公爵さまの家宝

カイリ

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捕まりました

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「違うんです。誤解です!何も盗んでないし、怪しいものじゃあありませんっ」
「侯爵家の塀をよじ登って外へ出ようとしてる人間を見て、君ならどう思う?」
「……」

……怪しくないはずないね。
はっ!
黙ってたら罪を認めたって思われちゃう!

「いえ、でもそういう意味では全く潔白なんですっ」

受け止めたまま下ろそうとしないその人は笑顔のままだ。
逃がすつもりないのがわかる。
落ち着いた色の外套を着こんでるその人は多分、一般庶民じゃないと思う。
一朝一夕には身につかなさそうな、醸し出される品の良さがある。
なんだってこんな裏手にいるんだ、この人たちは!

「別の意味では疚しいところでもあるの?」
「悪事を働いて逃げようとしてるわけじゃあないですから」
「逃げようとしてることは認める、と」
「い、いいえ!とにかく、あたしは何の罪もない通りすがりの人間なので、下ろしてください」

すると地面に落ちてるあたしの荷袋を見たお連れさんが、「これをご覧くださいっ」と声高に言って、手にした何かを掲げた。

「これは……」

それは、お嬢様から頂いた王室ベリーのジャム!
小瓶に押された金色のご立派な意匠が王家の紋章であることは一目瞭然。

「か、返してください!」
「このような物を何故所持している!やはり盗人ではないか!」
「あたしのですっ」

もう入手不可能な貴重なジャム。手放してなるものですかっ!
身を乗り出して瓶を取ろうとすると上に遠ざけられた。

「これはポンターギュ王室の庭園でしか取れないべリ―のジャムだろう。どうして君の物だと?」
「嘘偽りに違いありません。警吏に引き渡しましょうっ」

えええっ!?

「ちょっ、待ってください!ほんとにあたしのなんですっ」
「問答無用。こ…いえ、リファリス殿、その者をこちらへ。縛り上げて即刻突き出して参ります」
「いや、少し待ってくれ。ポンターギュの王女殿下はこちらのご令嬢と親しくされていると聞いてる。君は、もしかして侯爵家の使用人とか?」
「!そ、そうですっ」

この人、話せばわかってくれるかもしれない!
ぱっと目を輝かせて頷く。

「本来なら目にすることも叶わない貴重なジャムに目が眩んで、ついくすねてしまった、と」
「そこ違います!」
「じゃあちゃんと説明してごらん。聞くだけは聞いてあげるから」

説明、か。
このまま警吏隊に突き出されるよりは、誤解ないように話した方がいいのかも……。
にこやかな男の人の隣りで、不審者を見るような白い目をした眼光鋭い男の人の視線が突き刺さる。
うぅっ、怖いんですけど!

「……あたしは、このお邸の侍女です。そのジャムは、お嬢様が分けて下さった物なんです」
「目下の者に?」
「お嬢様はお優しい方で、お付きの侍女にもティータイムのお菓子を分け与えて下さるんです」
「俄かには信じ難いな」

むっつりした方の人が腕組みして威圧感たっぷりに切り捨てる。
でも本当なんだから、しょうがないでしょうが。
他の貴族のお嬢様方はどうか知らないけど、このお邸のお嬢様はそうなんだよ!

「その話が本当だとして、どうして君はこんな場所から邸の外へ出ようとしてるの。疚しい事がなければ堂々正門から出るものじゃない?」
「そ、それには訳があるんです」
「どんな?」
「話せば長くなるんで、勘弁してください」
「ジェラール」
「!ま、待って」

ちょっと!おもむろにあたしをむっつりさんに引き渡そうとしないでよっ。

「隣国に連れて行かれたくないんですっ」

ぴた、と二人の動きが止まった。

「と、言うと?」

あたしは仕方なくかくかくしかじか、説明した。
ラズとの入れ替わりは話さずに。

「なるほど。つまり、魔女のいた得体の知れない国には行きたくない、と」
「そればっかりとは言いませんけど……あたしには、故郷の水が合ってるんです。元々、お邸の仕事を辞めさせて頂くつもりでしたし」
「ふぅん。そうなんだ」

話しましたよ、正直に。
いい加減、下してくれませんかね。

「話はわかったよ。でも、このまま君がこんな風に邸から姿を消したら、ご令嬢は悲しむんじゃないかな?やっぱりちゃんと話した方がいいんじゃない?」

それができるなら苦労してません。

「それに、行ってみないとどんな国なのかわからないよ。サージェス国は、森と湖に恵まれた美しい国だ。君も一度目にして見るといい」
「は?」

ちょっと待って!
どこ行く気ですか?
そっちは正門方向なんですけど!
あたしを横抱きにしたまま、その人は構う事無く歩いていく。

「はなして下さい!」

せっかくの脱出計画が無駄になっちゃうじゃない!
じたばた暴れるも、抵抗空しくお邸へ逆戻り。
エントランスで出迎えに現れた侍女さん、執事さんたちの中、こっちを見開いた目で見たドンナさんの迫力顔ったらなかった。

「ディザレード公の使いで参りました。アッシュフィールド候はご在宅であられますか?」

真上から聞こえる響きのいい声にぴしりと、硬直する。
その御名前って、確か、お嬢様のご縁談先の……。
おずおずと見上げる先で、早咲き菫の色をした目が笑んだ。

なんてこった。
よりにもよって、使者に捕まるなんて、なんてついてないんだ。

***


御客人は応接間へ、あたしは問答無用でドンナさんに連行された。
侍女の詰め所――――今は皆出払っていていない――――彼女は腰に手を当て、憤怒の形相だ。

「言わずともわたくしが何を言いたいのか、わかっていますね?」
「……は……はい」

消え入りそうな声で項垂れる。

「あれほど目をかけられながら、お傍を離れようなどと、何という恩知らずな真似をするのです」

でも、あたしはラズじゃあないんです。
短期間だったけど、美味しいお菓子いっぱい頂いたし、優しくしてくださったのは、有難かったですけど、長居すれば、絶対にボロが出ちゃいます。
勘弁してくださいっ。

「あの……お嬢様には母の具合はすっかり良くなったとお話ししたのですが、本当は凄く重い病で……どうしてもこの国から離れるわけには」
「あなたの母は既に亡くなっているはずでは?」

ぎく。
あ、あれ?
何でドンナさん、それ知ってるの?
驚きすぎて、誤魔化すこともできなかったあたしを見て、彼女はふうと息を吐き出した。

「邸を出て、あの者と落ち合うつもりなのでしょう?」

あの者って……はっ!
もしかしてドンナさん、ラズと庭師の人の事に勘づいてたりします?

「あ、あの……」
「弁解は必要ありません。その件についてどうこう口出しするつもりはないので。ただ、隣国への御伴だけはして貰います」
「な、何でですか?」
「ポンターギュ王家からのお声がかり――――このご縁を無事成立させるには、どうしてもお嬢様を無事隣国へお連れする必要があります。その為には、お嬢様の望み通り、あなたに同行してもらわねばならない」

王家からの圧力でもかかってるんだろうか。
けど、何だって隣国へのお嫁入がそれほど重要視されるんだか、庶民なあたしにはさっぱりわからない。
政治的な思惑とかがあったりするとか?
何にしろ、隣国で暮らすつもりはないんですよ、あたし。

「何もずっと、サージェスにいて欲しいとは言いません。せめて、お嬢様の輿入れまではお傍にいて差し上げて。お願い」

おや?
思わぬ譲歩案。

「ほ、本当にそれまででいいんですか?」
「ええ。それさえ見届けてくれれば、ポンターギュへ引き返して貰っていいわ。お邸に戻るつもりがないのなら、そのまま帰郷しても構いません」
「……お輿入れまで、どれほどでしょう?」
「早ければ二週間ほど」

当初お邸に滞在するはずだった期間……。
もしそれを拒んだとしても、逃げようとしてたのがばれてた今、監視の目は増すだろうし、下手したら軟禁されるかも。
考え込みながら、ちらっと見やれば、ドンナさんはピクリとも表情を動かさないでこっちを見てる。
……ドンナさんはラズの件について黙認するって言ってくれてるし、ここは大人しく従っておいた方がいいのかも知れない……。
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