公爵さまの家宝

カイリ

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実は、いるんです

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 気まずい。
 何をどう言ったらいいかわからなくて、自然とテーブルの上に視線が落ちる。
 むこうも何も言わない。
 お、怒ってらっしゃる……?
 こそっと目だけ動かして様子を窺うと、僅かに目を伏せて何か考えてるみたいだった。
 あたしからの言葉を待ってるでも、腹に据えかねてるってわけでもなさそうだけど……。
 沈黙が長い。
 いや……実は怒りが顔にでない人なだけで怒ってるとか?
 ちらちら見てるのに、むこうはちらっともこっちを見ない。
 次第に沈黙が重く、居たたまれなさが増してくる。
 だ、駄目だっ。
 もう耐えられない。

「し……仕切り直しで、どう、でしょう?」
「え」

 やっとあたしの存在を思い出してくれたのか、早咲き菫の色をした目がこっちを見た。

「ちゃんとした名前で、やり直し、とか……」

 じっと見られて声が尻すぼみになる。
 やっぱり駄目?
 取り返しがつかないくらい致命的な誤りでしたか?
 リフさんは瞬き、次ににこりと笑んだ。

「それは――――協力してくれるってことでいい?」
「えっ」

 居たたまれなくて口走ったけど、冷静に考えればそういう事だ。

「や、今のは、そのっ」
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」
「そういうつもりじゃなくて」
「これからする話は、おいそれとは明かせない内容だから、君が頷いてくれて良かった」

 いえ、頷いてないですよ?
 笑顔で畳みかけようとしてません!?
 しかも言外に、聞いたら引き返せないって言ってますよね、それっ。

「ま、待っ」
「僕らは」

 ひぃー、全力で聞きたくないっ。
 耳を塞ごうとしたけど、低音で滑らかな声は耳に滑り込んだ。

「魔女の生命石を手に入れないとならない」

 は?
 なにそれ?
 
「魔女の心臓にあたる石だよ」

 へえー……って、心臓!?

「な、何でそんな物を?」
「お救いしなければならない方がいる。その為には強い魔力が必要になるんだ」

 偉い方ですね、それは。

「……それが何で心臓になるんです?」

 目的はともかく、手段が解せないんですがっ。

「昔このサージェスは魔法大国と謳われたけど、今は昔と違って強力な魔力を帯びた者はまずいない。だから、強力な魔力を秘めた生命石がいる」
「……でも、魔女の心臓なんてどこに?魔女なんて何処にもいないのに」
「たしかに今現在、この国に魔女の生存は確認されてない」

 ですよね。

「――――と、されてる」

 何か付け加えた!

「表向きはね。二度に渡って行われた大規模な魔女討伐で、根絶されたことになってるから」
「そ、それじゃ、まさか」
「完全に滅んだわけじゃない」

 ひ、ひいい。
 やっぱり得体の知れない国だった!
 
「か、勘弁してください!魔女退治とか、ほんと無理なんで!あたし、ただの庶民だしっ」
「ああ、誤解しないで。生命石は生きてる魔女から得るわけじゃないよ。各地に魔女の生命石を封じた遺跡があるんだ。その封印を解く鍵が、宝玉の力」
「!じゃあ、その生命石を取りに行くだけ?」
「――――簡単に言えば、そう」

 封印を解く鍵として、遺跡に行くだけ・・・・・・。

「無事役目をやり遂げたあかつきには、褒美も与えられる。その頃にはきっと、宝玉を取り出す方法も見つかってるはずだ」

 ご褒美ですか?
 ぴくっと反応するあたしを見て、リフさんが愛想よく笑う。

「叶えられる限りだけど、望みを聞いて貰える。望みがあれば、僕から申し上げておくよ?」

 ごくんと喉が上下する。

「・・・無事国へ帰りたいです」
「勿論、その約束は破らないよ。それ以外で望みは?」
「た、例えば?」
「金貨でも、貴石でも」
「いえ。そういうのはいいです」

 ”身に余るものは身を滅ぼす”
 これ、故郷ではよく知られた格言。
 きっぱり断るあたしを見てリフさんは首を傾けた。

「じゃ、君の望みは?」
「もし、もし叶うならサージェスの伝統菓子を制覇したいです!」

 ぐっと拳を握りしめるあたしの前、リフさんは数拍黙り込み、「それだけ?」と聞き返してくる。

「サージェスに来る機会なんてこれ以後早々ないんです。各地にある伝統菓子を制覇してまわるのは不可能に近いっ。もし許されるなら、全部味わってみたいですっ」

 力説するとぽかんとした顔の後、リフさんは声を上げて笑い出した。 
 今度はこっちが呆気にとられる。
 
「そ、そんなに笑う事ないじゃないですか」

 抗議すると笑いの衝動をやり過ごして、リフさんがこっちに向き直る。
 
「ごめん、ちょっと意表を突かれたというか。うん、けど君だとそうなるんだと思って」

 まだ笑いの残る顔----そんなにおかしい?
 だって、植物相手の仕事してるとそうそう旅行だって許されないんだよ。
 ラズから持ち掛けられなきゃ、サージェスになんて来てないもん。
 膨れてると、表情を改めてリフさんが続けた。 
 
「----了解。全部解決したあかつきには、君の望みをお伝えするよ」
「あ、けど一つだけ、聞いていいですか?」
「なに?」
「前に見た、森で空飛んでたのって」
「低級の魔女だよ」

 うぅ、やっぱり。
 ああ、でも、目的の生命石とやらはそれで手に入ったんじゃ?
 
「残念だけど、その生命石は使いものにならない」
「どうしてです?」
「低級の魔女は、別名・石墨の魔女といわれていて、その生命石は触れればすぐに崩れて消える。秘められた魔力の質も悪いんだ。必要なのは、その上の階級。玻璃の魔女の生命石」
「・・・石だけが残ってるんですか?」
「そう。玻璃より上の、強大な力を持つ魔女は、同等の力を持つ存在に討たれた。残った生命石は国内に点在する遺跡に封じられて、長く眠ってるんだ」

 じゃ、より厄介な魔女はもういなくて、存在してる魔女は低級の魔女なんだ。

「そうそう出くわす事なんて、ないですよね?その、石墨の魔女とかって」
「――――」

 え。
 何ですか、その間。
 リフさんはにこりと笑う。

「宝玉が正常に機能すれば、心配いらないから」

 聞きたい答えと違います、それ!
  
 ::::

 何日ぶりかで見上げた空は高く澄んでる。
 ふふ、いいお天気。
 絶好のお出かけ日和ですね……あたしの気分とは裏腹に。

「ティコ嬢。そろそろ出発するよ」

 目線を下に戻すと厩番の人から馬の手綱を受け取ったリフさんがこっちを見てた。
 毛並みのいい黒馬が傍にいる。

「馬で移動ですか?」
「うん。徒歩だと遠いからね」

 向かうのは、古い遺跡。
 サージェスには遺跡が各地に点在してて、ディザレードにあるのは二か所。
 例の、厳重に守りを固められてる、かもしれない場所。
 正直、行きたくない。
 けど、行かないわけにもいかない。
 うぅ、結局リフさんに説得されて断り切れなかった。
 思わず、はあってため息が落ちる。

「……あたし、馬乗った事ないです」
「僕の馬に乗ってくれればいいよ」

 リフさんがそう言うと、栗毛の馬を連れたジェラールさんが傍に来た。

「いえ。この娘はわたしが運びます」

 運ぶって、荷物扱いですか。

「だけど、ランスはお前以外乗せたがらないだろう?」
「……」

 ジェラールさんが黙り込んだ所を見ると、気難しい馬なのは確かみたい。

「さあ、どうぞ」

 じゃあ失礼して、と馬によじ登ろうとしたら、上手く上がれない。

「ちょっと失礼」

 すると、ふわっと身体が持ち上がって一気に視界が高くなった。
 痩身に見えるけど意外と力持ちなんだ、リフさん。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

 馬に乗るとこんな風に見えるんだ。
 いつもよりずっと高い位置から見る景色は凄く新鮮に感じる。
 あたしの前に座ったリフさんは、馬首を巡らせた。

「それじゃあ、行こうか」
「はい」

 ゆっくりと歩み出す馬は城門を潜り抜け跳ね橋を渡ると、石畳の街道じゃなく、地道を駆けだした。
 は、速い。
 周りの景色が凄い勢いで流れていく。
 ひぃぃっ、振り落されちゃう!
 この速さの中、馬上から投げ出されたらただじゃ済まない。
 堪らずしがみつく。
 馬の速度が落ちたのはそれから暫くしての事だった。

「着いたよ、ティコ嬢」

 リフさんの声で伏せてた顔を上げると、緑の平原にいた。
 目の前には大きな穴がある。
 平原の中に、すり鉢状に空いた大穴。
 向こう側まで行くのにかなり歩かないとならないほど規模が大きい。
 なに、この穴?

「魔女の魔法で空いた穴だと言われてる場所だよ。この遺跡には元々古代魔法があったと伝えられてる」

 これが、魔女のいた痕跡……。
 ぞっと背筋が冷える。
 すると、あたしの不安を感じ取ったようにリフさんが肩越しに振り返った。

「もう行けそう?」

 行きたくないけど、頷く。
 ぐずぐずしてたらまた一人であっちに跳ぶ羽目になるかもしれない。
 馬から降りると、深呼吸して気持ちを落ち着けた。
 大穴の開いたむき出しの地面。そこに意識を集中させる。

 問題は、ここからだ。
 隣でリフさんの張りのある声が響く。

「ティコ・クルル・シーフォ。その内に眠りし月よ、この者を媒介とし、我が声に応えよ」

 緊張に喉がごくっと音をたてた。
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