アッシェドの秘姫~調香師は逃亡中~

カイリ

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稀有なる瞳

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「ねえ、サーシャ。聞きたい事、あるんだけど」

 授業終了後。昼食時間になり、席を立ったサーシャは、すかさず近づいてきた友人たちの姿に瞬いた。

「授業が終わると自然にサーシャの傍に現れる男のひとって誰?」
「あー・・・・調香の依頼人さん――――の、お付きのひと」

 それ以上は突っ込まないで欲しい。
 護衛されている、とか――――自分にしても何様だという気がする。
 本意でない状況に知らず浮かない顔をすると、彼女らはそれをどうやら別の意味で捉えたらしい。

「あ。やっかみとかじゃなくて、純粋に興味っていうか」
「たしかにあの男の人も素敵だけどね」
「あの人って例の、閣下の傍にいる人でしょ?」

 ・・・・閣下?
 サーシャは、学院には不似合な響きに眉を顰めた。
 それに気づくと友人の一人が微苦笑する。

「閣下っていっても私たちが勝手に呼んでるだけだけど」
「『頭が高いぞ。我にひれ伏せ』、みたいな雰囲気があるから」
「近づきがたい気品があるっていうか。何か世界が違う感じ?」

 手を組み、口を揃えてそう言う彼女らの言葉に、そういえば新しく高位クラスに入った生徒がそんな人物だと聞いた覚えがあるのを思い出す。
 いつも深くフードを被っている為、素顔は知らないが、確かに彼は偉そうだ。

(それ以上に変わった人だけど)

 サーシャが持つ上流階級の人間の印象である、尊大さ、高慢さからは想像がつかない行動を取っている点などを上げれば彼は規格外だと言える。
 身分の高い人間だという枠を取っ払ってしまえば、口調こそ偉そうだが、意外に感じがいい人物かもしれない。

「目立つ容姿してるから、ちょっと目の保養にしてたんだけど、最近ご尊顔を拝見できなくて」

 それは例のフードを被っているからだろう。
 彼のあれは、外野からの強い視線を防ぐためのものかもしれない。

(ただ単に、庶民に顔を見せたくないだけではないのかもね・・・・)

 たしかに強い視線を受けるのは居心地が悪い・・・・その割には最近、当の本人からそういった視線を受けているのだが、彼の中ではそれは別だということなのだろうか。

「それで、気にしてたらその傍についてた人が今はサーシャの傍でよく見かけるじゃない?何でかな~って」

 やはりその部分の質問は避けられないようだ。
 サーシャは逡巡の末、言葉を選びながら答える。

「・・・・あたしの手伝いをするよう主さんから言われて、手伝ってくれてる・・・ような感じ」

『護衛』の単語は避けた。
 その方が話として納得できるだろう。
 別段疑問を覚えた様子もなく友人たちは、なるほど、と呟いた。


「へえ、そうなんだ」
「見るからに名のある家の子息って感じだもん。これを機に知名度も上がるんじゃない?」
「上手くいけばね。けど、これが結構むずかしい依頼で。今、試行錯誤中」

 どんな香りを作るのか。その、だいたいの輪郭のようなものは捉えているが、あと少しだけ、何かが足りない気がしているのだ。
 それが何か、手探りの真っただ中だった。

(本当は、あの依頼人の姿も見られると想像が湧くかもなんだけど)

 フード越しには彼の雰囲気が捉えきれない。
 そういえば先ほど、彼女らは彼の事を何と言っていただろう?


「ねえ。その香りの参考までに聞きたいんだけど」
「うん?」
「あの人――――どんな感じの人?」

 鞄から帳面を取り出して彼女らの意見をメモに取ろうと考えついた。
 彼女らは、開口一番答える。

「気位の高い美形!」
「・・・・もう少し、具体的に言うと?」

 抽象的過ぎて分かり辛い。

「えっとね、珍しい眼の色してるの。吸い込まれそうな色っていうのかな」
「宝石みたいなって例えられるそんな目の人ほんとにいるんだぁって感じだよね!」
「流し目向けられたら魂抜かれそうな感じ」
「そう、なんだ・・・・」

 それは封じ込めたい記憶を刺激する言葉だった。
 宝石のような双眸・・・・。

「一目見たら・・・・忘れられないような?」

 サーシャの問いに彼女らは綺麗に揃って頷いた。

「そうそう!」
「ほんとこの人、あたしたちと同じ人間なのかなって疑いたくなっちゃうくらい。ひんやりした感じするけど顔もすごく整ってる」

 きゃいきゃいと騒ぐ友人たちとは反対に、サーシャは閉口した。
 ・・・・嫌な符合だ。
 月明りに浮き上がる二粒の、輝石と見紛う双眸をした存在が記憶に蘇り、喉がごくりと上下する。
 あり得ないのに。
 依頼人とあの貴人では印象が違い過ぎる。
 最後に聞いた叫びが、強い執着の滲むものであったとはいえ、すでに何年も経っていて、ましてやここはあの国から遠く離れた島国だ。

(考えすぎ・・・・そんなはずないのに。第一、見つかった時点できっとあたしは)

 サーシャは無意識に左の首筋を押さえていた。
 盛り上がっていた友人のひとりがそれに気づき、首を傾ける。

「サーシャ?首、どうかした?」
「え・・・・あ、ううん。ちょっと最近首が凝ってて。作業中はずっと下向いてるから、その所為」

 苦笑交じりに答え返し、逡巡の末、サーシャは席を立った。

「そろそろ行くね。例の依頼の香、期日までに仕上げなきゃいけなくて」

 友人たちは納得し、頑張ってねと送り出してくれた。
 依頼人の容姿について、友人たちに尋ねた事で、サーシャは、依頼人の出身も素性もよく分かっていないことに改めて気づかされた。
 ノーラの紹介ということもあり、深くは考えていなかったが、彼はいったいどういった人物なのだろう?
 実習室へ向かって通路を歩きながら、サーシャは考え込む。
 いつもであれば、仕事に相応の対価を頂ければ、調香に必要なこと以外の依頼人のあれこれを詮索するつもりはないのだが、友人たちの話を聞いて、妙に気になった。
 彼の言葉は、流暢なグラーシュ語だった。
 その為、西の大国・グラード聖王国の人間ではないかと思いもしたが、よくよく考えてみればそうとも限らない。

(大商家の出の生徒で、きれいなグラーシュ語話してる人いるけど、コルアレ―ドの出身だったし。小さい頃からしっかり習えば、グラード国の人間じゃなくたって、綺麗に発音できる)

 上流階級の出だと言っていたが、どこかの国の貴族だとか?

(あれだけ偉そうにしてるし、由緒ある家柄の貴族だとしてもおかしくない)

 目の色にしたところで、世界は広いのだ。
 あの貴人以外にだって、思わず目を引かれるような色彩を有している人種もいるはず。
 自分の世界にのめり込んでいたサーシャは、通路の角を曲がった先で声をかけられたのにも気づかず、その人物の傍を通り過ぎた。

「おい、おまえ!」
「!」

 突然意識にわって入ってくる大きな声にびくりとする。振り返った先に、噂をすれば影――――――マハの姿があった。その傍にはラァスの姿もある。

「人が呼んでいるというのに素通りか?何をぼうっとしているのだ」
「え。それはすみません・・・・」

 謝りながらも怪訝に思う。
 ラァスはともかく、彼がなぜこの時間帯に一般棟にいるのだろう?
 ここ最近の出没は放課後に限っての事だった。

「何か、ご用ですか?」
「ああ、そうだ。お前――――昼食はまだだろう」
「?はい」

 彼はこほんと咳ばらいをし、胸を張った。

「私もだ。付き合ってやるから、ついて来るがいい」
「・・・・・・・・は?」

 言われた意味がすぐには理解できない。
 用が何か聞いたはずなのだが。
 するとラァスが主人の言葉を補足するように笑顔で付け加えた。

「食事がてら、進行状況を確認させていただきたいとマハさまは仰っているのですが、お時間はよろしいですか?」

 合点がいった。
 そういうことであれば、話も分かる。

「えっと、食堂へいかれます?」
「食堂?騒がしい場所では落ち着いて食事などできない―――――静かな場所を用意してある、早く行くぞ」

 さっさと先行して歩いていく彼の背中を見て、サーシャは知らず呟いていた。

「・・・・閣下・・・・」
「はい?」
「!い、いいえ。何でもないです」

 怪訝な顔をするラァスに手を振り誤魔化す。
 友人たちの付けたあだ名が実によく似合うと思ってしまった。

「何をしているのだ。早くいくぞ」

 こちらを振り返るマハに急き立てられ、サーシャは慌ててその後を追った。

 ***

 落ち着かない・・・・。

 案内された場所は想定していたあの高位クラスの生徒が使用するカフェテラスではなかった。
 広大な敷地内を有する学院とはいえ、足の踏み入れたことのない場所がまだあるのだとこれで二度驚かされたことになる。
 カフェテラスほどの広さはないが、それ以上に高級感のある調度品が置かれ、給仕をする人間たちも動きが洗練されている。
 椅子を引かれて座った正面にはマハのみが座った。ラァスは近くの席に控えており、三人以外の客はいないようだ。
 渡されたメニュー表には聞きなれない料理の名前が並び、サーシャを当惑させた。

(何この長い名前の料理は。・・・・お値段はいくらなの?)

 直感的にお高いようだと感じる。
 一番懐にやさしいものをと、メニュー表を食い入るように見つめて探す。
 購買のパンをこんな場所で食べるわけにもいかない。
 冷や汗をかきながらいると、マハが話しかけてきた。

「おまえ、魚か肉のどちらが好みだ」
「へ?」
「どちらも食べたければそのように用意させるが」
「!い、いいえ。その・・・・手軽に食べられるようなもので」
「なんだそれは。食事はしっかりと取れ。――――すまないが、両方・・・・」
「さ、魚が好きですっ」

 片手をあげ、給仕の男性を呼ぶマハの言葉を遮るようにサーシャは答えた。

「そうか。では、わたしも魚にするか」

 何やら長い名前の料理を給仕に注文するのを止めらなかった。
 すかさずメニュー表の値段を確認するサーシャだ。

(ちょっと待って。今の料理ってどれ!?みんな似たような長い名前なんだけど!)

「何だ?デザートは食後についてくるぞ?それとも・・・・甘いものは別腹だとかいう、あれなのか?だったら、なんでも頼むがいい」
「違います!そうじゃなくて、その・・・・あなたと違ってわたしは、裕福なわけじゃないので」

 後半、口の中でもごもごと喋ると、マハは肩を竦めた。

「ここはわたしが支払うのだぞ?そのようなこと気にせずともいい」
「!い、いえっ、そんな事をしていただく理由がな・・・・」
「依頼の進行状況を確認するついで。必要経費だ」
「それ違」
「つべこべ言うな。これくらいの出費、わたしには微々たるものだ。気にするようなものではない。――――それより、おまえに話がある。本題に入らせよ」
「お話・・・・ですか?」

 マハは傍らから給仕が離れるのを確認すると、咳ばらいをする。

「――――おまえ、わたし以外の人間から依頼を受けるのは止めろ」

 その言葉が脳内に達するのにしばらくかかった。

「は?」

 彼女は、眉間に皺が寄るのを感じた。
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