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本編

25. 壇上の部外者

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 ――しかし、そんな穏やかな微睡みを奪う豚の声がした。

「魔王……! 貴様、何故聖石の矢を喰らって平然と……!」

 ギリギリ処刑台から落ちないところでのたうち回っていた領主である。両の脚を矢に貫かれていて、あれではあの巨体を支えて立ち上がれはしないだろうなと思った。

 不思議なことに一度落ち着いてしまったからか、それともこのデブだからか、痛そうだなとは思ってもそれ以上の感情は生まれてこない。ぼうっと見つめる私を抱える手に力を込めて、ナガルが応えた。

「聖石は確かに魔族の肉を溶かすが、魔力を払う力などはない。直接触れなければ無駄だ」

「な……」

「騎士に与えられるのが何故剣なのか学ばなかったのか? 以前俺を殺しに来た者たちは、皆剣豪と呼ばれる猛者だったぞ……まあ、貴様のような豚は金で地位を買うのが精一杯だったんだろうが」

 無駄に丁寧に応対してやるあたり、姿が変わってもやっぱりお人好しなようだ。ところで豚とは気が合うな。

「きっさまら、どこまでも私を……!」

 おや、立てないと思ったが凄い。

 鞘を杖代わりに立ち上がり、領主は緩慢な動作で剣を振り上げた。当然ナガルが黙って受けるわけもなく、瞬き一つで靄が領主の首を取り巻く。

「がっ……ぁ、ぁ……」

 ……あの靄、何でできてるんだろう。どうにも首が絞まってるみたいだけど。

 靄に持ち上げられ、領主の体が浮く。パタパタ爪先が宙を掻く。


「――そこまでだ」


 ひどく爽やかな声が通った。

 唖然とする人々を掻き分けて、毛並みの良い軍馬の隊列が広場を進んでくる。馬に乗っているのは見覚えのある輝く白の鎧を身につけた騎士だ。この晴天の下に舞台役者のような登場で現れた彼らは、私たちが待つ処刑台の前までやってきた。

「……ロイ・クィニー、ランド……」

 領主が生理的な涙を滲ませながら睨む先で、先頭の騎士がちらりと私を見る。

 だがすぐその視線は領主を向いた。どうやら、目的は私たちではないらしい。

 いつの間にか広場は静まり返って騎士の挙動に注目していた。

「領主アベル・グリゼリア。貴様を国家反逆罪で捕縛する」

 青天の霹靂だった。

 ぽかん、と間抜けに口を開くのは何故か私だけで、ナガルは何の動揺もなくおそらくこいつがロイだろうという騎士を見ている。その視線に騎士が応える。

「魔王。貴殿と貴殿の大切な人間に危害を加えたこと、心より謝罪する。だがどうか、その男を人の手で裁くことを許してくれないか」

 どういうことだ。わからなかった私はナガルを見上げた。

 ナガルには何のことかわかったらしい。作ったような冷たい表情で、広場にいる全ての人間に聞こえるように大声を張った。

「貴様らになど興味はない。ただ我らの安らぎを邪魔するな」

 そして羽ばたいた。覚えのある感覚にナガルにくっつくと、瞬きをする間に私たちは空にいた。
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