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脱出
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親愛なるティコへ。
この手紙を読んでるって事は、あなたは私の頼みを聞いてくれたって事だよね。
お嬢様の話はもう聞いた?
その事について、あなたに話しておこうかどうか今、凄く迷ってる。
けど、多分、私は話さなかったんじゃないかな。
ううん、話せなかった、かな。
お嬢様に惹かれ合ってる人がいるって話をされたと思うけど、その人は侯爵家に雇われてる庭師の事。
数日前、彼はお邸から姿をくらましたの。
お嬢様はそれが旦那様の差し金だと思っていらっしゃるけど、本当はそうじゃなくて、彼は自分の意思でお邸を出た。お嬢様の誤解を解くことができなくて、仕方なく。
私も、そう。
お嬢様には本当の事が言えなかった。
彼は先にお邸を出て、私を待ってる。
お嬢様はとてもいい方だけど、思い込んだら一直線で、誤解を解こうとしても話を聞き届けて貰えない。
こうするしかなくて、あなたに代わりをお願いしたの。
ほとぼりが冷めたら、フォンに戻るつもりだよ。
面倒事に巻き込んでごめん。
いつか絶対、この恩は返すから。
何か困ったら同期のアニーに相談して。
勝手言ってごめんね、ティコ。
ラズより
***
こ、これは一体、どういう事?
手渡された手紙を持つ手がぶるぶる震えた。
目の前にいる黒髪の女の子が、気づかわし気な顔になる。
「ああ、うん。そうなるよね……」
お嬢様との対面を終えたあたしを部屋の外で待っていたのは、このアニーだった。
彼女にラズの部屋へ連れて来られて早々、この手紙を手渡されたんだけど、説明がいるから、絶対。
「つまりね、庭師のジャンと恋人だったのはラズなの。ほら、ラズはお嬢様付きの侍女でもお気に入りだから、いつも傍にいるでしょ?彼女を見てたのを、お嬢様が勘違いなさって」
自分に気があると思いこんじゃったってこと?
「まあ、北方の血が色濃く出てる容姿してたからね、ジャン。元々お気に召してたのかもだけど」
ああ、それは見栄えしそうだね。
北方のシェレイラ人は男女問わず整った容姿をしてるっていうのはよく知られてることだ。
ラズが面食いだとは知らなかった。
「それで、ラズは何処へ?」
「そこまではわからない。ジャンと一緒にシェレイラへ向かったのかもしれないし、別の何処かかも……ねえ。あなたにはとんでもない話かもだけど、あの子も随分悩んでたの。最後まで迷ってた」
そう、だろうね。
よっぽど思いつめてたんだろうね、あのラズがこんな真似するなんて。
同時に姿を消さずにいて、頃合いを見てあたしと入れ替われば、お嬢様には気取られる事はない。
でも、でもさ。
あれのことは知ってたわけ?
「お嬢様に縁談がきてるって話、ラズは……知ってた?」
「それはないと思う。ラズが帰省中に陛下からのご使者が旦那様にお持ちになったお話しだから」
そ、そうなんだ。
それを聞いてほっとした。
二週間ほどお邸勤めしてくれればいいって言ってた言葉は本当だったんだ。
多分、ラズは頃合いを見てあたしにここを離れさせるつもりだったんだろうけど、知らない間にお嬢様の縁談が持ち上がって、お嬢様はラズを隣国へ連れて行きたがってる――――。
「いやいやいや。あたしはラズじゃないし」
隣国って、昔魔女がいたとかっていうサージェスなんだよ?
今でも何かその当時の遺物とか残ってて、不可思議な事が起きたりするって得体の知れない国でしょ?
そこまでお付き合いできないって!
「それについては、完全に予想外だよね。本当は、こちらの人間は同行させないようにって条件を出されたみたいなんだけど、お嬢様がどうしても一人だけ連れて行きたいって先方に願い出たみたいで」
そう、なんだよね。
あたしが、というかラズが断るはずないって信じ切った目でお嬢様にぎゅうぎゅう手を握りしめられて、正直困った。
「母の事もありますので、考えさせて下さい」とか言って何とかその場を凌いだけど、二つ返事で了承しなかったからかお嬢様は肩を落として悲しげな顔になってたんだよね……。そんでもって、背後から漂うドンナさんの威圧が怖かった……。
お嬢様みたいな感じのいい方に、あんな顔をさせちゃって正直心苦しいけど、こればっかりは無理だ。
そんなに長くラズの振りはできないし、あたしにもあたしの人生ってものがある。
お嬢様には申し訳ないけど、お断りするしかない。
「大丈夫?お断りするのは骨が折れると思うけど……」
「嘘つき続けるわけにはいかないよ」
魅惑のティータイムには未練が残るけど、そんな事言ってる場合じゃない。
断る気満々だったあたし。
だけど、それから三日経っても実行できなかった。
機会はいくらでもあるんだよ。
お嬢様の話し相手のラズは、ほぼ一日お嬢様の傍にいるんだもん。
ただ、同じようにお付きのドンナさんも傍にいる。
肝心の返事をしようとすると発揮されるあの眼力――――くわって見開かれた迫力ったらない!
蛇に睨まれた蛙だよ。
彼女が傍にいない時を見計らって切り出そうとすると、決まって登場する魅惑のお菓子の数々。
真っ白な生クリームのドレープに、ゼリーがけされたフルーツ、香ばしい焼き菓子たち……。
何を話そうとしてたかなんて忘却の彼方になって、気づけばお嬢様と楽しくお茶の時間を過ごし終えてて、傍にはドンナさんが戻って来てる……の繰り返し。
不味い……このままだとあたし、強制的にサージェス行きになっちゃう!
仕方ない。
お使いを頼まれた振りしてお邸を出よう。
フォンまでの旅費と必要最低限の物を持ってこっそりと門前へ向かった。
お嬢様のお使いで外へ出る事は珍しい事じゃないし、なんて軽く考えてたあたし。
「いつも通りお使い行ってきます」って笑顔で会釈して通り過ぎようとして、ムキムキの門番さん達に道を遮られた。
へ?
何で通せんぼするの?
「駄目だ。おまえを通すわけにはいかない」
「え?お嬢様から頼まれたお使いなんですけど」
「だとすれば、ドンナ殿に許可を得てからまた来るがいい」
ドンナさんの許可?
何それ。
「ラズ=キーキ=シーフォ」
びくっとして振り返ると背後にはいつの間にか立っていたドンナさんの姿。
その冷ややかな眼光に震えあがる。
「あなたにはしばらく外への使いは頼みません。お嬢様の傍で、お気持ちをほぐすことに専念なさい。宜しいですね?」
「……はい」
こ、これは、逃げ出すのを予測されてる……!
正門からの突破は無理とわかって、裏口で脱出を試みたものの、すぐに同僚の侍女仲間に見つかって連れ戻された。こっそり夜間に抜け出そうとするも、それまでいなかったはずの見回りの兵が通路に立ってて、完全に包囲されてる。
これはお嬢様の命っていうより、ドンナさんの指示なんだろう。
どうあっても隣国へ御伴させようとして、徹底的に監視されてる?
冗談じゃないよ。
あたしは短期間だけのつもりで引き受けたし、この国から出るつもりなんかさらさらない!
いっそのこと、あたしはラズじゃないってお嬢様に言っちゃおうか?
ふとそんな気持ちが湧いたけどすぐに首を振る。
まだ駄目だ。
ラズが言ってた二週間ってのは、多分、追手がかかっても逃げおおせる為の時間稼ぎ。
もし今ばらしちゃえば、お嬢様はラズを探すはず――――そんでもって、例の庭師と一緒のとこ見られたら言い訳のしようがない。
お優しい方だけど、信頼してたラズが恋敵だったなんて知ったら、お嬢様はどうなさるんだろ?
……どう考えても、本当のことを話すのはまずい。
けどこのままじゃ、隣国行き決定だ!
何とかしてお邸から逃げないと……!
お邸へ上がって早五日。
王室ベリーのお菓子は全て制覇した事だし、今日こそは抜け出して見せる。
今日は例のお嬢さまの縁談相手のお家から使者がいらっしゃるらしく、朝からお邸はばたばたしてる。
王家からのお声がかりでのお話だから、失礼があってはならないらしい。
お相手の家も相当高い身分なんだろうなあ。
とにかくこの騒ぎに乗じて、監視の目の届かない場所から抜け出す計画。
逃げ道は何もちゃんとした出入り口だけじゃあない。
準備に忙しく動き回ってる侍女さんたちに紛れて、外へ出るとこっそり庭へと身を潜ませた。
よし。
こっちには人がいない。
庭の木陰や茂みに身を潜めながら忍び足で向かう先には高い塀。
靴を脱ぎ、用意した袋にしまい込むと、腕まくりをしてよじ登る。
木登り、崖上りは得意中の得意。
これくらいの高さ、何て事はない!
お邸の中でこの区画が一番乗り越えやすい高さだって事は下調べ済みだ。
番犬とか放されてなくて助かったよ、ほんと。
塀のてっぺんに上ると、手にした荷物を向こうに放り投げた。
「痛っ」
え?
だ、誰かいた?
ちらっと背後を振り返れば、頭を押さえた人の姿と、その連れらしき男の人。
「なっ……貴様、盗人か!」
「ええええ!?ち、違いまっ」
逃げ出す途中だけど、とんでもない言いがかりだ。
ぎょっとして気を取られた瞬間、塀を掴んでた手が滑った。
「ぎゃ!?」
お、落ちるっ!!
高いのは平気だけど、流石にこの高さから落ちたら痛いっ。
目をぎゅっと閉じて身を固くして衝撃に備えた。
……ん?
がしっと何かに身体が受け止められた。
痛く、ない……?
下に衝撃吸収する何かあったけ?
「随分可愛い泥棒だね」
は?
ち、違いますって!
はっとして目を開けた瞬間、飛び込んできたのは早咲き菫の色。
差し込み始めた弱い日差しに光る淡い金髪の秀麗な顔立ちの男の人はにこりと笑んだ。
「捕まえた」
この手紙を読んでるって事は、あなたは私の頼みを聞いてくれたって事だよね。
お嬢様の話はもう聞いた?
その事について、あなたに話しておこうかどうか今、凄く迷ってる。
けど、多分、私は話さなかったんじゃないかな。
ううん、話せなかった、かな。
お嬢様に惹かれ合ってる人がいるって話をされたと思うけど、その人は侯爵家に雇われてる庭師の事。
数日前、彼はお邸から姿をくらましたの。
お嬢様はそれが旦那様の差し金だと思っていらっしゃるけど、本当はそうじゃなくて、彼は自分の意思でお邸を出た。お嬢様の誤解を解くことができなくて、仕方なく。
私も、そう。
お嬢様には本当の事が言えなかった。
彼は先にお邸を出て、私を待ってる。
お嬢様はとてもいい方だけど、思い込んだら一直線で、誤解を解こうとしても話を聞き届けて貰えない。
こうするしかなくて、あなたに代わりをお願いしたの。
ほとぼりが冷めたら、フォンに戻るつもりだよ。
面倒事に巻き込んでごめん。
いつか絶対、この恩は返すから。
何か困ったら同期のアニーに相談して。
勝手言ってごめんね、ティコ。
ラズより
***
こ、これは一体、どういう事?
手渡された手紙を持つ手がぶるぶる震えた。
目の前にいる黒髪の女の子が、気づかわし気な顔になる。
「ああ、うん。そうなるよね……」
お嬢様との対面を終えたあたしを部屋の外で待っていたのは、このアニーだった。
彼女にラズの部屋へ連れて来られて早々、この手紙を手渡されたんだけど、説明がいるから、絶対。
「つまりね、庭師のジャンと恋人だったのはラズなの。ほら、ラズはお嬢様付きの侍女でもお気に入りだから、いつも傍にいるでしょ?彼女を見てたのを、お嬢様が勘違いなさって」
自分に気があると思いこんじゃったってこと?
「まあ、北方の血が色濃く出てる容姿してたからね、ジャン。元々お気に召してたのかもだけど」
ああ、それは見栄えしそうだね。
北方のシェレイラ人は男女問わず整った容姿をしてるっていうのはよく知られてることだ。
ラズが面食いだとは知らなかった。
「それで、ラズは何処へ?」
「そこまではわからない。ジャンと一緒にシェレイラへ向かったのかもしれないし、別の何処かかも……ねえ。あなたにはとんでもない話かもだけど、あの子も随分悩んでたの。最後まで迷ってた」
そう、だろうね。
よっぽど思いつめてたんだろうね、あのラズがこんな真似するなんて。
同時に姿を消さずにいて、頃合いを見てあたしと入れ替われば、お嬢様には気取られる事はない。
でも、でもさ。
あれのことは知ってたわけ?
「お嬢様に縁談がきてるって話、ラズは……知ってた?」
「それはないと思う。ラズが帰省中に陛下からのご使者が旦那様にお持ちになったお話しだから」
そ、そうなんだ。
それを聞いてほっとした。
二週間ほどお邸勤めしてくれればいいって言ってた言葉は本当だったんだ。
多分、ラズは頃合いを見てあたしにここを離れさせるつもりだったんだろうけど、知らない間にお嬢様の縁談が持ち上がって、お嬢様はラズを隣国へ連れて行きたがってる――――。
「いやいやいや。あたしはラズじゃないし」
隣国って、昔魔女がいたとかっていうサージェスなんだよ?
今でも何かその当時の遺物とか残ってて、不可思議な事が起きたりするって得体の知れない国でしょ?
そこまでお付き合いできないって!
「それについては、完全に予想外だよね。本当は、こちらの人間は同行させないようにって条件を出されたみたいなんだけど、お嬢様がどうしても一人だけ連れて行きたいって先方に願い出たみたいで」
そう、なんだよね。
あたしが、というかラズが断るはずないって信じ切った目でお嬢様にぎゅうぎゅう手を握りしめられて、正直困った。
「母の事もありますので、考えさせて下さい」とか言って何とかその場を凌いだけど、二つ返事で了承しなかったからかお嬢様は肩を落として悲しげな顔になってたんだよね……。そんでもって、背後から漂うドンナさんの威圧が怖かった……。
お嬢様みたいな感じのいい方に、あんな顔をさせちゃって正直心苦しいけど、こればっかりは無理だ。
そんなに長くラズの振りはできないし、あたしにもあたしの人生ってものがある。
お嬢様には申し訳ないけど、お断りするしかない。
「大丈夫?お断りするのは骨が折れると思うけど……」
「嘘つき続けるわけにはいかないよ」
魅惑のティータイムには未練が残るけど、そんな事言ってる場合じゃない。
断る気満々だったあたし。
だけど、それから三日経っても実行できなかった。
機会はいくらでもあるんだよ。
お嬢様の話し相手のラズは、ほぼ一日お嬢様の傍にいるんだもん。
ただ、同じようにお付きのドンナさんも傍にいる。
肝心の返事をしようとすると発揮されるあの眼力――――くわって見開かれた迫力ったらない!
蛇に睨まれた蛙だよ。
彼女が傍にいない時を見計らって切り出そうとすると、決まって登場する魅惑のお菓子の数々。
真っ白な生クリームのドレープに、ゼリーがけされたフルーツ、香ばしい焼き菓子たち……。
何を話そうとしてたかなんて忘却の彼方になって、気づけばお嬢様と楽しくお茶の時間を過ごし終えてて、傍にはドンナさんが戻って来てる……の繰り返し。
不味い……このままだとあたし、強制的にサージェス行きになっちゃう!
仕方ない。
お使いを頼まれた振りしてお邸を出よう。
フォンまでの旅費と必要最低限の物を持ってこっそりと門前へ向かった。
お嬢様のお使いで外へ出る事は珍しい事じゃないし、なんて軽く考えてたあたし。
「いつも通りお使い行ってきます」って笑顔で会釈して通り過ぎようとして、ムキムキの門番さん達に道を遮られた。
へ?
何で通せんぼするの?
「駄目だ。おまえを通すわけにはいかない」
「え?お嬢様から頼まれたお使いなんですけど」
「だとすれば、ドンナ殿に許可を得てからまた来るがいい」
ドンナさんの許可?
何それ。
「ラズ=キーキ=シーフォ」
びくっとして振り返ると背後にはいつの間にか立っていたドンナさんの姿。
その冷ややかな眼光に震えあがる。
「あなたにはしばらく外への使いは頼みません。お嬢様の傍で、お気持ちをほぐすことに専念なさい。宜しいですね?」
「……はい」
こ、これは、逃げ出すのを予測されてる……!
正門からの突破は無理とわかって、裏口で脱出を試みたものの、すぐに同僚の侍女仲間に見つかって連れ戻された。こっそり夜間に抜け出そうとするも、それまでいなかったはずの見回りの兵が通路に立ってて、完全に包囲されてる。
これはお嬢様の命っていうより、ドンナさんの指示なんだろう。
どうあっても隣国へ御伴させようとして、徹底的に監視されてる?
冗談じゃないよ。
あたしは短期間だけのつもりで引き受けたし、この国から出るつもりなんかさらさらない!
いっそのこと、あたしはラズじゃないってお嬢様に言っちゃおうか?
ふとそんな気持ちが湧いたけどすぐに首を振る。
まだ駄目だ。
ラズが言ってた二週間ってのは、多分、追手がかかっても逃げおおせる為の時間稼ぎ。
もし今ばらしちゃえば、お嬢様はラズを探すはず――――そんでもって、例の庭師と一緒のとこ見られたら言い訳のしようがない。
お優しい方だけど、信頼してたラズが恋敵だったなんて知ったら、お嬢様はどうなさるんだろ?
……どう考えても、本当のことを話すのはまずい。
けどこのままじゃ、隣国行き決定だ!
何とかしてお邸から逃げないと……!
お邸へ上がって早五日。
王室ベリーのお菓子は全て制覇した事だし、今日こそは抜け出して見せる。
今日は例のお嬢さまの縁談相手のお家から使者がいらっしゃるらしく、朝からお邸はばたばたしてる。
王家からのお声がかりでのお話だから、失礼があってはならないらしい。
お相手の家も相当高い身分なんだろうなあ。
とにかくこの騒ぎに乗じて、監視の目の届かない場所から抜け出す計画。
逃げ道は何もちゃんとした出入り口だけじゃあない。
準備に忙しく動き回ってる侍女さんたちに紛れて、外へ出るとこっそり庭へと身を潜ませた。
よし。
こっちには人がいない。
庭の木陰や茂みに身を潜めながら忍び足で向かう先には高い塀。
靴を脱ぎ、用意した袋にしまい込むと、腕まくりをしてよじ登る。
木登り、崖上りは得意中の得意。
これくらいの高さ、何て事はない!
お邸の中でこの区画が一番乗り越えやすい高さだって事は下調べ済みだ。
番犬とか放されてなくて助かったよ、ほんと。
塀のてっぺんに上ると、手にした荷物を向こうに放り投げた。
「痛っ」
え?
だ、誰かいた?
ちらっと背後を振り返れば、頭を押さえた人の姿と、その連れらしき男の人。
「なっ……貴様、盗人か!」
「ええええ!?ち、違いまっ」
逃げ出す途中だけど、とんでもない言いがかりだ。
ぎょっとして気を取られた瞬間、塀を掴んでた手が滑った。
「ぎゃ!?」
お、落ちるっ!!
高いのは平気だけど、流石にこの高さから落ちたら痛いっ。
目をぎゅっと閉じて身を固くして衝撃に備えた。
……ん?
がしっと何かに身体が受け止められた。
痛く、ない……?
下に衝撃吸収する何かあったけ?
「随分可愛い泥棒だね」
は?
ち、違いますって!
はっとして目を開けた瞬間、飛び込んできたのは早咲き菫の色。
差し込み始めた弱い日差しに光る淡い金髪の秀麗な顔立ちの男の人はにこりと笑んだ。
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