異世界転生して夢を叶えた騎士は、魔女の呪いで醜悪になり婚約破棄で没落人生。されど冒険者になって世界一可愛い黒猫と自由気ままな二人旅にゃん

オジSUN

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二章

二話 『醜悪な騎士と白銀の姫の信念』

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 《ソフィア聖教大聖堂》

 前日、言った様に、コータはロニエスを連れ、聖女マリアの元に向かった。
 だが、聖堂で聖女としての勤めを果たしているマリアと、すぐに会える訳もない。
 あの枢機卿が消えて、聖女の加護が解放されたことで、『聖女の救済』を求める民は多いのだ。

 そのため、コータは、ロニエスと聖堂で椅子に座りながら、マリアの仕事が一段落付くのを待っていたのだった。

「聖女さま。人気ですね~」
「ああ……どこかの『黄金の姫』とは、えらい違いだな」
「ぶーっ。またそうやって意地悪を言うんですからー」
「意地悪じゃない――」
「――事実ですね。ハイハイ。分かりましたよ? アナタはそういう人ですから。大丈夫です。私はアナタの事ならすべてを受け入れます」
「……」

 コータとの会話もロニエスは、慣れたもので、澄まし顔で躱していく……
 出会った頃のように、言いくるめられたりはもうしない。

(それもこれも……アナタが私を受け入れてくれるから、なんですよ? ふふ、気づいていますか?)

 普通なら生意気だと、怒るような事でも、筋さえ通っていればコータは怒らない。(ただし嫌そうな顔はする)
 だからこそ、ロニエスは安心して、言いたいことを言えるのだ。

「私達、相性は良いと思います。だからこそ、ずっと一緒に居るべきですよ……コータさま。私なら、アナタの事をすべて受け止められますし、アナタなら私の事もすべて受け止められます……だから……ずっと一緒に……」
「……」

 ロニエスの懇願のような呟きに、コータは、何時も通り、何も答えなかった。
 ただ、ロニエスはそれでも、コータの腕を抱き、その身体に密着する。

(太陽と土の匂い……私の大好きな匂い。アナタが口下手なのは分かっています。だからせめて、これくらいはお許しくださいませ)

 クロが聖堂に入れないことを良いことに、ロニエスは大胆にコータに甘えるのであった。
 ……そんな時、

「あはははっ。おじさん~ッ。おじさん! 変な仮面! アハハハっ。すっーごーい、へんっ!」
「……」

 突如、聖堂へ参拝に……いや、遊びに来ていたロニエスと同じ歳の女の子が、椅子に座っていたコータの膝に飛び乗って仮面を叩き始めた。
 それは、年相応の行動で、ロニエスがコータの腕を抱きしめているから、自分もと、やりたくなっただけなのだが……

「あ、だ、駄目ですよー! この人は私の騎士さまですっ。あなたのではありませんよ! 邪魔しないでくださいっ!」
「アハハハっ。変な仮面~ッ! ぜったいへーんっ! アハハハっ」
「……」

 ロニエスが窘めても、女の子はコータの膝の上で暴れ回る。
 コータは、女の子が落ちて怪我をしないように、仮面を全力で死守していた。
 ……が。

「わーわー」
「えへへへ」
「おじさーん! 僕たちもー」

 最初の女の子に続いて他の子供達もコータに遊んでもらおうと突撃する。

「あわわわわ……っ」

 ロニエスは、これはもう、どうにも出来ないと、そっとコータから離れ、厄が降りかかるのを避ける事にした。
 こんなことで、折角、築いてきたコータとの関係を壊されてしまったら堪ったものではないと。
 
(これは、コータさま。怒りますね。絶対に怒ります! 『このクソ餓鬼がぁああああああ』って怒ります)

 それに、ロニエスまで巻き込まれる訳には行かない。
 そう、思ったのだが、コータは一向に怒る事はせず、子供達にされるがまま……
 そんな時……子供達の手によって、コータの仮面が遂に外されてしまう。

(ああっ。コレは怒りますね! ハイ。間違いないです。だって私がやっても怒られますから!!)

 と、ロニエスは思ったが、やはり、コータは怒ることは無かった。
 されど、仮面が取れたことで、晒し出されたコータの素顔に、子供達の表情が凍りつく。

 天女ロニエスや、聖女マリアが、ベールで顔を隠す理由があるように、コータの仮面も、『世界一醜い顔』で不快感を与えない様にするためでもある。
 屈強な冒険者でも、コータの素顔を見ると、気味が悪いと背筋を震わせる。

 では、子供が見たら?

「「「ば、バケモノだ~~っ!!」」」

 恐慌(パニック)・慟哭(どうこく)・失禁(おもらし)……と、まさに混沌(カオス)。
 男の子の場合は、コータのスネを蹴りはじめた子までいる。

「っ! 辞めてください! この人は何も――」
「ロニエス。黙ってろ……巻き込まれるぞ?」
「……っ! そんなっ。私はっ! そんなつもりじゃ――」
「分かってる」

 コータは、それだけ呟いて、奪われた仮面を取り返し、装着。
 気付けば、聖堂にいた参拝者達までも、コータに嫌悪感を向けていた。その中には子供達の母親が、この世の終わりといった表情で崩れ落ちている。
 そんな自体にもコータは動じず、泣きつづける子供達の頭を撫でて、背筋をポンッと叩いた。

「さ、もう良いだろ……行け」
「「「っ!」」」

 それで、逃げるということを思い出した子供達が、我先に母親の元に帰っていく。
 子供達の逃走で、他の参拝者達も聖堂を後にしてしまい……
 結局、聖堂に残ったのはコータとロニエスだけ。

「コータさま……わたしっ」
「……」
「っ!」

 空虚……孤独……コータから言い現し難い、暗いオーラが溢れ出している。
 ロニエスは、そんなコータに千鳥足で近付くが、言葉は出ない。
 少し前は、簡単にコータに抱き着く事が出来たが、今は、ソレをすることすら憚られた。
 そうして、あわあわと、行き場を失ったロニエスの手が、コータの虚ろな視線の先を動くのみ。

 聖堂の中はそれだけしか動いていない。
 ……そんなとき。

「……怪我は無いか?」
「……っ! どうして……ッ! どうしてアナタは――ッ!」

 その言葉の先は、ロニエスには言えなかった。
 ただ、コータが喋った事で、ロニエスの手もコータの身体に触れられた。
 そのまま、身体ごと密着させてしまう。

 今、この瞬間を逃したら、また、コータに触れられなくなってしまうような気がしたのだ。

「子供に怒るなよ? 子供は無知で、正直なだけ。それで良い。何も悪くない」
「ううぅ……でも、でも、無知だからって、アナタを傷つけて良いんですか? アナタは傷付いていいんですか?」
「ああ……俺はそれで構わない」
「ばかぁぁぁっ! 私がぁ……私がぁあ! 嫌ですよぉー」

 何故か、ロニエスが泣き出してしまい。
 コータは、そんなロニエスの背を摩りながら宥めている。

「アレが普通の反応だ。お前がおかしい」

 コータの顔は世界一醜い顔、コータ自身ですら嫌悪感を向けてしまう顔。
 故に、コータの顔を見た全ての人間が、コータに嫌悪感を向ける。

「魔女が俺にかけた『孤独の呪い』……何故か、お前には効かないが、そういう呪いなんだ」
「……ううぅ。私はっ! 私はっ!! ずっと一緒に居ますから! アナタを一人にしませんから」
「……そうか」
「うえぇーん」

 それでも泣き止まないロニエスに、

「じゃあ、お前は……俺が唯一、心を許せる。特別な人間だな」
「とくべつ……本当ですか?」
「ああ……だから、泣くな。その綺麗な顔は、笑っていた方が良く栄えるからな」
「っ! うっ。コータさま~~ッ!」

 そうやって、大泣きしたロニエスが泣き止んだ頃……
 聖堂奥の扉が開き、聖女マリアと、その護衛をしているリゲルが姿を現した。

「……? 皆様? どうしたのでしょうか?」

 参拝者、救済者、と、賑わっていた筈の聖堂が、しんと鎮まり返っていることに、マリアは首を傾げ、辺りを見渡した。
 すると、聖堂の椅子に腰掛けるコータの姿を見つける。
 ……周りに人はいない。

「っ! 勇者様ッッ!」

 普段は整然としているマリアだが、人の目が無い事で、童心に返り、パタパタパタッタっと、椅子に座るコータの膝に飛び付いた。
 そうして、仮面を外し、コータだと確認する。
 ……やってる事が、八歳児の子供達と変わらないのは、コータもロニエスも黙っていた。

「勇者、じゃない……が、悪いな。仕事の邪魔をした」
「いいえ、良いのですよ? 勇者様との対談よりも大事な事はありませんので」
「……そうか。ま、勇者、じゃないけどな」

 コータのそんな言葉など、聖女マリアの前では無力に等しい。
 なぜなら、『何故か』呪いが効かないロニエスと違い、聖女には『呪い無効』という、あらゆる呪いを弾く能力(スキル)がある。

 前に、ロニエスがコータの仮面を外したが、マリアの瞳には、コータ本来の姿が見えていたのだ。
 
「はぁ……無駄か。なら――」

 ここで、コータは、マリアに、自分の過去を赤裸々に語り聞かせた。
 コータが何故、過去を捨てて、コータを名乗っているか、魔女にマリアから託されていた聖剣を盗まれたことまで……ロニエスに話した事はほぼ全て、マリアにも伝えた。

 マリアはコータの話を聞き流しながら、ずっとコータに甘えていたが、聖剣を盗まれた話だけは、ピクッと身を震わせた。

「魔女様に、聖剣を……ですか?」
「ああ……悪いな」
「いえ……それは、まあ、仕方の無い事、ですが……」

 マリアは、キョロキョロと辺りを見渡して、

「そういえば、その、勇者様を救った、クロ様は何処に居るのですか? 久し振りに、わたくしも会いたいのですが……」

 ダメですか? と、マリアが首を傾げる。
 すると、マリアの白髪(はくはつ)が揺れて、凛と涼しげで、静謐な香がコータの鼻腔をくすぐった。
 ……ロニエスもそうだが、マリアも世界三大美女。
 十三歳と幼かった三年前とは違い、今は、十六歳……これだけ、密着されると、コータも、マリアを異性として、意識してしまいそうになる。

(おいおい……どうかしてるな俺は、この子は、妹みたいなものだろう。クソッ。魅了(ロニエス)のせいで、性欲でも溜まっているのか?)

 マリアに欲情している自分に萎えて、哀しく為りながら、

「クロは君の聖域に入れないだろ。会いたかったら、聖域を解くか、聖域から出るかするんだな」
「それもそうですね。では、いずれ……挨拶に行きましょう。今、クロ様が居ると、勇者様に甘えることも出来なくなりますので……」
「おいおい……」

 更に深く、マリアが密着し、寛ぎはじめた事に、コータが肩を揺らして呆れ果てた。
 ……そんなとき。

「マリアさまっ!」
「……なんでしょうか? ロニエス様」

 久しぶりの再開に、全身を使ってコータを堪能していたマリアは、今は邪魔をしないで欲しいと、聖女あらざる視線をロニエスに向けた。
 が、続くロニエスの言葉は、『聖女』への頼み事だった。

「コータさまの呪いを解けませんか?」
「おい……」
「アナタは黙っててください!」

 コータが呪いの解呪を望んでいないと知っていても、先程の哀愁漂うコータの姿を見てしまったロニエスには、もう、我慢できなかった。
 美神の加護すら跳ね退けた聖女の力なら、コータを救えるのでは無いかと、藁にもすがる思いで聖女を正視する。
 
「……勇者様。ロニエス様に、勇者様の事、何も話して無いのですか? 勇者様の新しい『お姫様』なのに?」
「話す機会が無かっただけだ」
「……ぇ? どういう事ですか? 二人だけで分かり合わないでくださいよぉー」

 救いを求める者には、誰にでも救済を与えると豪語した聖女から、ロニエスに向けられる可哀相な視線。
 そして、同じくコータから向けられるバツが悪そうな視線。
 そんな視線の意味を聖女が、つらつらと語りはじめる。

「勇者様は、御神ソフィア様に選ばれた、誠の神子なのですよ?」
「だから、なんなんですかーっ!」
「神子である勇者様は、決まっている未来。運命を変える力……御神の意思を超越する力を持っています。逆に言えば、勇者様に御神の力は届かないと言うことです」
「っ!」

 もし、コータが勇者で無かったら、確かに、聖女の力で、呪いを解くことが出来た。
 だが、コータが勇者だったからこそ、聖女の奇跡が効かず、呪いを解くことが出来ないのだ。
 なぜなら、聖女が起こす奇跡は、慈愛神ソフィアの代行。
 神の力を受けないコータに、マリアが聖女として、できることは何も無い。

「だからこそ、勇者様の前だけは、わたくしは、聖女ではなく、ただのマリアとして、在ることができるのですよ?」
「……っ」

 マリアが言いながら、コータに甘えつづけるが、もうその言葉はロニエスの耳に入って居なかった。
 
(つまり、コータさまは、運命を変える為に、神様さまに見放された……コータさまだけ……何時も……何時もッ!)

 悲運という言葉は、コータの為に在るのでは無いかと、ロニエスは思い。
 コータの心の底にある、悲しみと絶望を感受して、また、涙が溢れてしまう。
 そんなロニエスの肩に、コータが手を置いて、

「さて、もう、俺の事は良いな? そろそろ本題に入ろう」
「……ほんだいって、なんですかぁ?」
「俺達がここに来た本来の目的だ。お前のは脇道だからな?」
「ぁぁ……っ」

 そうでした。と、ロニエスは今日、ここに来た目的を思い出す。
 昨晩はぐらかされた、コータとロニエスの今後について、それを、コータは話しに来たのだ。
 断じて、魔女の呪いを解きに来た訳ではない。

「まだぁ……悲しいことが……あるんですかぁ?」
「さてな……それは、今から分かることだ」

 コータはそう言って、膝の上でじゃれているマリアを見る。
 その視線にマリアも気づき、コータの膝から降りて、襟を正すと、コータと向かい合って椅子に腰掛けた。

「勇者様が、来られた理由は察しが着いています。フィンラネル王国陥落について、ですね?」
「コータさまの故郷――ッ!」

 マリアが告げる言葉で、ロニエスに更なる衝撃が襲ったが、コータが今は喋るなと、口を塞いだ。

「ああ……先ず、聞きたい。それは本当のことか?」

 最上級冒険者とはいえ、一国の一大事について、コータの元に入ってくる情報は少なく、信頼が置けるものでもない。
 だからこそ、確たる情報が入っているであろう、ソフィア聖教の上層部に所属し、嘘の付けないマリアの元にやってきた。
 昨晩、コータが何も言えなかったのは、コータも良く状況を理解できていなかったからだ。

(この情報の真偽で、俺の行動が決まる)

 おのずと緊張しているコータに、マリアは……

「ええ、御神の神託もありました。本当の事です。三日前、フィンラネル王国は滅亡致しました」
「……そうか」

 コータに故郷(フィンラネル王国)が滅びた事実を伝えた。
 聖女の言葉に嘘は無い……神託が下ったのなら、尚更だろう……だが、

「……あの国には、世界中から英傑が集まり、群雄割拠していた筈だ。それに、あの……お姫様もいる」
「……コータさま――っ!」
「黙ってろ」

 コータが言う、お姫様とは、ロニエスの事ではなく、《魔神》エルフィオネ。
 エルフィオネの力は、今のコータよりも強い。
 そんな、魔神がいる国が、こうも簡単に滅亡するものか? と、コータがマリアに真贋を問う。

「これは、まだ、世に公開されていない話なのですが……『海神王』が復活したそうです」
「ああッ!?」

『海神王』……またの名を、魔王四天王が一体、リヴァイアサン。

「アンデッドの『不死王』ならまだしも……『海神王』は、海棲型魔物。復活する訳が無いだろう」
「ええ、自然には有り得ませんね」

 自然に……つまり、

「復活させた黒幕が居る。ということか……フィンラネル王国を滅ぼしたのも、そいつか」

 黒幕はまだ解らないが、海神王リヴァイアサンが復活したと言うのなら、英傑が群雄割拠するフィンラネル王国が滅亡する説明には繋がる。

 そこで、コータの指を退かしたロニエスが、

「あの……海神王ってそんなに凄いんですか?」

 と、純粋な疑問を挟んだ。

「コータさまは、ほぼ一人で、同じ四天王の不死王(ノーライフキング)を倒してしまったじゃないですかー? 海神王(リヴァイアサン)も、皆で闘えば、案外簡単に倒せてしまうかも知れませんよ?」

 ロニエスのそんな希望的願望に、コータは、

「海神王と不死王じゃ、目的もスケールも違う」
「と、言いますと?」
「……お前でも分かるように例えるなら、単純に、『海神王』は、百体の『不死王』と闘っても、5分で殲滅できる力を持っている」
「百体を5分!?」

 ロニエスが事態の深刻さの一端を理解出来たところで、聖女が話を戻す。

「黒幕……と言うより、裏で意図を引いた者達は、魔王信教の狂信者達でしょう」

 魔王信教とは、魔王復活を企む世界の敵と言っていい闇組織……少なくとも、魔王信教の信者に、コータが情けを掛けることは無い。
 コレまでも何度か交戦し、その支部を潰している。

「恐らくですが、不死王の復活も……」
「そうか……」

 四天王を、それも海神王を復活させているということは、魔王復活も眉唾でもなくなって来てしまった。
 その事に、コータは一瞬、頭を悩ませるが……

(いや、今は、そんなことを考えている時間はないか……)

「分かった十分だ。これで、俺がやるべき事も決まった……」

 すぐに何か重大な事を決意したように、呟いて、

「ロニエス。悪いが俺は、フィンラネル王国に行かなくちゃ行けなくなった」

 コータはそう、言ったのだった。

「……え?」

 コータの言葉にロニエスは当然、困惑を見せる。
 だが、少し考えれば、コータの言っている意味は分かる。

「それは、つまり……勇者(ユグドラ)さまの『お姫様』を……アナタを捨て、傷つけたお方をッ! 助けに行くと、そういうことですか? ……私を置いて?」
「……ああ。悪いな」
「っ!」

 コータが視線をロニエスから逸らした瞬間。

 バンッ!

 と、ロニエスがコータの頬に平手打ちを叩き込んだ。

「馬鹿ッ! アナタはコータさまですよ? 私の騎士さまですよ! 勇者ユグドラ・クラネルは捨てたと……言ったでは無いですかぁ……なのに、なのにぃっ! 何故?」
「……」

 コータは答えない。
 ただ、無言を貫く、その姿はまるで、全ての責めを受け入れると言っているかのようだった。
 ……言い訳はしないと。

「なんでぇ? なんでよぉ~っ! アナタは、なんで何時も……何も……言ってくれないんですか?」
「……」
「私を救ってくれると言ったでは無いですかぁ~っ!」

 コータがちゃんと説明するなら、ロニエスはなんでも受け入れられるつもりだった。
 でも……

「それじゃあっ……アナタの事を信じられないですよぉ~」
「……」
「言ってください。教えてください。アナタにとって、私はなんなんですか? エルフィオネさまとはなんなんですか? ねぇ? コータさまっ! 教えてくださいよぉ!」
「……」

 バシン、バシン、と、ロニエスに胸を叩かれていたコータが、その時、一言だけ……呟いた。

「例え、捨てられたお姫様でも。一度、仕えて、将来を誓ったお姫様。見捨てることは出来ないんだ」
「……っ。そんなぁ……じゃあ……じゃあ、私は、なんだったんですかぁ!」
「……悪いな」
「――っ」

 言って、コータはロニエスの溝内に掌底を打ち込み、気絶させた。
 その時、ロニエスは、消える意識の中で、

「……おしえてぇ……ぉしえてぇ……私は……私は……アナタの……なん……」

 そういった。
 コータは、ロニエスが、完全に気絶してから、倒れた身体を抱きしめて……

「言っただろ? 特別な、お姫様だよ」

 特別、だからこそ、ロニエスは連れていけない。
 
「ふふ、勇者様。相変わらず、女泣かせな方ですね?」
「……ふっ、さて? 大事なお姫様を、危険な場所に連れていく騎士が、何処に居るって話だ」

 聖女に、答えつつ、ロニエスの身体を、横に寝かせた。
 そんなコータに、マリアは言う。

「それを、本人に言わないから、女泣かせなのですよ?」
「……御託は良い。それより、ハイエルフのお姫様は生きているのか? ……いや」

 そこまではマリアも知らないだろう。
 それに、知っていたとしても、最悪な結果なら知らないほうがマシ。
 コータは、エルフィオネが生きていようが、いまいが、関係なく、助けに行くのだから……

「そんなに、エルフィオネ様が、大事ですか? 今のお姫様を蔑ろにしてまで、生きているかどうかも解らない方を助けに行く必要がありますか? 勇者様はエルフィオネ様に裏切られたのでしょう?」

 普通なら、無い。
 ……だが、

「君もロニエスも解ってない。裏切られたとか、そんなことは関係ないんだ。俺が一度、守ると誓った人の窮地。駆けつけるのは当然だ」

(やはり……変わりませんね)

 マリアには解る。
 コータを名乗る勇者は、名前を変えようと、その本質に、なんら変化が無いことを……

「別に、今更、よりを戻そうとか、解って欲しいとかでもない。ただ、俺は、お姫様を守る騎士だから、過去にも向き合う必要があるんだ」
「……っ。ロニエス様の為に……ですか? ふふ、なるほど、そういうことですか。勇者様。変わりましたね」

 一度は何も変わって居ないと思ったマリアだったが、コータの言葉で考えを変えた。
 昔の勇者と、今のコータ。
 それは、同じようで、確かに違う。
 一番の違いは、勇者が、大切にするお姫様が、エルフィオネだったが、コータが、大切にしているお姫様は、ロニエスだ。

 その些細な違いが、きっと、コータにとっては、大きな違いになっている。
 マリアはそう思った。

「……そうか?」
「ハイ。 でも、わたしは、今の勇者様の方が素敵だと思いますよ?」
「……そうか」

 嘘の無い聖女の言葉に、心につっかえていた、関の様な何かが取れた気がする。
 そこで、コータは、一つだけ、聖女に頼み事をした。

「聖女マリア。……ロニエスを、暫く、預かっていてくれ、必ず受け取りに来る」
「ハイ、勇者様の望みとあらば……」

 快諾……

「ですが、わたくしからも、一つ、お尋ねします」
「……なんだ?」

 マリアは、前置きを置いたと言うのに、暫く口をもごもご動かしてから、残念そうに、肩を落とした。

「……今や、フィンラネル王国は、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する魔境となっている筈です。海神王を差し引いても、勇者様のお力だけでは厳しいでしょう」
「と、言われてもな」

 コータには仲間が居ない。
 別に欲しいとも思っていないが……と、マリアをコータが見ると、年頃の娘の様な、ほてった表情で、両手の指をもじもじと合わせていた。

 ……明らかに様子が変。だが、マリアはコータの前では、大体何時もこんな感じである。
 さて……どうしたものかと、コータが唇を開きかけたとき、

「……後から、増援を派遣してもよろしいでしょうか?」
「増援? ……いや、要らないが」

 マリアには悪いが、魔女の呪いがある限り、誰かと一緒に旅をする。
 なんて、事は出来ない。
 そう、断ろうとした、コータの先をとって、

「いえ、けして、勇者様を患わせる方ではありません。『勇者様の呪い』も、受けない方です」
「誰だ?」
「聖獣……とだけ」

 聖獣は、マリアと同じ、ソフィア聖教が崇める神の力を持った獣のこと……
 コータも何度か、あった事がある。

「ああ……シロか」
「ダメっ……ですか?」
「いや……解った」

 それなら問題ないと、コータは言って、気絶しているロニエスから『転移クリスタル』を奪うと、立ち上がる。
 ……話は終わり。
 後は、フィンラネル王国へ向かい、過去との決着をつけるだけ……

「マリア……ありがとな」
「いえ、他でもない、勇者様の為ですから……」

 最後に、短くお礼を言ったコータは、聖堂を後にしたのであった。
 その……後ろ姿を、マリアの護衛をしていたリゲルが、憤怒の視線で見ていた事に、この時のコータは、気付くことが出来なかった。


《フィンラネル王国》

 その国はもう……終わっていた。
 数日前までは栄えていた町並みは、一夜にして、人ひとり居ない廃退した世界となってしまった。

 壊れた町並みが居並ぶ国を徘徊する、無数のモンスターが、希望一つ残さず、フィンラネル王国人を皆殺しにしたのだ。
 通常、子孫を遺すために、女子供は生かされることも多いが、フィンラネル王国を襲ったモンスターの中で、人間の子宮を使って増殖する種族は居なかった。

 子供も、女も、男も、関係なく……死者の都に送られた……
 この国は、もう終わっている。

 そんな亡者の国の、王宮地下に……唯一無二の生存者、魔神エルフィオネは、太い鎖で全身を拘束し、吊された上体で目を覚ました。

 シュルシュルシュルシュルシュルシュル……

「ッ!!」

 意識が覚醒したエルフィオネの視覚に映ったのは、自分の身体すら見えない程、深い暗闇。

 シュルシュルシュルシュル……

「……一体……私(わたくし)は……?」

 黒服の男に敗れた後の記憶がない……
 鈍痛を引き起こす頭を触ろうとしても、鎖の拘束がそれを許さない。

 エルフィオネの他に、誰かが居るでもなく、ただ暗闇の中、宙ぶらりん状態が続く……

 恐慌状態になりそうな精神を、必死に押さえ付け、今、出来うる限りの情報を集める。
 と、いっても、エルフィオネに解ったのは、鎖がエルフィオネの魔力を吸い上げて居るという事、そのせいで、魔術が使えないということ……

 そして、魔術が使えない魔神は、ただの女でしかないという事……
 それだけしか解らなかった。

 エルフィオネの心を犯す、絶望が更に濃く侵食を始める。

 シュルシュルシュルシュル……
 
「ユグドラ……」

 砕けそうな心を守るために、かつての恋人にして、信頼出来る騎士の名を呼ぶが、答えるものは誰も居ない。
 そんなとき、小さな蝋燭(ロウソク)に明かりを燈(とも)した、黒服の男が、エルフィオネの前に現れた。
 そのおかげと言うのは、余りに情けないが、闇が晴れ、人間が居るという事に、エルフィオネは少なからず、安心を覚えた。

 シュルシュルシュルシュル……

 が、光がエルフィオネの拘束されている部屋全体をうっすらと、映し出したことで、それも一瞬の内に彼方へと消え、絶望の底に突き落とされた。

 エルフィオネの足元に満ちている、夥しい魔虫(マムシ)の大群。
 一匹一匹は数セルチの体躯だが、細長い身体と無数の足の姿と、かさ張る音は、ハイエルフとして生まれたエルフィオネの強情な精神でも、激しい嫌悪感を誘発する。

 更に、エルフィオネは知っていた。
 この魔虫達が、人間の胎内に寄生し、魔力をそそるモンスターだと……
 それは、逝贄の儀式や、拷問に使われる魔物だった。

「……ひぃっ! ひぃっ! ひぃっ! ……ッ!」

 それが、数千数万匹……エルフィオネが拘束されている部屋に満ちているのだ。
 コレから、自分がどうなるのか、魔虫の正体を知っていなくても、想像できてしまうだろう……
 
 かしゃかしゃかしゃかしゃかしゃと、遂に恐慌状態になってしまったエルフィオネが暴れるが、身体を拘束する鎖は取れない。
 そもそも……

「ふっふっふ……暴れて落ちた所で、虫に呑まれるのがオチですよ? エルフィオネ」
「ッ! フーッ! フーッ! フーッ……」

 自分をこんな状態にしたであろう、黒服の男の声に、辛うじて狂気の底から精神を戻す。

(もう、わたくしは……助かりません。死よりも恐ろしい辱めを受けて……わたくしは……わたくしは……死……死……死死死死死死死死死――)

 しかし、何度でも、絶望が、エルフィオネの心を染めていく……
 その時、エルフィオネの脳は過去の記憶を、呼び起こした。

『エルフィオネ姫様。どんな事態になっても、生きていてください。生きていれば必ず、私が貴女を救いに行きます』

「ッユグドラ……!!」

 絶望と狂気の底に見えた最後の希望……エルフィオネの最愛の騎士の言葉を思い出した。
 ……されど勇者は死んでいる。

(ですがッ! ですが! 屈してはなりません。魔神の神子である、わたくしが、悪に屈してはなりませんッ!)

 それでも、エルフィオネの瞳には強い光が戻った。
 そして、絶望から抜け出る道を、思考が高速で、模索していく……

(フィンラネル王国の窮地。必ず、他の国が立ち上がってくれる筈です。……私はそれまで……)

 それまで……屈辱に堪える!!
 言葉で言うほど、簡単ではないが、エルフィオネは、人間より精神が強いエルフの中の最上位ハイエルフ。
 数日……魔虫に身体を犯されようと……

(私の精神は屈しませんっ)

「ふふふっ。相変わらず気高いエルフの姫。だが、その精神コソが必要なのだ。早々に壊れてくれるなよ? 我等が復活するその時まで……ふふふっ……ハハハハッ!」

 黒服の手によって、鎖が切られ、エルフィオネが、魔虫の巣窟に身を落とされる。
 エルフィオネの全身に魔虫が、餌を得た稚魚のように群がっていく。
 エルフィオネは、常人なら、数秒で廃人となる程、魔虫の不快感を堪えながら……

「……ユグドラ……助けて」

 誰も居ない暗闇で、誰にも届くことのない言葉をつぶやいた。
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