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26 海をただよう船上で逃走します※
しおりを挟むまだリーゼが幼い頃、お前の身体は全て神のものであると教えられた。
足は神のいる祭壇まで赴くために使い、耳や口は神の声を聞き、神の言葉を届けるためにあった。
神像の前へと立つ時は僅かな穢れでも嫌う彼のため、冷たい水に浸かって沐浴し、必ず身を清めてから訪れた。
全ては神、セレウスのため、リーゼはそのために存在していた。
だから俗に堕ち、人と交わるために身体を使うなど言語道断で──しかし今、かつては神に祈りを捧げていた手はこうして男の手に絡めとられている。
「ん……はぁ……カイン」
唇が離れていき、互いを銀色の糸が繋いでいた。
ようやく長かった口付けが終わり、カインはその大きな手のひらをリーゼの赤く染まった頬へと翳してきた。
船室には淡い月明かりが差し込んでいて、覆い被さってくる男の顔に深い影をつくっていた。
その精悍な顔立ちに見下ろされたリーゼは、見つめ合うことに耐えかねて顔を背けようとしたが、許さないとばかりに男に顎先をつかまれ、額をつき合わされてしまった。
そうしてまで視線を合わせようとしてくる男の翠色の瞳がすでに熱を孕んだように揺れていて、リーゼは逃げ出してしまいたい気持ちで心が押しつぶされそうになった。
「……そんな目で、見るな」
「……そんな目ってどんな目だよ……リーゼのこと抱きたいって目してる?」
カインは今にも泣き出してしまいそうに表情を歪めるリーゼを慰めようと、顔の至る所にキスをしながらそう言った。
ちゅ、と音を立てながら一つ一つ落とされるその口付けに、初めは肩を震わせながらも受け入れていたリーゼであったが、しかし途中からやはりどうしても涙が頬を伝ってしまい、縋るように男の名前を呼ぶ。
「……カイン」
「……リーゼ泣くな、俺がお前の泣き顔に弱いの知ってんだろ」
カインはその震える身体を抱きかかえるとベッドの上に座り、リーゼを自分の膝の上へと跨らせた。重力に逆らうことなくポタポタと頬へと落ちていくリーゼの涙の雫を唇で受け止めながら、カインはその華奢な背中を宥めるように撫でる。
リーゼは溢れる自分の気持ちに耐えかねて、男の金色の襟足を縋るように掴んだ。
「俺のこと嫌になった?」と苦しそうに眉を顰めて覗きこんでくる男に、リーゼは首を振って否定する。
違うのだ。そうじゃない、むしろ逆で。だからリーゼはこの気持ちを宙に浮かせたまま持て余すことになっていて、ずっと辛い思いをしている。
「……違う」
リーゼの悩ましげな様子にカインはその月明かりに照らされ淡く輝く白い髪を梳かしてやった。そのまま、呼吸を落ちつけようと何度も深呼吸するリーゼが伝えてくれる言葉を静かに待つ。
ふぅ、と一度大きく息を吐いたリーゼはようやく閉じていた瞼を開いた。そしてその未だに涙の滲んだ碧色の瞳でカインを見つめながら、自ら犯した罪を申告するように一言「怖い」と告げた。
「なにが怖い?」
カインはふたたび何かに耐えるように眉を顰め、涙を流してしまったリーゼの頬へと手をかざし、最大限の優しい声色で聞いた。
リーゼはぽつりぽつりと囁くように小さな声で自分の心の内を吐露しはじめる。
「……私は生きてきた中で、怖い思いを二度したことがある」
リーゼのその言葉にカインは先を促すように頷いた。
「一度目は、あなたが私を庇い腹を貫かれて倒れてしまった時だ。血の量が凄まじく一度は心臓も止まり、私はあなたが死んでしまうんじゃないかと……とても怖くなった」
カインは驚きに目を見開き、リーゼの頬を撫でていた手を止めた。
その時のことを思い出すようにリーゼも目を伏せる。
血溜まりの中、リーゼの前でゆっくりと膝をついたカインに、リーゼは急いでその男に駆け寄り、治癒術を施した。
真っ白な全身を瞬く間に彼の血で赤く染め上げながらも患部を塞ぐためにリーゼは手を当て続けた。
しかし、リーゼがいくら治癒術を施し、内臓を回復させても彼の心臓は鼓動を止めたままで、リーゼは泣きながらもずっと彼へと手をかざし魔力を送り続けた。
そしてようやく息を吹き返したカインに、リーゼは更に全身が血濡れになることも厭わずにその男の体を強く抱き締めた。
リーゼは耐えるようにぎゅっと瞑った目元から涙を溢れさせた。そんなリーゼの様子に、カインは零れ落ちていくその雫を指で掬いながら「でもリーゼのお陰で今ここにいる」と微笑みながら言う。
カインに宥められ、ようやく落ちつきを取り戻したリーゼはゆっくりと目を開け、碧色の瞳をのぞかせた。
「二度目は?」
優しい声でカインに次を問われ、リーゼは震える唇を噛みしめた。そして、もう一つの怖い思いをした経験を懺悔するように静かに告げはじめる。
「二度目は……王女様に、あなたと結婚すると言われた時だ……私はあなたが好きで好きで堪らないのに……もうあなたの傍にいられない現実に、心の底から怖いと思ってしまった」
「……リーゼそれは」
焦ったように声を上げるカインにリーゼは「大丈夫だ、今は違うと分かっている」と泣きながらも微笑んだ。
しかし、その後ふたたび何かに耐えるように目を瞑ったリーゼが言いづらそうにしながらも「……ただ」と消えそうな声で溢すと、それに気づいたカインはその先を急かすように優しい声色で「教えて」と、リーゼの頬を撫でた。
「……その時からずっとあなたを忘れようとしたけど、私は忘れることができなかった……それなのにまた、あなたを好きでいることを許されて……もしふたたび同じようなことが起きてしまったら…………私は今度こそ耐えられないかもしれない」
リーゼは懺悔するようにそう言い「それが私は怖い」と目を瞑った。
カインはそう言って静かに涙を流しつづける綺麗な男の後頭部に手を回すと自分の方へと引き寄せた。そしてその震える彼の唇に深く口付ける。
カインは暴れる感情のままリーゼの口内を貪った。逃げる舌を追い自分のものと絡ませ、歯列をなぞり、溢れる唾液を一滴も余すことのないよう啜った。
それだけでは激情はなりを潜めてはくれないが、息苦しさに音を上げ始めたリーゼのために、カインは一度唇を離した。
苦しさと溢れる感情に泣きながら呼吸を荒げているリーゼに対し、カインは言い聞かせるように告げる。
「もうこんなことは絶対にない。誓ってもいい。俺がリーゼのことが好きで、リーゼだけを愛している気持ちはあの日からずっと違わない」
あの日とはリーゼに初めて自分の気持ちを伝えた時だ。カインの告白に、リーゼは困惑して涙を流しながらも、最後は受け入れてくれた。
「そしてこれからもずっと」と、騎士が忠誠を誓うかのようにそう言ったカインは、リーゼの左手を取ると小指にはめられている指輪の上にキスを落とした。
そんなカインに対し、リーゼは泣きながらもあの日と同じように全てを赦し受け入れるとカインの額に祝福のキスを落とした。
◇◇◇
この男はリーゼの身体のことをリーゼよりも知っている。
裸にされ、男の前で全てを曝け出しているリーゼは攻めたてられながらもそんな風に思った。
「……あ、んぅ……やっ、やぁ! カイン……」
快感に大きく仰け反ったリーゼの胸元にある尖りへとカインは唇を寄せてきた。そのまま強く吸われて、そのツンとした鋭い刺激に、次は前へと屈もうとしたリーゼの身体を許さないと言うようにカインは背中に腕をまわして胸を突き出させた。赤くぷくりと立ち上がっているそれに舌を這わされて、リーゼはたまらず咽び泣く。
下では既に尻の窄まりへと骨ばった指が挿入されていて、その二本の指がリーゼが悦くてたまらない場所を容赦なく押し潰してくるものだから、リーゼは襲いくる気持ちよさからどうしても逃げたくて、カインの金色の髪を掴んだ。
「……カイン! もっ、や……あぁ! 助け、て!」
あられもない声で助けを求める。カインは虐げている最中の白い胸元から顔を上げると「かわいい、リーゼ」と涙をこぼすリーゼの目元に口元を寄せてきた。
リーゼはそんな男に許しを乞うように、自分から男の口元へと唇を寄せて、軽くキスをする。
「……んぅ、ん、はぁ……カイン、ん!」
深まる口づけに自分のしたことは逆効果であったことを思い知らされた。それどころか、カインはリーゼとキスをしながら、下の二本の指を性行為を匂わせるかのように抜き差しさせてきて、リーゼを更に追い上げようとしてくる。
「カイン、ダメだ……あ、あ、だめ!……イく!」
「……いいよ、ほら上手にイきな、リーゼ」
耳元でそう囁かれた瞬間、リーゼは視界を真っ白にさせて達した。二回目の絶頂は長く尾を引き、リーゼはその甘苦しさに息を乱しながら胸を上下させる。
白く濁ったものが滴り落ちて臍へと溜まった。それをリーゼの腹もとへに顔を寄せたカインが舌で掬い取り、口に含んだ様子を見てしまったリーゼは、未だ快感にがくがくと震える足を無理やり動かして、男を蹴った。
「……最悪だ……ばか……舐めるな」
「ご馳走さま、美味かった」
カインはそのままリーゼの蹴り上げた足を掴んで折り畳みながら、「俺もそろそろ限界」と下履きを脱ぎ捨てて、大きく聳り立つ男性器を取り出した。
その男の鍛え上げられた腹筋へと届きそうなほど反り返り滾ったそれを見て、リーゼは羞恥から顔を逸らす。
そして「無理だ……そんなの入らない」と弱音を吐いた。
「いつも入ってんだろ、安心しろ」
「……久しぶりなんだ……手でするから」
身を起こしたリーゼはそう言うと、白く細い手を伸ばしてその硬く熱い男のものをおそるおそるといった様子で掴んだ。血管が浮き出て、太く雄々しいそれに目を固く瞑りながらも、いつもカインがリーゼにしてくれていることと同じようにして扱いていく。
粘つき生々しいその感触に怯えながらも手を動かし、顔を顰めて不満そうな顔をしている男の機嫌を取るように男の頬に唇を寄せた。しかし──
「……あ!」
掴まれていた足を上へと引っ張られて、リーゼはふたたびベッドの上へと倒れ込んだ。その隙にカインはリーゼの身体へと覆いかぶさると、リーゼの両腕をシーツへと押し付ける。
「……ん、ぅ」
リーゼが声を上げようと開いた口は、文句は受け付けないとばかりに男の大きく開いた口に塞がれてしまい、わずかな隙間からは湿った声だけが漏れた。
いつの間にか足の間にカインの腰が収まっていて、リーゼの尻の窄まりに硬い切っ先が当てられている。
まずい、と思うのも束の間のこと、圧倒的な質量のある熱く滾ったものがゆっくりとリーゼの中へと挿入ってきた。
「……あぁ! やぁ……苦しっ」
「……は、お前はちゃんと覚えてんだよ、俺のこと」
口角を上げて意地悪く笑ったカインは「それにな」と続けて言う。
「リーゼは忘れてるかも知れねぇけど、お前は逃げた先で二回も俺を受け入れてる」
そのあからさまな言葉に、リーゼは挿入される感覚に苦しく悶えながらも男の顔を手で押しやった。カインはそんな行儀の悪いリーゼの手に自分の手を絡めながら、ゆっくりと腰を前へと進めていく。
「……あぁ……も、入れな、で……腹苦し……うぅ」
「……あっちぃ……リーゼの中、もう少しだから頑張れ」
ぐっと最奥を押される感覚がしてリーゼは嫌々と首を振って白い髪を散らした。これ以上はやめてくれと繋いでる男の手に訴えるように爪を立てる。
その願いは届いたようで、カインは腰の動きを止めるとリーゼの泣きじゃくった顔に手のひらを当て、労わるようにその頬を撫でた。
「お前どうすんの? こんだけで、そんなになってて」
「……知らな、い……おねが……ゆっくり、して」
すでに二回も精を吐かされている身体はこれ以上の快感に耐えられそうになくて、リーゼは男の背中に手を回し強請るようにそう言った。カインもそんなリーゼの首の裏へと腕をまわし、頭を抱き込むように抱えると「分かった、ゆっくりな」と優しく微笑んだ。
男の腰がリーゼの要望通り、ゆっくりと動き出す。それに伴ってリーゼの身体は覚えのある感覚に満たされ、その気持ちよさにリーゼは身を震わせた。
「……あ、ん……ああぁ!」
リーゼの弱いところを、男の太く張りでた肉の切っ先が押し潰すようにゆっくりと通過していった。たまらず顔を反らせると、その隙に小さな喉仏を甘く吸われてしまいリーゼは耐えるようにシーツを掴んだ。
「……はぁ、カイン……あ、ゆっくり、だめ、あぁ」
「はぁ、気持ち……なに、ゆっくり嫌になった?」
リーゼの言葉に身を起こしたカインは「リーちゃん、我儘だな」と気だるく髪を掻き上げながらそう言い、リーゼの足を抱え直した。
「……あ、やめて」
いきなり折り畳まれた身体にリーゼは身の危険を察知し、制止するために男の腰へと手を伸ばしたが時は既に遅く──
「……あ゛ぁぁ!」
強く打ち付けられた腰に、そのまま勢いよく奥まで貫かれ、リーゼは三度目の精を吐き出した。
「……ひぃ、っあぁ……やっ、やっ」
身体がシーツの上でびくびくと打ち震える。
ふいに訪れた絶頂にリーゼは何も考えられなくなり、手繰り寄せたシーツに顔を押し付けるようにして喘いだ。
口元を涎が伝っていく感覚がする。しかしリーゼの顔はすでに涙でぐちゃぐちゃになっていて、リーゼのことを高潔な存在として崇めていた人たちに見られてしまったらきっと卒倒させてしまうと、リーゼはそのことにも泣きたくなった。
「顔隠すな、リーゼ」
カインの手が伸びてきてリーゼのシーツに隠した顔を掴むと上を向かせてくる。その間もずっとぐちゅぐちゅと男の性器は絶え間なくリーゼの中を出たり入ったりしていて、リーゼはその身を焦がすような快感に喘ぎながらも、男を見つめた。
「あ……あっ、カイン……やぁ、見な……で」
「……お前……マジで、こんなに可愛くてどうすんの」
そう言って悩ましげに見つめてくる男にリーゼは顔を見られたくなくて腕で覆い隠した。カインはリーゼのことをそのまま片腕で抱き込むと、リーゼがカインの肩に押し付けようとした顔をもう片方の手で掴み、そのまま指を二本、口の中へと入れてくる。
「……あ、ぅ……は、やぁぁ」
リーゼは咥えさせられた指を舌で追い返そうとしたが、逆にその二本で挟まれてしまい、苦しくて更に涙を溢れさせた。
「……お前、まじで悪い男に、捕まっちまったな」
目を細めて自虐するようにそう言った男は、自分のその大きく硬いものでリーゼの悦いところを抉るように突き上げ、リーゼをさらに快感に喘がせた。
自覚があるのかとリーゼは快感に浮かされた頭で思うがそれも一瞬で、その激しい抽送にすぐにカインに許しを乞うように抱き縋った。
カインはそんなリーゼの様子に嬉しそうに微笑んだ後、言い聞かせるように耳元で囁いた。
「……リーちゃん、こんな顔、誰にも見せんなよ」
馬鹿なんじゃないかとリーゼは思う。こんな顔しているのは目の前の男がリーゼと交わっているせいであって、本来のリーゼなら、この男と出会うことがなかったら、こんなあられも無い顔を絶対にすることなんてなかった。
「……あ、はぁ……あ、あなた、以外に……はぁ、見せられる、わけ、ないっ……」
リーゼが涙の滲んだ目で睨みながらそう言うと、カインは乱暴に口付けてきた。激情のままに男に口内を貪られ、リーゼはその気持ちよさに自分が溶けて消えてしまうのではないかと不安になった。
それと同時に、カインが吐精する前の荒く激しい腰の動きで胎の中を貫かれると、ただ快感に鳴くことしか出来なくなる。
「……お前のことは誰にもやらねぇ、たとえ神にだって」
神様からリーゼのことを奪った張本人が言うなんておかしな話だ。しかし、リーゼもその言葉がなににもとって代えられないほど嬉しく感じてしまうのだから、二人しておかしいならいいかとも思う。
再び迎える絶頂の渦の中、共犯者の男にしがみ付き、最後に「好き」とその逞しい肩に顔を埋めながらリーゼは言った。
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