レクイカ、線の雨が降る前に

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第1章 雨を逃れて

街道

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 民を率いたレクイカの一隊は、休息所を発ち、無事に街道に出た。
 
 休息所の周囲を小さな林が囲み、その木陰のあちらこちらに怪物達がいるのを確認していたが、怪物達は皆眠っているようにじっとして動かず、レクイカらが移動してもそれに反応して動いてくることはなかった。
 街道までの道筋にも、幸い、怪物の姿はなかった。
 
 脱出前に、ぽつぽつとだが降っていた雨は今はあがっていた。
 しかし、いつまた降り出してもおかしくない暗い重たい雲が、街道の向こうの地平まで、空一面を覆っている。
 向かうのは、街道を西へ。
 東の方は国の中心部へ続くが、既に線の雨に降られ、滅んでいる……という。
 民の中にも、線の雨が降る様を遠くに見ている者は何人もいる。
 
 街道の脇には時々民家を見かけるが、どの家にも明かりはなく、人のいる様子はない。
 既に、いずれかの地へ避難をしているのだろう。
 この辺は西の国境付近なので、おそらく、西へ向かった人が多いか。そういった人達もこの先で合流することになるかもしれない。西の国境の向こうがどうなっているのか……わからない。西は、辺境の小国がいくつかある。レクイカらの所属する国領と同盟を結んでまではいないが、交易はあって人の行き来もある。雨に降られてさえいなければ、ひとまずそこで落ち着けることはできるだろう。
 しかし最も近い小国までも距離は遠く馬を駆って数日、幾つかの森や丘陵帯を抜けねばならない。
 
 
 *
 
 休息所を出立したのは正午前。何度か小休止を入れ、足の遅い者もいるので遅々と進まない中、合計で二時間程は歩いた。
 やがて国境が近付き、街道の周囲に木立が増え、所々で林を形成している地帯へ一行は足を踏み入れた。
 民の中には、もう足が痛くて歩けない、という者も出てきた。
 
「レクイカ様。後方が、かなり遅れてしまっています。少々、隊列が伸びすぎているかと……」
 そう報告しに来たのは、背の高い騎士のシトエだ。
 先程の小休止の後、それまでしんがりを務めていた最も年若い騎士のファルグと交代していた。しんがりは他に二人の影騎士が付いている。
 
「……」
 レクイカは少し考え込んだ。
「国境までは些か距離がある。こう、何度も足を止めていては……このままだと、林の中で野宿をすることになる、それは、避けたい……」
「そうなのですが。老人・子供が数名、何度もしゃがみ込んだり、うずくまってしまい……もう、馬に乗せる空きもありません。交代させても、またすぐに歩けなくなってしまうのです」
「……わかりました」
 
 レクイカは前方の者達に止まるよう合図する。
 
 逆に、前方を歩く民には、歩みが遅いと苛立ちを募らせる者もいる。
「おいおい、またかよ?」
 馬を持つ二人の行商人が何度目かになる文句を言い放つ。
「こちとら、商売道具の幾つかを投げ打ってきてよ、代わりにじーさんばーさんを後ろに乗っけてやってんだぜ?」
「今度は子供がだだこねてんのか? あんたが、おんぶにだっこして二人くらい抱えてやりゃあどうだい、女隊長さんよ?」
 
「……っ」
 レクイカは行商人達を睨むことも言い返すこともしない。民を助けるのが国の騎士であり救助隊を預かる自身の使命なのだ。こんな民でも……一人でも多く。行商人は口は悪いが実際ほとんど歩けなくなった老人を乗せてもらってもいる。
 
「はいはい、じゃあ、貴方がたは先へ行ってくれてもいいんですよ?」
 行軍停止の合図を受け、側近のミカーが駆けてきざまに言い放つ。
 
「な、なんだあチビ。じゃあ、貴様がこの老いぼれどもを二人三人いっぺんに乗せてくんかい? え?」
「士気や律を乱す者は要りませんよ。この先、怪物が出た時に邪魔になります。貴方がた一人二人のために、他の多くの民を守れなくなる。さあ、かまいませんから、行ってください。ええ、そのおじいさん達は私の馬に乗ってもらって、私は馬を引いて歩きますから」
「ちぃっ! か、怪物が出た時、誰が俺らを守るんだあ?!」
「ご自分でどうぞ。旅商人なれば短剣くらいお持ちでしょう。怪物に掴まったら、それで自害なさい」
 
 行商人は何度も舌打ちして、さっさと民を休ませろ! と喚いて馬を降りた。
 
 ミカーの隣に、ミートも馬を付けて無言でその様子を見守っていた。ミートは後ろに老婆を乗せている。
 レクイカも隣へ寄せ、ミカーに礼を言い、しかしあまり民に強く言ってはいけません。と注意した。 
 
「私達騎士は民を守るのが役目……」
「レクイカ様。承知しております。出すぎた真似をして、すみません」
 ミカーは、レクイカには従順だ。
 
 それからミートをじろりと見て、
「なんでおまえも来ているのです。私は右翼を預かる者としてレクイカ様に右翼の状況を報告に来たのです。おまえは持ち場にいなさいです」
 そうきつく言い放つ。
「レクイカ様を覗き見しに来たんじゃないでしょうね。見せませんよ。あまりおまえのように心の汚れてそうなやつに見られては、レクイカ様が汚れます」
 さっと両手を広げて、レクイカを隠すミカー。
「さー持ち場へ帰った帰った」
「あ、ああ……」
 
 ミカーの後ろで、俯いていたレクイカも少し笑顔を見せた。苦笑の笑みではあったが。
 
「ま、持ち場も何もおまえはただ民として私達に守られているだけの立場ですけどね」
「あー……。はいはい、そうですね。そうですね」
「はいは一度でいい。そうですねもだ」
「あー……」
「返事は?」
「……」
 
 そう二人がやり取りするところへレクイカが、
「あの、お二人。民が休んでいる間に、少し先を見てこようと思います」
 そう提案する。
「この少し先、街道が林の中へ入ります。怪物が潜んでいないか……。二人も、来てくれますか?」
 
「わかりました。って、こ、こいつもですかあ??」
 ミートを汚れた物のように指差すミカー。ミートも、面食らったような、しかし嬉しげな様子。
「ああ、任せて。何かあったらおれが守っ」
「おい、調子に乗るなよ、この」
「ミートは馬に乗れますから、何かあった時、ここに戻ってシトエ達に伝えてもらおうと」
「あ、ああ。そうだな……任せろ」
「ふん」とミカーがミートをニヤリと横目で見て言う。
「ミートは馬には乗れますから。馬に乗るくらいはまあできますから」
「いや、そんな言い方はしていないだろう! 段々、意味を曲げていくなよ」
「ふん。まあ伝令役ということなら、妥当でしょう。百歩譲って」
 
 レクイカは、そんな様子を近くで控えめに苦笑して見守るシトエ、身じろぎせず侍るファルグに声をかけ、ファルグに前方を、シトエに引き続きしんがりの守りを頼んだ。
 
 レクイカ、ミカー、ミート、影騎士から二名が付き従い、五名で先の林まで駆けることとなった次第であった。
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