何で毒だってわかるの?』


 誰かがぽつりと呟いたのがきっかけだった。

『……え?』

『村のみんなが持ってきた食材でしょ。どうやってそんな危ないものが混ざるの……?』

『おい、今はそんなこと……』

『あの草、食べられるやつじゃないのか?』

『やだ……あの子、魔女って噂の子でしょ?』

『何でこんな状況で冷静なんだ……子どもなのに……』

 ざわざわと、嫌な声が広がっていく。そんなとき調理場から女性の悲鳴が上がった。

『助けて! 誰か助けて! うちの子が……!』

 さっき倒れていた子どもの親だ。パニックの表情で子を抱いて出てきた彼女は、私を見るなり眉を吊り上げた。

『お前か、魔女の子……!!』

 そんな風に憎悪を正面から叩きつけられるのは初めてで、私は動けなくなった。

『な……ちが……』

 へたり込んでしまう。人がどんどん遠ざかっていく。

 誰を見ても、眉をひそめて身を引かれる。……神父様を振り返ったら、神父様は、あからさまに視線を逸らした。

 そこでやっと、味方などいなかったのだと気がついた。



『これはどういう状況だ?』

 堂々と響く声がした。

 人波をかき分け、私の三倍くらいは横幅がありそうな体格のいい男を筆頭に、甲冑を纏った大人が何人も出てきた。

 騎士だ。先日近くに遠征で騎士団が来ていて、そのとき村長が日頃国を守る感謝をと今日の食事会に誘っていたはずだ。

 強者の存在に、村人たちは色めき立って言い募った。

『騎士様、その子どもは魔女だ!』

『あの子です! 子どもたちに毒を!』

『そいつの目を見てください、魔物の目です!』

 騎士たちがじろりと私を見やる。まずいと思った。こいつらにまで魔女と思われては取り返しがつかない。

『私は魔女じゃない! そんなのより、さっさと解毒剤を飲ませないと死んじゃうよ!』

 声が震えながら叫んだ。しかし、届かなかった。

『以前より、この村には魔女が棲むと報告されていた。害のない存在であればと見逃していたが……どうやら間違いだったようだな』

『!?』

『お前たち、病人を屋内へ運べ。一人軍医を呼んでこい』

『なっ……そんな時間ない! この毒は早くしないと四肢に障害が残るんだよ、それよりししょーのところ行った方が早いよ!』

『魔女の言葉など誰が信じるか!』

『!』

 先頭の男に剣の鞘で殴られ、地面に頭を打った。

 衝撃音が凄くて瞼の裏がちかちか明滅する。気持ち悪くて声が出ない。

 何で、と思うけれども、何もできないうちに人が慌ただしく動く震動が耳から響いた。



 それからはあまりに早い出来事で、どんなだったか詳しくは覚えていない。

 近くに拠点を建てていた騎士団の応援が村に雪崩れ込んできて、私は手枷を嵌められた。その姿を見せれば師匠が大人しくなるとでも思ったのだろうか。騎士に背中を蹴飛ばされながら喧噪の遠い家に現れた私を、師匠は鼻で笑った。

『馬鹿だね、君。何そんな奴らに捕まってるんだい』

 私は散々暴れ叫んで殴られた唇が切れて痛かったので、何も言わず舌打ちを返した。その頃にはもう村人のために解毒剤をくれなどと言うつもりはなかったし、どうすれば殺されずに済むかだけを考えていた。

 だからやれやれと言いながら師匠が戸口に立てていた桶の中身を辺りにぶちまけたときは、すぐに反応できなかった。

 足元に及んだ液体に騎士たちが悲鳴を上げたので瞬いて現状を理解する。これは確か、いざというときの防犯用だから絶対に絶対に触るなと言われていて……成る程理解した。騎士たちの自慢の装備の一つだろう軍靴が、煙を上げて溶け出している。何という物騒なものを野晒しにしていたのか。

 しかし好機だと思った。私と師匠は薬品耐性のある魔物の革でできた靴を履いている。私は近くの騎士の膝裏を思いっきり蹴りつけ、そいつが潰れた声を上げた隙を突いて逃げ出した。

『にっ、逃がすな!』

『っ……!』

 騎士たちは私を捕まえようとするが、薬品が素足にも届いているのだろう。背中に一瞬指先が掠めた気がしてぞわりとしたが、すぐ消えた。

 だから必死で、振り返りもしなかった。少しでも余計なことをしてしまえば大人になどすぐに追いつかれてしまいそうな気がして、草に足を取られながら何とか転ばないように走って……だから、足音が他にまったくしないということに気がつくのが遅れたのだ。

 もうすぐ森に逃げ込める、と思ったところで、師匠の存在を思い出した。

 最悪のタイミングだっただろう。

 高く剣を掲げた騎士が、人とは思えない形相をしているのがよく見えた。その前には師匠が膝をつかされていて、何で逃げてないんだと怒鳴る間もなかった。



 ズッ……と湿った布が切られるような音が、遠く離れているのに何故か聞こえた。



 呼吸が止まってしまったけれども時間が止まるわけはなくて、もうあれは動かない肉塊なのだということを、頭の中の遥か遠くの方で誰かが言っていた。
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