魔女のような人間と、人間のような魔王

三原透

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本編

23. 正義の日

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「さっさと歩け、魔女」

 槍の柄で背をド突かれたものの、舌打ちしてやる気力もなく転ばないようにするので精一杯だった。いっそ転んだ方が楽だったかもしれないが、やっぱり立ち上がる力を込める方が多分めんどい。

 ギシギシ耳障りな音を立てる木の階段を登ると、普段は往来で騒がしい広場にいつも以上の人混みと、有り得ないくらいの静けさがあった。女は身を寄せ合い男はその前に立ち、子どもはいない。流石に今日くらいは親が家に押し込んでいるか。

 急ごしらえで作られた処刑台は高く、膝を突かされても彼らの表情までよく見えた。石でも投げられるかと思っていたが、どうやらそれどころではないらしい。

 斜め前で領主自らが朗々と語る罪状によれば、私は世にも恐ろしい呪術によって魔王を蘇らせたらしい。呪術ではなく薬である。そして人間共に復讐せんと、服用した者を操るまじないをかけた毒を売りさばいていたらしい。そんなものがあるなら是非調べてみたい。

 というか馬鹿なのだろうか。わざわざ薬の専門家である医者のところへ卸すくらいなら、この街の井戸に直接垂らした方が遥かに有効だ。

 このデブの何がそんな信用に足るのか……あるいは考えない方が楽だからか、市民はただ固唾を呑んで話を聞いている。私に向けられる眼差しは憎悪よりも恐怖が強い。

「この魔女は非常に狡猾である――二年前にも、とある村をその毒によって滅ぼしかけた!」

 ……腹の底の不快感が、首をもたげるようにぐるりと蠢いた。

「しかし案ずるな! 当時の惨劇は、騎士であった私の功績により未然に防ぐことができた!」

 防いでねぇよ。指の関節を開いたり曲げたりして、戦慄きを逃がそうとする。

「私はそのときにも、魔女を一人殺している! 見よ、これがその剣だ! 今も尚邪悪より我が領土を守る、聖石の剣である!」

 へえ。

 ……へえ。その剣が。

 私の眼前でぎらりと光を反射する刃に、市民はどよめいた。魔族を屠る実力があるだけでも優秀だが、聖石の剣は国王にそれを下賜された者のみが持てる。

 けれど私からすれば、このデブの功績とやらに疑問しか生まれない。流石にこんな風に公言するくらいだから剣は本物だろう。が、ならば聞きたい。その剣で斬った師匠は皮膚が爛れたのか。

 男を治療した私だから知っている。師匠が怪我をしたとき、私は練習だと言われて普通の人間用の傷薬を調合したのだ。

 今すぐその剣に頭突きでもしてやろうかと思った。ああそうだそうしようか。多少切れてもいいしちょうど平たい部分がどうぞとばかりにこちらを向いている。

「この剣を持つ者にとって、魔族など恐るるに足らぬ! まずは此奴を――そして後には魔王の首を、必ずや皆の前に掲げて見せようぞ!」

 んだとこのクソ野郎。

 男を殺すと、その声で密かに振り被ろうとした頭を止めてしまった。

 さっさと殺された方が、男は来ないかもしれない。流石に死体を取り戻しに敵陣に突っ込むことはしないだろう。

 そんなことを一瞬考えてしまった自分に笑いが漏れた。

 ……いくら男がお人好しだからといって、そもそも出逢って半年くらいしか経っていない。体調が万全でなかったり、たまたま傍にいたときならまだしも……近寄らない方が安全なら、助けに来るわけないだろう。

 何故自分が生き延びることより、あんな居候のことを考えてしまったのか。その間にほら、剣は頭上に掲げられている。

「刮目せよ! ――今日この日は、正義の日である!」

 馬鹿馬鹿しい。正義なんてものはない。

 そんなものを語るのはいつだって偽りと卑怯を平然と行う奴らだ。

 眩しすぎる正義の光にぎゅっと目を閉じかけた――そのとき、影が差した。



 細まった視界の遥か遠くに、太陽を背にした黒いものが見える。

 領主も急に暗くなったことでそちらを見た。段々と大きくなっていくあれは。

 魔王だと、誰が言っただろうか。

「魔王が、本当に魔王が……!」

「にげ、にげ、に……っ」

「うあぁぁああぁ――!」

 まだ碌に姿も見えないのに、蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。私は笑ってしまった。

 恐怖で頭が可笑しくなったわけでも、状況が変わりそうなことに歓喜したわけでもない。ただただ、あの影の滑稽さに笑ってしまったのだ。

 だって見たことない形だった。身の丈くらいの翼はまあ見たことあるよ。でも、牛より太い立派な角が二本頭に生えている。風にたなびく大きなマントが男の体格をもっと大きく見せている。

 近づいてくれば、これまた大層な牙と呼べるほどの八重歯が唇からはみ出していて、目は私と同じような金色に爛々と輝いていた。どこからその服を調達したんだろうか。王族とか物凄く偉い人が着ていそうな、こまかーい刺繍と宝石が沢山ついた重そうな夜会服である。

「馬鹿しかいない」

 震える喉で零した。あんな姿、男の精一杯の虚勢にしか見えなかった。

 けれど、黒い霞を纏って宙に浮くあれは確かに、美しくおぞましく――魔王と言われてふさわしかった。
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