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二章

一話 『醜悪な騎士と白銀の姫の落日』

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《ソフィア神聖教皇国、聖都。冒険者ギルドの宿屋》

「にゃ~」

 朝日が昇り、部屋の窓から差し込んだ陽射しによってクロの一日は始まる。
 不死王との闘いから一ヶ月、コータはソフィア神聖教皇国、聖都に居着いてしまった。
 クロは少し前みたいな、コータとの自由気ままな二人旅に戻りたいのに……

 それこれも、全部、最近すっかり馴染んでしまったロニエスのせい。
 
「にゃ~ッ」

 クロは、いつの間にかコータのベッドに潜り込んで寝ているロニエスに、爪を立てようとした。
 ……が、コータはロニエスの事を大切にしている。
 今、クロが、傷つければコータの不信を買ってしまうだろう。
 ソレは避けたい……

「にゃ……」

 クロは、グッと我慢して、コータに抱き着いて寝ているロニエスを、尻尾でベッドから突き落とす。

 ガタガタガッタンッ!
 グギリっ……(ロニエスの首骨が軋む音)

「ひゃあああーーっ!」

 ……だけに留めて、今度は肉球を使ってコータを起こす。

 ぷにぷにっ。

「にゃ~にゃ~」
「……ん? 朝か……毎日、ありがとな。クロ」
「にゃ~♪」

 目覚めたコータは、眩しそうに目を細め、クロの頭を撫でながら、部屋を見渡して、床で悶絶している寝間着姿(ネグリジェ)のロニエスを一瞥。

「お前は、何してるんだ?」
「ううぅ……聞かないでください……」
「……そうか」

 聞くなと言うなら聞かない。そもそも、そこまで、ロニエスに興味がない。
 コータは、気にすることをやめ、水樽がある水場まで行き、寝起きの寝ぼけた顔を洗う。

 ゴシゴシゴシゴシ……じゃぶじゃぶじゃぶじゃぶ……

 たっぷりと水を使って、何度も顔に掛けながら、洗っていると、

「そんなに洗わなくても、アナタの顔は綺麗ですよ?」

 と、言って、クロに落とされたダメージから復活したロニエスが、乾いたタオルを手渡して来る。
 コータは無言で、ロニエスからタオルを受け取り、顔を拭いて水気を取った。

「……醜いな」

 姿見に映る自分の醜い顔、朝一でコレを見るのがコータにとって一番の苦痛。
 ロニエスは、綺麗だと言うが、オーク似のコータの顔は、寝ている間に、汗が溜まり、起きる頃には滓が出る。……気がする。
 ……別に、勇者だった頃のような顔に戻りたい訳ではない。
 だが、醜い自分の顔を見ると、過去の罪を思い出す。
 醜い罪を思い出す。

 ロニエスと同じ、『世界三大美女』が一人、《白銀の妖精》エルフィオネに入れ込んで、本当に大事なモノを見失い……突き放した。
 それが、コータの捨てた過去で、最大の過ち。そして、後悔だ。

「アナタは……綺麗、ですよ?」
「……」

 鋭い目つきで、自分の顔を睨みつけるコータの腕を、キュっと、ロニエスが、摘む様に引っ張った。
 コータは、それで、過去の記憶から現実に意識を戻し、ロニエスの頭を撫でる。

「お前もな」
「ーーっ♪」

 ロニエスもエルフィオネと同じ『世界三大美女』が一人、《黄金の姫》。
 その美貌は、幼い事を差し引いても、美神の加護を受けるロニエスが『世界三大美女』の中で、一番、美しい……

「……ん? 『魅了』が漏れてるぞ? 俺を悩殺する気か? そろそろ完璧にコントロールしろよな」

 美神の加護によって、ロニエスが常時身に纏う『魅了(チャーム)』の能力(スキル)。
 異性・同性問わず、悩殺し、ロニエスに従わせるという強力な能力。
 
 ロニエスは確かに世界三大美女の中でも、美人だが、能力を差し引けば、他の二人には遠く及ばない。
 コータはどちらかと言えば、ロニエスよりも、『世界三大美女』最後の一人、《白聖女》マリアの方が清楚でタイプ。
 ……エルフィオネに付いては、ロニエスよりもそういう目で見ることは出来ない。

「あぅ~」

 ロニエスの魅了の本質は、恋心。
 好きな人に自分を好きになって貰いたいという、女の子なら誰でも思う気持ち。
 それが、『美神』の加護の正体。

 もちろん、ロニエスがコータにソレを伝えている訳がない。
 本当は、能力(スキル)の詳細を、ロニエスを守る騎士である、コータにだけは教えるべきなのは、ロニエスも解っているが……

(言えないよぉ~っ。だって、コータさまに、コータさまが好きですって言うようなモノじゃないですか~)

 と、そこまで考えて、思い出した。

(コータさまとの二人暮らしにドギマギしてて、忘れてましたけどッ! 私とコータさまって、両思いじゃないですかー! 『次は心の救済だな』って、言われましたし! 是非是非ッッ! 救済してほしいです)

 因みに、ロニエスはもっと凄い事(告白)を、不死王との戦いでしているのだが、忘却している。
 その後あった、とあることも含めて、都合の悪い記憶は全て無くなるのが、ロニエスという乙女。

「コータさまッ♪」

 そうして、いきなり、腕を絡めて密着してきたロニエスに、コータは怪訝な表情で問う。

「……どうした?」
「結婚の儀は、ヒーラレルラ式にします? それともコータさまの故郷、フィンラネル式にします?」

 ヒーラレルラ式の結婚とフィンラネル式の結婚は、大差ない。
 どちらも教会で式を開いて、指輪を交換する。
 ただ、ヒーラレルラ式は性を変えることができる。

 過去を捨てたコータには関係のないことだが……

「それとも、うふふっ。アーニマレー式にしますか?」

 因みに、獣人の国、弱肉強食のアーニマレー式の結婚は、雌雄決闘。
 そして、結婚を申し込んだ方が勝てば、三日三晩の夜を共にしてから、背中に入れ墨を入れる。

「それとも――」
「おい」

 コータは、にまにましているロニエの口を鷲掴み……

「言ったよな? お前の心も救ってやる。ただし、お前の好意は受けとらない。とな?」
「……ううぅ。いじわるしないでくださいよぉ~」

 コータに言われて、ロニエスも、あの事を思い出した。
 ソレは、コータとロニエスが同棲を始めた一日目の夜の事……

 想いを通じ合わせたと思ったロニエスが、色々と期待しながら気合いを入れた格好で、コータのベッドに潜り込み、

『では、コータさま。私を末永く、貰ってくださいませ』
『は? 嫌だけど?』
『……えッ?』
『何を勘違いしたか知らんが、あくまで俺は、騎士。お前は、お姫様。そこから先に、関係が進むことはない。絶対にな』

 そもそも、八歳児がマセてるんじゃねぇーと、ロニエスはベッドから追い出されてしまった。

『な、なんでぇー?』
『言っただろ? 俺は色恋に興味がない』
『ひゃああああああああああああああああああああああああーーっ!!』
『にゃぁぁ~ん♪』

 と、言うことがあった。
 つまり、ロニエスとコータはこの一ヶ月の同棲で、何一つ進展していないのだ。

「にゃー♪」

 むしろ、後退……いや、脱落したロニエスの事など、クロはもう気にしない。

「意地悪じゃない。事実だ。俺はお前と色恋を始める気はない」
「何でですか! なんでですかーっ! どうせ、アナタには私しかいないじゃないですかー!」
「……」
「もしかして、昔のお姫様の事をまだ引きずって?」
「そうだ」
「……っ」

 ロニエスがせめてもの抵抗と、からかおうとしても、コータの過去はあまりに重い。
 一言で、その背景を思い至らされ、罪悪感に心を毒された。
 ……コータの前で、過去の話は厳禁なのだ。

「ううぅ……不躾でした。お許しください」
「……そうだな」

 コータは、ボソリと呟いて、

「だが、気にするな」
「へ?」

 ロニエスの頭を撫でていた。
 今までなら、過去の話をすると途端に不機嫌になったというのに、今は穏やかな表情を保っている。

「お前には色々と話したからな。反面教師にしてくれればそれで良い」
「そんな……こと」

 そんな態度に、ロニエスは、コータとの距離を感じてしまう。

(この感じ……嫌です)

「コータさま」
「……ん?」

 虚無感に、ロニエスはコータの袖を掴み、体を寄せた。

「私を置いて、何処かに行ったりしないですよね?」

 コータが遠い場所に消えてしまう。
 そんな胸騒ぎ……

「……さてな。今の所、その予定はないぞ?」
「フフフっ。ですよね? アナタは私の騎士様なんですから♪」

 しかし、コータが否定した事で一安心。
 ロニエスには嘘が分かる。
 だからコータは嘘を言っていないと分かるのだ……
 が……ロニエスに分かるのは、嘘か嘘じゃないか、それだけ。

 コータがロニエスに見えないように隠した、羊皮紙には気がつくことは出来なかった。

 その後、朝食を摂ったコータは、ロニエスとクロを連れて、聖都の道に来ていた。
 聖都の外も、ヒーラレルラ王国の外と変わらない街道が続いている。
 ヒーラレルラとソフィア聖教聖都近隣で、違うのは、気候位か……

「ううぅ……寒いですぅ~」
「……ちゃんと、ローブを着込め。風邪を引くぞ?」

 ヒーラレルラの気候より、数段寒い冬国、ソフィア聖教皇国。
 既に真っ白な雪も一面に降り積もっている。

 コータは、ぶるぶると身体を震わせるロニエスに、分厚いローブをしっかりと着込ませる。
 更に、上からコータのローブも掛けて……

「ふふっ。そんなにも私が心配ですか? 好きですか?」
「当たり前だろ」
「……っ!」
「お前は俺のお姫様、なんだからな? 少しは、立場を弁えろ」
「ううぅ……いえ、何となく分かってはいましたよぉ~」

 ロニエスが、それでも顔を赤らめながら、もどかしい気持ちで、コータの胸元をぽんぽんと叩いていた。
 そんな程度の打撃を、コータは気にも止めず、マフラーまでしっかりと付けたロニエスの背中を、

 バシン。

「さて、寒さは少し我慢して。何時も通り『体臭』で、モンスターを呼び寄せろ」
「体臭って言わないでって……何度もッ!」
「良いからやれ!」

 ロニエスの体臭には、モンスターを引き寄せる能力がある。
 逃避行中は、それで何度も、モンスターに襲われて手を焼いたのだが、冒険者として仕事をする上では、都合が良い。

「分かりましたよぉ~」

 ロニエスは半泣きで、魅了を発動した。
 どんなにスパルタでも、本当に大変な時、コータは必ず助けてくれる。今も、ロニエスの肩を抱き、周囲を警戒してくれている。
 そんなところが、ロニエスは大好きなのだ。

 恋心を糧にする魅了は、コータがいれば幾らでも発動出来る。
 
 魅了の発動から数分後、匂いに引かれて現れたのは……

「『ホワイトゴブリン』……雑魚だな。が、肝は美味い」
「ううう。ゴブリン。嫌ぁっ」

 寒冷地に棲息するゴブリンの亜種、ホワイトゴブリン。
 若干対氷耐性と身体能力が高いという点を除けば、普通のゴブリンと何も変わらない。
 それが、全部で、十体……

 そのうち九体を、『ブロンズソード』で切り伏せて、

「後は、お前がやれ……出来るはずだ」
「ううぅ……やっぱり、私も闘わないとダメなんですかぁ?」
「当たり前だ、何のために冒険者になったんだ。自分の身を守るためだろ?」

 そう、ロニエスは、晴れて『足手まとい』から転職(ジョブチェンジ)し『新米冒険者』となった。
 それも、お前には無理だと言う、コータの反対を押しきって……
 ……ただ、ロニエスが、冒険者になったのは足手まといから脱却するためでも、自分の身を自分で守るためでもない。

 ロニエスはただ、冒険者になってでも、コータと同じ時間を過ごしたかった。
 それだけ……

「ううぅ……お母様。ロニエスはやりますよぉ! この恋を成就させるためにっ!」

 そんな不純な動機でも、ロニエスにとっては命を掛けたモンスターとの闘いに臨む意味になる。

「ゴブゴフゥゥ」
「ひゃぁーーっ!!」

 しかし、ロニエスは新米冒険者の上、一ヶ月前までは寝たきりだった八歳児。
 意気込みだけで、モンスターの相手は務まらない。
 コータが雑魚と言い切ったホワイトゴブリンも、凶悪な怪物(モンスター)で有ることには代わりなく、一般人が出逢えば、死を覚悟をしなければいけない相手。
 
 ロニエスからしてみれば、恐ろしく俊敏なホワイトゴブリンに、眼前まで迫られ……

 ブンッ!

 こんぼうを叩き込まれた。
 その威力は、地面をえぐるもの……ロニエスが当たれば即死は確実……だが、
 間一髪。

 コータがロニエスの身体を抱えて飛び下がった。

「ゴブゴフゥゥ」
「ひゃぁああっ! (恐慌)」

 ホワイトゴブリンの追撃、飛び下がるコータの着地点に、こんぼうを投擲。

「フッ……」

 が、着地と同時に、更に回避。
 こんぼうの一撃を難無く躱した。

「ゴブリンとは言え、武器を投げるとか、馬鹿だな」

 再び、着地。ホワイトゴブリンとの距離は十メトルといったところ。

「ロニエス。落ち着け。お前の事は俺が守る。傷一つ付けさせやしないさ」
「……っ。は、ハイ……っ!」

 先ずはロニエスの恐慌(パニック)を治してから、

「教えたよな? 氷耐性が高いモンスターには?」
「ほ、炎! 炎が弱点ですっ!」
「そうだ。そして、炎の魔術も教えたよな?」
「はっ!」

 コータの指摘で、ロニエスが、ホワイトゴブリンを倒す方法に気づく。
 その時、

「にゃー?」

 炎の魔術と聞いたクロが、コータのポーチから飛び出して行く……

「まてまて……」
「にゃーあ?」

 そんなクロを、慌てて掴まえて、

「クロは何もしないで良いから、ロニエスが、失敗したらな?」
「にゃー♪」

 と、この日一番焦ったコータと、この日一番機嫌よく鳴いたクロ。
 その陰で……ロニエスは最上級魔法杖『クリスタル・ロッド』を構えて、

「ううぅ……失敗なんてしませんよぉ~だ。《炎の精霊よ・魔球となって・撃ち抜き給え》」

 初級攻撃魔術《ファイアー・ボール》を詠唱し、炎球を打ち出した。
 その魔術は、ロニエスの持つ『クリスタル・ロッド』によって、二段階上の上級魔術程度の威力となっている。
 
 ……着弾。

 炎耐性の弱いホワイトゴブリンを一撃で、黒焦げにしてしまった。

「やっ、やったぁー! どうですか? どうですか!! 私だってやれば出来るですよ~」
「……ま、よくやった」
「ふふふふふーん♪」

(黒焦げか……肝は喰えるって言ったんだがな。クリスタル・ロッドはやり過ぎたか?)

 初戦果に喜ぶ、ロニエスの気持ちを尊重して、何も言わないコータだが、ロニエスの戦果は、クリスタル・ロッドの性能有ってのモノ。
 どう考えても、ロニエスの力ではない。
 
 コータは知らず知らずのうちに、ロニエスの事を心配し、強力過ぎる武器を与えてしまったと反省する。
 自分の実力以上の武器を持ち、その力に溺れ破滅する人は良く見てきた。
 聖剣を持っていた、コータは特にソレを意識しなければイケなかったと言うのにだ。

 そのことをどうやってロニエスに伝えるべきかと、コータが頭を悩ませていると……

「でも……」

 と、さっきまで喜んでいたロニエスが、肩を落とした。

「どうした?」
「アナタのお陰ですよね……私だけの力ではありません」
「……」
「この杖だって……とっても高価な物だと、リゲルさんが言ってましたし……」

 ……それが自分で分かるなら、ロニエスが力に溺れることはない。
 ちょっとだけ、ロニエスを見直して、頭をわしゃわしゃと撫で、

「いや、誇れ。その杖は確かに強力だが、俺がお前にはやった、お前の力(もの)だ。俺が、お前を守るのも、お前の人徳有って故……俺も武器も、ロニエス。お前の物(ちから)だ」
「……そうですか~♪ そうですね♪ そうですよね!」

 コータに褒められる。
 ロニエスは何よりそれが一番嬉しい。
 ……何時か、コータの隣で、コータを護れるような存在に、頼られるような存在に……ロニエスは為りたいと、そう思う。

「だが、反省は必要だぞ? 言ったよな? アレは食べるものだと。黒焦げにしたら食えないだろ?」
「うう……上げて下げる。これが、コータさまの愛情表現なのです。分かっています。分かっていますよ? 私はちゃんと分かっていますから。嫌いなんてなってあげませんから」

 腕を組んで神に祈りを捧げ、涙をポロリと見せるロニエスに、コータは勝手に言ってろと、取り合わない。
 周囲にモンスターの気配が無いことを確認し、雪を退けながら薬草を採取していく。

「にゃー♪」

 そんなコータを見とめて、クロは炎魔術を発動し、積もった雪を溶かし始める。

「おっ? 有り難いな」
「にゃーん♪」

 コータに褒められたクロは、ロニエスにどや顔を向けた。
 
「はっ。負けませんっ! 負けませんよ! 《炎の精霊よ・魔球となって・撃ち抜き給え》」
「オイッ!」

 こうして、クロに挑発されたロニエスは、雪どころか薬草までも燃やし、大惨事を引き起こす。
 当然、クロはそうなることを予測して挑発していた。

「ニャーン♪」

 結局、コータに怒られたロニエスに、クロの勝ち誇った声が響いた。
 その時、

「ごぶぅうううううううッッ!」

 ホワイトゴブリンよりも数段、猛々しいモンスターの声音が響いた。

「ううぅっ。ゴブリンの声ぇ……嫌ですぅ」

 すぐにロニエスが全身をぶるりと震わせて、コータの背中に隠れるが、実は甘えたいだけ……というのが大きい。
 そんな、おませなロニエスの奸計が成功する前に、地面をいななかせ、森の大樹をへし折って、現れたのは……

 十メトル級の大型ゴブリン。

「ちっ。ホワイトゴブリンのボス型か……この辺の主、なんだろうな……さて、」
「ひゃあああああーーッ!」

 コータは、本気の絶叫を上げているロニエスを担ぎ上げ、近くの大樹に跳び上がる。
 その直後、巨大なボスゴブリンの戦鎚が地面を文字通り、粉々にした。

「……おいおい。大物だな」

 その威力に、流石のコータも背筋を冷やして、感嘆の声を上げる。

「ごぶぶぶぶぶぶッッ!」
「ヒャヤヤァァァッッ!」

 手下(ホワイトゴブリン)達を殺された、ボスゴブリンの怒りの攻撃が、ロニエスを担ぐ、コータに降り注ぐ。
 
「……ちっ。うるせぇーなッッ!」
 
 しかし、そこは最上級冒険者、こんな窮地には慣れている。
 ボスゴブリンの攻撃を、森に入り、樹木を使って三次元的に連続回避。
 ロニエスを担いだまま、全ての攻撃を、紙一重で、躱していく……

 そして、何度目か解らないボスゴブリンの攻撃を躱した直後、巨大な戦鎚に乗り移る。
 そこから怒涛の速さで、駆け登り、ボスゴブリンの肩に、ブロンズソードを突き立てた。
 
 グサリ……

 刺さる……が、

「ここまでの巨体になると、ブロンズソードじゃ攻撃にならないか……」

 ボスゴブリンの肉に刺さったブロンズソードが、筋肉を切り裂けない事に、舌打ちする。

「だが、他の武器は用意していないしな……さて――」

 ――無理を通せば、倒せない敵でも無いが……

 そこまで、考えて、ボスゴブリンの肩から飛び降りた。
 そして、

「ロニエス。もうひと仕事してくれ」
「ううっ……なんで、ゴブリンばっかり……私、ゴブリン嫌いなのにぃ~ッ!」
 
 と、泣きつつも、闘う事は嫌がらない。
 ロニエスは、仕事中のコータの背中に居られるのなら、嫌いな事も怖いことも、飲み込んでみせるのだ。

「でもでも~っ。アナタの攻撃が効かない相手に、私の魔術が効きますか?」
「……お前、意外と冷静だよな」

 超高速で連続回避を続けるコータの背中は、超高速で連続的に、窮地に陥っている様なもの、そこで、ボスゴブリンへの攻撃の結果まで、考えられるロニエスは、やはり、普通の子供ではないのだろう……

「えへへ。実は、アナタの背中に居る時は、全く恐怖を感じませんので♪」
「……そうか」

 と、言いつつ、ボスゴブリンの攻撃が、止んだタイミングで、ロニエスを背中から降ろす。

「へぇっ!? ちょっ! 恐いっ! 怖いッ! こわいですよぉおおお~」

 すぐに、ロニエスが恐慌に陥るが、無視して、

「クロ。ロニエスと協調(ユニゾン)できるか?」

『協調(ユニゾン)』とは、魔術師が二人以上居るときに、使える魔術技能。
 クロとロニエスの二人なら、二人の魔力を合わせて、増強し、単純に二倍以上の威力で魔術を起動出来る。
 ただし、二人が息を綺麗に合わせなければそうそう出来る事はない。
 この世界に、協調で魔術を起動、出来る魔術師は十人と居ない筈……

「にゃーん♪」(当然ニャ~♪)
「……そうか、頼む」
「ニャ~♪」
 
 頼もしいクロをロニエスの肩に乗せ、ロニエスの頭をわしゃわしゃ……

「落ち着け? 俺が奴の気を引いている間に、クロがお前に魔力を合わせる。後は、お前のタイミングで魔術を起動しろ……炎のだぞ?」
「うう……私、協調魔術はまだ……」

 死の恐怖を感じ、震えながら、それでもコータの指示に従うつもりだが、ロニエスは、まだ、ユニゾンを成功させたことがない。
 失敗する可能性が高いと、コータの袖を掴んでアピールする。
 だが、コータは一切躊躇することなく、

「大丈夫だ。お前が前に出来なかったのは、クロが悪戯していただけだからな」
「ニャ♪」

 イタズラ大成功ニャー♪ と、クロがロニエスにどや顔。

「もうっ! クロちゃん!!」

 それで、何度かひどい目にあったロニエスが、声を荒げるが、また、コータに頭を撫でられて、冷静になった。

「それにだ。もし、失敗しても、あれくらい。俺一人で、なんとかなる。気負わずやれ。俺のお姫様だろ? 少しは、誇れる所を見せてくれ」
「……っ! ハイッ! ハイッ! 私の騎士さま。私、頑張りますから、ちゃんと見ててくださいね」

 ロニエスの気合いが入ったのを確認し、コータがボスゴブリンの気を引く為に、攻勢に打って出た。
 ロニエスは、そんなコータの姿を見ながら、クリスタル・ロッドを構え、魔力を高めていく……

「ふぅ~っ。《炎の精霊よ・協調せよ》」

 クリスタル・ロッドに魔術文字が浮かび上がり、クリスタルに魔力が注がれる。
 更に、ロニエスの足元に、魔方陣(マジックサークル)が自転しながら出現した。

「ニャ♪」

 そこで、クロが楽しそうに尻尾を振ると、クロの魔方陣も足元に出現し、ロニエスの魔方陣と結合した。
 ユニゾン完了。

「凄い……でも、クロちゃん。本当にイタズラ――」
「ニャーーッ!」
「ううっ……《再度希う・炎の精霊よ・我等が力を束ね・灼熱の魔球となって・彼の者を討ち滅ぼしたまえ》」

 二つ合わさった魔方陣が起動。
 炎協調魔術《ユニゾン・フレア》が発動する。

「おっ。流石はクロ、本当に成功させるか」
「ごぶぶぶぶぶぶッッ!」
「……フっ」

 たいして期待していなかったコータが、ボスゴブリンの後頭部にブロンズソードを叩き付けて、脳震盪(のうしんとう)を誘発させ、離脱。
 直後、ボスゴブリンに《ユニゾン・フレア》が直撃、灰も残さず、焼き尽くした。

 その夜……コータとロニエスは並んで薬草を調合していた。

「ムムム……こうですか?」
「違う。その組み合わせは、猛毒だ」
「ううぅ……難しいですぅ」

 ロニエスは兼ねてより、コータに薬草調合の技を教えてもらいたかった。
 前の時は、結局、コータが教えることは無かったのだが……
 聖女の十字架により、手足が動くようになってから改めて頼むと、こうして、丁寧に教えている。

(ふふふっ。無骨で、意地悪ですけど……根は何時も優しい人です)

「ゆっくりやれば良い……」
「ハイ……ずーっと一緒、ですものね?」
「……そうだな」
「……ずーっと一緒にいてください!」
「……そうだな」

 コータの返事を聞いて、ロニエスの手がピタリと止まった。
 理由は、

「なんで……そこで、嘘をつくんですか? ずーっと一緒にいてくれるんじゃないんですか?」

 コータの言葉が嘘だったから……
 少なくともコータは、ロニエスと『ずーっと一緒に居る』とは思っていない。
 そういうことになる。

「ちっ……めんどくさい能力だな」
「どういう事……ですか? 私の心を救ってくれるんじゃないんですか?」
「さてな……」
「コータさまッ!」

 はぶらかそうとするコータに、ロニエスが大声を上げた。
 その声で、寝ていたクロが目を覚まし、飛び上がる。

「ニャーッ!?」
「クロ……大丈夫だ」

 コータは、そんなクロの背中を撫でて、落ち着かせながら、薬草調合の手を止めて、ロニエスと向き合った。
 暫く無言のまま、クロを撫でつづけ、ロニエスの顔を見つめていたコータは、ゆっくりと呟いた。

「明日……聖女の元に行く」
「え? 今更、捨てるんですか!」
「違う……そこで、全部、分かるはずだ」
「そんなぁ~っ。意地悪しないで、今、教えてくださいよぉ~」

 ロニエスのその反応は、当たり前の反応なのだが、コータにも今、話せない事情がある。
 それを、ロニエスに言ったところで、この、好奇心のお化けが納得する筈もない。

「さ、今日はもう、寝ろ」
「でもでもでもぉぅ! 私、気になっちゃいますよ~」
「五月蝿い。お前、忘れたのか? 俺が寝ろって言って寝なかった時、どうなった?」

 言われて、ロニエスは思い出した。
 失禁(ゲロ)した……

「ううぅ~ッ。分かりました。分かりましたよぉ~っ。でも、一つだけ、私を捨てないと言ってくれますか?」
「捨てはしないさ。言っただろ? お前は俺のお姫様。特別な、な?」
「それ、私には言ってないですよぉおお~っ。でも……ふふ♪ それなら良いんです♪」

 ロニエスには嘘が分かる能力がある。
 だからこそ、この日は安心して眠りに付けた。

 ……だが、コータは一睡もすることなく、ロニエスの寝顔を眺めながら、静かに、朝、隠した、羊皮紙を握り締め、クロを撫でながら夜を明かしたのだった。
 ――クロはとっても心地好かったと言う。





《フィンラネル王国》

 その国は……かつて、勇者ユグドラ・クラネルと、その姫、エルフィオネ・フィンラネルの元に、世界中の国々から英傑が集まり、最前線として魔王と闘った国。
 海に囲まれた島国で、他の国にはない独特な芸術品が数多く存在する。
 戦争終結後は、ユグドラとエルフィオネの婚約により、世界中に末永い、栄華と繁栄を信じさせた。

 しかし、今現在、フィンラネル王国は窮地に陥っていた。

 突如、現れた黒服の一団と、大量の海棲型モンスターによって次々と侵略されていたのだ。
 その魔の手は、フィンラネル王国王都にまで迫り、既にあちこちで火の手が上がっている。

「エルフィオネ様っ! エルフィオネ様っっ!」
「……何事ですか?」

 そんな中、フィンラネル王宮で、国に上がる火の手を憂い、眺めていた、ハイエルフの王女、エルフィオネ(二十一歳)の元に、近衛騎士の青年が慌てた様子で駆けつけた。
 三年前までは、勇者ユグドラの仕事だったもの……

(ユグドラは死んだのです。……もう、居ないのです。私(わたくし)がしっかりしないといけないんです)

 かつての恋人に想いを馳せる暇は無い。
 今は国の一大事、エルフィオネはそう思って思考を打ち切り、近衛騎士に意識を戻した。

「王宮にも黒服の一団がッ! もうここも落ちます。どうかお逃げください。我等が時間を稼ぎますので」
「……何を馬鹿なッ!」

 近衛騎士の報告に、エルフィオネは稟と背筋を伸ばして、『神杖ヴァナルボルグ』を手にとった。
 柄に嵌めるべき『レッド・クリスタル』は無いが、それでも神杖。世界で一番強力な魔法杖。

「罪も無い民が苦しめられているのです。どうして私だけ逃げられるでしょうか!? 私も闘います」
「ですが! エルフィオネ様は婚前の身」
「私(わたくし)は、『破壊の神』の神子。『魔神』エルフィオネ・フィンラネル。ユグドラが亡き、この国で、一番強いのは誰ですか!」

 それは間違いなく……

「エルフィオネ様……しかし、御身に何かあれば……」
「大丈夫です。私にはユグドラが付いていますから」

 勇者とともに、世界を救う旅をしたエルフィオネは、ただのお姫様ではない。
 最強の戦姫なのだった。

 民や騎士達に敬愛され、他国の英傑を集めた人望は、勇者ユグドラもそうだが、《白銀の妖精》と唄われるエルフィオネの人徳が大きい。
 だからこそ、新米近衛騎士は、ただ畏怖し、戦姫の決断に従った。
 もし、もしもだが、これがユグドラだったのなら、もう少し違う結末を迎えたのかもしれないと……エルフィオネは後から思うことに為る。

 だが、この時は、一気果敢に闘った。
 エルフィオネの参戦で、正体不明の黒服の一団と、大量の海棲型モンスターを王宮の外まで押し返すことに成功する。

 その時、既にエルフィオネには違和感があった。

(黒服はやはり、魔王信教の狂信者。このモンスターは……まさか! いえ、ですが!)

 その違和感が形になる寸前、エルフィオネの前に黒服の男が一人立ち塞がった。
 
「魔神エルフィオネ。貴様を探していた」
「……明らかに、他の黒服達とは違いますね。貴方が黒幕ということで間違いないでしょうか?」

 エルフィオネは言いながら、光魔術の鎖で拘束する。 
 殺しはしない。
 目の前の男を捕らえられれば、フィンラネルに侵攻した黒服達の目的も、海棲型モンスターの謎にも迫れる。
 そう、思ったからだ。

 しかし……エルフィオネの光の鎖は、男の身体をスルリとすり抜けた。

「……っ。ならば、仕方ありません。《炎神の爆炎よ・来たれ》」

 攻撃がすり抜けるという男の不気味さに、エルフィオネは作戦を変更。
 捕らえる事は諦めて、男の抹殺を計った。

 そのために、最上級魔術で、豪炎を召喚し、爆撃。
 魔神の攻撃には、魔性の存在に有効な、神聖属性も混合する。
 ……だが、神聖属性の爆炎すらも、男の身体を傷つけることは無かった。

「……っ!」
「……」

 その時、男が、にやりと口元を歪ませる。
 そして、無言で片腕を払っただけで、闇の鎖と闇の爆炎魔術を同時に発動した。

「っっ! 《風神の嵐仭よ・来たれ! ――》」

(無詠唱で魔術の重複発動!? そんなこと出来るのは……まさかッ!)

 エルフィオネは咄嗟に、風の刃で、闇の鎖を切り裂き、闇の炎を吹き飛ばし、

「《――続く雷神よ・裁きの槍を・我が手に!!》 ゲイボルク!!」

 エルフィオネが、魔神と言われる由縁。神装召喚(アスカロンや、グラム・ラグナロクと同じ、等級の武器を召喚する魔術)。
 召喚した神器は、雷神槍《ゲイボルク》

 ……あらゆる事象を無視して貫く槍だ
 コレなら、例え『無敵属性』を持っていたとしても貫ける。
 ――もし、これが効かないとしたら……

「っ!」

 そんなエルフィオネの予想を裏付けるように、スーッ……と、ゲイボルクですら、男の身体をすり抜けた……
 これで、最悪な予測が現実となった。
 
「そうですか! そうですか! 貴方はッ――」
「……」

 遂にたどり着いた男の正体……それを口に出す事は辞めてしまった。
 何故なら、男の正体が、エルフィオネが思っている正体の通りなら、魔神エルフィオネでも、絶対に勝てないからだ。
 それ所か、勇者ユグドラが居ない今、男を倒せる人間はもう、いない。

「それでも! ユグドラが守った世界! 国。人! そして……」

 目を伏せて、神杖ヴァナルボルグに魔力を込める。気持ちを込める。

「私は、ユグドラの分まで、この世界を護りますっ! 《雷神よ――・炎神よ――・風神よ――・水神よ――・氷神よ――》」
「……」

 ハイエルフの姫、魔神エルフィオネの猛攻。
 普通の魔術師が見たら、失神してしまうような最上級魔術を嵐の如く連続で放ちつづけた……

 この日、かつて魔王を打ち倒し、華々しい栄華を誇ったフィンラネル王国が陥落したのだった。
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