レクイカ、線の雨が降る前に

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第1章 雨を逃れて

西へ向かう

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 ミートは再び一階へ下り、反対側の通路も確認しつつ玄関口の方へ向かう。
 灯かりもなく、暗く、静かだ。
 もう人の気配はない。雨の気配が、中にまで満ちてきている。もう、ゆっくりはできない。
 
 通路から開けた玄関口へ出ると、中央の階段をぞろぞろと民達が下りてきている。
 騎士達が、民を階下へ誘導しているところだ。
 民は、三十人程はいるか。皆が無事、まずはこの場所から安全な場所(があるとすればだが……)へ逃れられるのか。線の雨を逃れて、どこへ。
 ミートに気付いたレクイカが駆け寄ってくる。
 
「あ、えっと……他にもう、人はいなかった?」
「老婆が一人いたので、注意を促したが」
「うん。その人は、大丈夫。すでに合流してる」
 
 ちょうど騎士の一人がその老婆の手を引いており、ミートが声をかけた時より表情はしっかりしているように見えた。
 
「ああ、だな。あと、それから……」
「えっ、まだいた? 他にはもう、来ていないけれど」
「いや、魔術師風の男がいたのだが」
 
 レクイカは、え、来てないよと首を横に振った。

「いや、レクイカ。それについてだな、ああ、その、どちら方面へ逃れるかについて決めている?」
「あ、ええっと……国の中央には戻れないから、それ以外の方向へ……。外で確認して怪物のなるべく少ない方へかな? えっとその、ミートは何か考えがある?」
 
 民の誘導と整列を影の騎士に任せ、レクイカは部下らの騎士を玄関脇に集めた。
 
「ここからどの方角へ逃れるかは、難しいところです。もし行く先を見誤れば最悪、民を、線の雨の中に導いてしまうことになる。それだけは、避けねばなりません。皆の知恵を借りたいのですが、どうでしょう?」
 
「これまでに聞いてきた話ですと」
 背の高い騎士がおっとりした口調で口を開く。
「この国の中心部はすでに、雨で壊滅している……ということですね」
 
 皆が少し暗い面持ちになる。
 ミートが口を開く。
「その、おれは北の方を旅して、北から国境を越えてここへ来たんだ」
 
 皆がミートを見て、「北のことは私達は聞き及んでいませんが、」とさきの背の高い騎士が聞く。
「どうなのです? 北の方は」
 
 ミートは一瞬逡巡して、
「だめだ」
 と小さくしかしはっきりと言う。
 
「そうですか。雨……?」
「そうだ。北も、線の雨に降られている」
 
 フウ。と小柄な騎士がため息を付く。レクイカも背の高い騎士と顔を見合わせ、軽く首を横に振る。もう一人の中背の騎士は、腕を組んでただ無言でいる。ミートはまだこの騎士が話すのは見たことがない。背こそ小柄な騎士よりあるものの一番若年か下位の騎士なのかもしれない。
 
「では、西か、南か……」
 レクイカは半ば独り言のように発する。
 
「さっき、レクイカに」
 ミートが再び口を開く。レクイカはミートの方を向くが、背の高い騎士は考え込むように、中背の騎士は腕組み目を閉じ、小柄な騎士は、はーっとまたため息をついている。
「えーっと、魔術師風の男がいたことを話した」
 
「はあ?」「魔術師? こんなところに? 民の中にそのような人は……」
 騎士らもそれに反応して、ミートの方を向く。
 
「一階のテラスで見た。これから脱出することを話したが、単身で外へ飛び出したんだ」
 
 小柄と背の高い騎士が顔を見合わせ、そんな馬鹿なと言い合う。
「自殺行為ではないですか」「そいつは、頭がおかしくなっていたんじゃないんですかね」
「おれもそう思ったんだが、どうも、あいつは何か知っていたようだ。雨の怪物のことをまだ調べたい、というふうなことを言っていた。で、そいつは、西の方へ駆けていったんだ」
「西……」
「西、ですか」
 
 騎士らは幾らか押し黙っていたが、レクイカが、
「わかりました。少しでも、民を助けるための確証に近づきたい。それに、時間もありません」
 と言い、
「西に何があるのかしれない。しかし、何か雨か怪物に関する秘密があるのかもしれません。西へ……西へ向かいましょう」
 
 そう決定を下した。
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