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第1章 勇者の未亡人
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起伏か、とミコシエは思う。そういえば私は旅を始めたもっと若い時分、随分起伏の多い土地を旅した気がする、と。その先々で戦いに巻き込まれたが、そのときに斬った相手はゴブリンやオークの軍勢であったり、ときに人も斬った。ただ時々、妙な相手に遭遇するときはあったが……その後はずっと平らな土地を――平地を歩き湖を渡って――来たように思う。夢の中も平らで、あの影法師の魔物達の襲撃を受けるようになった。それからの私の足取りと旅の内容はよく思い出せない。起伏のあった土地は……色々とあった。あらゆる土地に、長居は許されなかったが……
そして今、またこの起伏。どうしてだろう? 女のせいか? いや、元々はあの戦士達と峠へ入った。あのぎらついた男らに紛れたせいだろうか?
今、目の前に巨大な樹がある。
レーネがふと気づいたように一歩後退り、怯んだ顔を見せる。樹は、巨大な生き物の足の一本だった。見上げれば、霧の中にかすんで光る妖しげな目が見える。
「で、出たわ……これが峠の魔……!」
レーネは下がって、というふうにミコシエの腕を引く。
そうだ。これは峠の魔。夢の中に巨大な口を開いているあのまっ黒い影だけの魔物ではないのだ。これは、ただの魔物だ。ならば(何を恐れることがあろう)。ミコシエは剣を抜く間もなく飛びかかっていた。
「そんな、無茶な……どうして!」
ミコシエは剣も抜かずにそのまま体当たりする。すぐ、樹のような魔物の足が動き、ミコシエを踏み潰しに来る。それを避ける。
「ミコシエ! 剣を、剣を抜いて!」
レーネが魔法の火を掲げ援護に入る。瞬間、霧が晴れ、青白い魔物の肌、光におののきそして怒る魔物の顔が見える。そのいまいましい光を下げろ。魔物はレーネを睨みつけ足を上げる。その前にミコシエが割って入る。その顔はどこか、嬉々としてさえ見えた。――これは、生きている。生きている魔物だ! まぎれもなく。ミコシエは飛びつき、今度は剣を抜き、斬りつける。その手に確かな手応えが走る。
「斬った。……斬れる。そうだ、私はまだ……斬れる! 今迄だってあまた、斬ってきたのだ!」
ミコシエは薄く笑みを湛えた表情で、斬りつけ、また斬りつける。その度に魔物は、踊るように地団太踏んで暴れる。
「踊れ! そうだ踊れ私と一緒に!」
私はまだ踊れる。
「危ない! ミコシエ避け……」
レナの声が途切れた。顔面に魔物の尻尾を食らい、ミコシエははねつけられ木にぶつかった。
「ミコシエ……!」
ハ、ハハハハ。ミコシエは立ち上がり、声を上げて笑う。右頬が擦り切れ、耳からも血が垂れている。笑いは、幾許かのおぞましささえ含んで聞こえた。しかし次の瞬間、ミコシエはきっと口を結んで、血に塗れて尚手放していなかった剣で斬りかかった。勢いよく振りきられた尻尾をかわし、また斬りつける。レナの放った火が魔物の足を焼く。魔物は熱さと痛みに、ドンドンと跳ねた。地が揺れ、魔物の足元にいるミコシエもそれに合わせ跳ね上がった。ハハハ、ハハハハ……
レーネはミコシエが正気を失っているのだと思い、何とか自身が魔物を退けようと必死だった。レーネの放った火は辺りの木々に燃え移った。その熱さと、斬られた痛みに耐えかねた魔物は、血を流しながら峠の奥へと姿を消していった。ズーン……ズーン……その音が遠ざかり、静かになる。
そして今、またこの起伏。どうしてだろう? 女のせいか? いや、元々はあの戦士達と峠へ入った。あのぎらついた男らに紛れたせいだろうか?
今、目の前に巨大な樹がある。
レーネがふと気づいたように一歩後退り、怯んだ顔を見せる。樹は、巨大な生き物の足の一本だった。見上げれば、霧の中にかすんで光る妖しげな目が見える。
「で、出たわ……これが峠の魔……!」
レーネは下がって、というふうにミコシエの腕を引く。
そうだ。これは峠の魔。夢の中に巨大な口を開いているあのまっ黒い影だけの魔物ではないのだ。これは、ただの魔物だ。ならば(何を恐れることがあろう)。ミコシエは剣を抜く間もなく飛びかかっていた。
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ミコシエは剣も抜かずにそのまま体当たりする。すぐ、樹のような魔物の足が動き、ミコシエを踏み潰しに来る。それを避ける。
「ミコシエ! 剣を、剣を抜いて!」
レーネが魔法の火を掲げ援護に入る。瞬間、霧が晴れ、青白い魔物の肌、光におののきそして怒る魔物の顔が見える。そのいまいましい光を下げろ。魔物はレーネを睨みつけ足を上げる。その前にミコシエが割って入る。その顔はどこか、嬉々としてさえ見えた。――これは、生きている。生きている魔物だ! まぎれもなく。ミコシエは飛びつき、今度は剣を抜き、斬りつける。その手に確かな手応えが走る。
「斬った。……斬れる。そうだ、私はまだ……斬れる! 今迄だってあまた、斬ってきたのだ!」
ミコシエは薄く笑みを湛えた表情で、斬りつけ、また斬りつける。その度に魔物は、踊るように地団太踏んで暴れる。
「踊れ! そうだ踊れ私と一緒に!」
私はまだ踊れる。
「危ない! ミコシエ避け……」
レナの声が途切れた。顔面に魔物の尻尾を食らい、ミコシエははねつけられ木にぶつかった。
「ミコシエ……!」
ハ、ハハハハ。ミコシエは立ち上がり、声を上げて笑う。右頬が擦り切れ、耳からも血が垂れている。笑いは、幾許かのおぞましささえ含んで聞こえた。しかし次の瞬間、ミコシエはきっと口を結んで、血に塗れて尚手放していなかった剣で斬りかかった。勢いよく振りきられた尻尾をかわし、また斬りつける。レナの放った火が魔物の足を焼く。魔物は熱さと痛みに、ドンドンと跳ねた。地が揺れ、魔物の足元にいるミコシエもそれに合わせ跳ね上がった。ハハハ、ハハハハ……
レーネはミコシエが正気を失っているのだと思い、何とか自身が魔物を退けようと必死だった。レーネの放った火は辺りの木々に燃え移った。その熱さと、斬られた痛みに耐えかねた魔物は、血を流しながら峠の奥へと姿を消していった。ズーン……ズーン……その音が遠ざかり、静かになる。
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