4 / 9
第1章 雨を逃れて
おかしな男
しおりを挟む
館内に残っていた人達が二階に集められた。三十名程といったところか。
「私達は、イクルナ領の騎士です。今から、私達が先導し、皆さんをお守りしますので――」
レクイカが、人々を前に話を始めている。
比較的気丈そうな青年の旅人や商人の姿もあるが、老人や子どもも多い。なかには、集められてきたものの、絶望し座り込んでいる者もいた。
ミートは、まだ取り残されている人がいないか、一人、館内を回っていた。
一階奥の通路の柱の影に、うずくまって念仏を唱えている老婆を見つけたので、二階へ行くよう声をかけた。
老婆はよろよろと起き上がる。この人も、もう、絶望に囚われている。ミートは、レクイカ達のやろうとしていることの半分は、無駄なことに思えた。
もちろん、希望を持っている者は、力を合わせ脱出すべきだ。しかし、難しいこともでもある。ここはもう、あの怪物達に取り囲まれている。すでに絶望に囚われているこのような老人が、上手く脱出できるとは思えない。怪物に食われるよりは、このまま雨を待って消え去る方がいいと思っても不思議ではない。どのみち……と、ミートは加えて思う。
どのみち雨に消され白い影になったあとに、怪物に食われることには変わりはないが。痛みや屈辱はないだろう。
ミートはふと、足を止める。
通路から一階最奥の広間に出たところ、テラスに誰かいる。
あの池の前。ミートが少し前そこで考え込んでいた場所だ。
「まだ、残っていたのか……」
つばのよれた大きな帽子にローブをまとった、男のようだ。
テラスへ出る。雨はまだ本格的には降っていない。池の水面にぽつりぽつりと小さな波紋が浮かんでは消えている。
「おい……」
ミートはすぐそばまで行って、声をかける。
ミートの外套に勝るとも劣らず薄汚れて、ぼろぼろのローブだ。相手は池の囲いの手すりにもたれただじっと池の方を向いている。
「おい。何をしている?」
「あれが見えるか」
男はこちらを向かずに、池の向こう側を見据えて言う。
目深にかぶった帽子でほとんど顔は見えないが、声を聞く限りまだ年若いようだ。
「何が……?」
男の視線の先……池の向こうにいるのは、木に巨体をもたれかけている雨の怪物だった。
二十メートルは隔たっているがはっきりと見える。ミートがここにいたときにもすでに見えていた。
少し位置が変わってよりその不気味な姿をこちらに晒しているようにも見える。黒い濃い影の色に沈んでいるが、大きな目鼻口。穏やかな表情で眠っているかのようだ。それが余計に、不気味で、腹が立つともミートには思えた。
その近くに、他に確認できるだけで二、三、……四体、いる。どれも木の影に隠れ、もたれ、今はじっと動かずにいる。
「怪物、だろう。わかっている。忌まわしい……本当にどんどん集まってくる。そうだ。今、二階で逃げる手筈を整えている。一緒に行く気があるなら、来てくれるか」
「ん……ああ」
男は曖昧な返事をしたまま、なお、怪物の方を眺めている。
――あんなものを飽きもせずにそう見つめて、何が楽しいのか。今や我々にとって珍しいものでもあるまい。恐くはないのか。男はほとんど落ち着いた様子で、口元に薄く笑いを浮かべているようにも見える。それとも、もう頭がおかしくなっているのか。
男の指には黒い指輪。よく見ると汚れたローブにも紋様が薄っすら描かれている。どうやら魔術かまじないでもやる類の者かと見受けられた。だがそんなもので、怪物をどうできるわけでもあるまいとミートは思った。優れた魔法や兵器が残っているとされた中央の幾つかの国家も、雨になす術なく滅んでいるのだ。
「忠告はした。おれは先、行くぞ」
こんなやつをいつまでも相手にしていても仕方あるまい。ミートは踵を返す。
「なあ、おまえ」
今度は男が呼び止めてくる。帽子の下に、ぼろぼろの歯を覗かせた口が見えている。
「おまえ、あの怪物捕まえられるか?」
ミートは振り向くが、何を言っている? と口には出さず思った。
「いやあ。あれってさあ、どんな味がするんだろうってね」
雨の怪物を、食べる?
ミートは、頷くでもなく、男に背を向け歩き出した。やはりこの男、頭がどうかしている。
「おいまあ、待て。私も今もう、行くところだ」
男が、ミートに追いつき、颯爽と追い越す。
「そうだなあ……怪物を食べるのは、今度にするよ。あいつらは、面白いな。まだまだ調べてみたいことは山とある」
男は建物の中へは入らず、手すりをひょいっと越えて外へ飛び出しそのまま走り去っていく。
「ああ、おい!」
ミートが止める間もなかった。
男は何の迷いもなく、怪物達のいる木々の中へ姿を消していった。
ミートは奥の階段から急ぎ三階まで上がり、男の去った方を確かめると、どこにつないであったのか男は灰色の馬を駆ってすでに休息所の周囲の林を抜けており、街道を西へとひた走っていった。
「私達は、イクルナ領の騎士です。今から、私達が先導し、皆さんをお守りしますので――」
レクイカが、人々を前に話を始めている。
比較的気丈そうな青年の旅人や商人の姿もあるが、老人や子どもも多い。なかには、集められてきたものの、絶望し座り込んでいる者もいた。
ミートは、まだ取り残されている人がいないか、一人、館内を回っていた。
一階奥の通路の柱の影に、うずくまって念仏を唱えている老婆を見つけたので、二階へ行くよう声をかけた。
老婆はよろよろと起き上がる。この人も、もう、絶望に囚われている。ミートは、レクイカ達のやろうとしていることの半分は、無駄なことに思えた。
もちろん、希望を持っている者は、力を合わせ脱出すべきだ。しかし、難しいこともでもある。ここはもう、あの怪物達に取り囲まれている。すでに絶望に囚われているこのような老人が、上手く脱出できるとは思えない。怪物に食われるよりは、このまま雨を待って消え去る方がいいと思っても不思議ではない。どのみち……と、ミートは加えて思う。
どのみち雨に消され白い影になったあとに、怪物に食われることには変わりはないが。痛みや屈辱はないだろう。
ミートはふと、足を止める。
通路から一階最奥の広間に出たところ、テラスに誰かいる。
あの池の前。ミートが少し前そこで考え込んでいた場所だ。
「まだ、残っていたのか……」
つばのよれた大きな帽子にローブをまとった、男のようだ。
テラスへ出る。雨はまだ本格的には降っていない。池の水面にぽつりぽつりと小さな波紋が浮かんでは消えている。
「おい……」
ミートはすぐそばまで行って、声をかける。
ミートの外套に勝るとも劣らず薄汚れて、ぼろぼろのローブだ。相手は池の囲いの手すりにもたれただじっと池の方を向いている。
「おい。何をしている?」
「あれが見えるか」
男はこちらを向かずに、池の向こう側を見据えて言う。
目深にかぶった帽子でほとんど顔は見えないが、声を聞く限りまだ年若いようだ。
「何が……?」
男の視線の先……池の向こうにいるのは、木に巨体をもたれかけている雨の怪物だった。
二十メートルは隔たっているがはっきりと見える。ミートがここにいたときにもすでに見えていた。
少し位置が変わってよりその不気味な姿をこちらに晒しているようにも見える。黒い濃い影の色に沈んでいるが、大きな目鼻口。穏やかな表情で眠っているかのようだ。それが余計に、不気味で、腹が立つともミートには思えた。
その近くに、他に確認できるだけで二、三、……四体、いる。どれも木の影に隠れ、もたれ、今はじっと動かずにいる。
「怪物、だろう。わかっている。忌まわしい……本当にどんどん集まってくる。そうだ。今、二階で逃げる手筈を整えている。一緒に行く気があるなら、来てくれるか」
「ん……ああ」
男は曖昧な返事をしたまま、なお、怪物の方を眺めている。
――あんなものを飽きもせずにそう見つめて、何が楽しいのか。今や我々にとって珍しいものでもあるまい。恐くはないのか。男はほとんど落ち着いた様子で、口元に薄く笑いを浮かべているようにも見える。それとも、もう頭がおかしくなっているのか。
男の指には黒い指輪。よく見ると汚れたローブにも紋様が薄っすら描かれている。どうやら魔術かまじないでもやる類の者かと見受けられた。だがそんなもので、怪物をどうできるわけでもあるまいとミートは思った。優れた魔法や兵器が残っているとされた中央の幾つかの国家も、雨になす術なく滅んでいるのだ。
「忠告はした。おれは先、行くぞ」
こんなやつをいつまでも相手にしていても仕方あるまい。ミートは踵を返す。
「なあ、おまえ」
今度は男が呼び止めてくる。帽子の下に、ぼろぼろの歯を覗かせた口が見えている。
「おまえ、あの怪物捕まえられるか?」
ミートは振り向くが、何を言っている? と口には出さず思った。
「いやあ。あれってさあ、どんな味がするんだろうってね」
雨の怪物を、食べる?
ミートは、頷くでもなく、男に背を向け歩き出した。やはりこの男、頭がどうかしている。
「おいまあ、待て。私も今もう、行くところだ」
男が、ミートに追いつき、颯爽と追い越す。
「そうだなあ……怪物を食べるのは、今度にするよ。あいつらは、面白いな。まだまだ調べてみたいことは山とある」
男は建物の中へは入らず、手すりをひょいっと越えて外へ飛び出しそのまま走り去っていく。
「ああ、おい!」
ミートが止める間もなかった。
男は何の迷いもなく、怪物達のいる木々の中へ姿を消していった。
ミートは奥の階段から急ぎ三階まで上がり、男の去った方を確かめると、どこにつないであったのか男は灰色の馬を駆ってすでに休息所の周囲の林を抜けており、街道を西へとひた走っていった。
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
廃城の泣き虫アデリー
今野綾
ファンタジー
領主の娘だったアデリーはある日家族を殺され育った領地から命からがら逃げ出した。辿り着いた先は廃城。ひとり、ふたりと住人が増える中、問題が次々とおこって…
表紙はフリー素材です
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる