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近づいていく距離
恋色、メアリー・ピックフォード
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「……はーぁ、結局帰ったし」
出口を流し目で見つめ、くすりと笑う咲。つい先ほど、酔いつぶれた梨紗を送る為にこのバーを出ていった。
「松野さん、本当に酔いやすいですね。結局、『スプリッツァー』二杯飲んでかなり酔ってましたし」
苦笑しながら、カウンター上の飾り物の鉱物の向きを整えた──石英とアクアマリンのようだ。
「まぁねー……あの子は弱いからね。竹内がいると送り狼がいるから大丈夫だとは思うんだけど」
梨紗の彼氏、竹内。嫉妬深いが梨紗はそうは思わないらしく、その考えからか自分の身体を起き上がれなくしてしまうこともしばしば。下手な男に笑わなきゃいいのに、と咲は思うのだが────。
「ははっ、だいぶお腹が空いてそうですね、その狼。さて、俺は何を飲もうかな……」
「──最後にさ、ロング頼んでもいいかな」
「ん? はい、いいですよ。何を作りますか?」
「……『アプリコットフィズ』、頼める?」
「……分かりました。ちょっと待ってください」
「うん、大丈夫」
グラスにカクテルを作り始めた翔。咲は、その光景をじっと見つめていた。
──『アプリコットフィズ』のカクテル言葉は、『振り向いてください』。それを知っていて、わざと翔に注文をしたのだ──さっき、梨紗に耳打ちされたことが気になっているから。
『翔君、咲のこと好きっぽいね。なんかあったの?』
──そんなわけがない。そうやって一笑に付したいと思いはしたけれど、人の想いを否定したくはなかった。それでも、嘘か本当かは知りたかった。
──これはただの、私の自分勝手で都合のいい、想いだ。
「お待たせしました、『アプリコットフィズ』です」
「わ……綺麗な色」
アプリコットブランデーにレモンジュース、砂糖をシェークしグラスに注いで、ソーダと氷を加えることでできる『アプリコットフィズ』──カクテル言葉、は。
「……やっぱり、そうなんだね」
「え?」
「……ううん、なんでもない」
少し悲しくなりながら、憎らしいほどに美味しいカクテルを口に含んだ。
「……美味しい」
「ありがとうございます。……俺、飲んでもいいですか?」
「いいよ、私ももう飲まないし……何飲むの?」
「『XYZ』って知ってますか? 『もう後がない』とか、そういう意味なんですけどね」
「へぇ、知らなかった……」
あぁ、憎らしいほどに──甘い。
『振り向いてください』なんて、なんて女々しいんだ──そうやって笑い飛ばせたら、どんなにいいか。
アプリコットフィズ──『振り向いてください』。
「んー……美味いのかまずいのか、分からないな」
「どうして?」
「オーナーに作ってもらうとその味を覚えるんで、それで大体分かるんですけど……ね」
「私は、飲んだことあるけど……結構、強いやつだよね」
「確か、二十五度くらい……咲さん?」
「…………」
なんだろう、ふわふわする。なんで、そんなに強いお酒じゃないのに────。
「……か、ける……? み、えな──」
だんだんと、視界が白くなっていく。ふわりと、しかし強く力を奪われていく──そんな感覚に襲われて、不安で、思わず手を伸ばした。
ぱしっと掴まれた手に、不意に感覚が引き戻される。
「ちょっ、大丈夫? 酔いすぎ──っ」
──どうして、なのだろう。どうして、この人は。
「……あぁーっ、もうっ! それ、わざと!? なんで、男の前で泣くんだよ……! 自覚してってば!」
「ご、ごめ、なさ……」
本当に、わけがわからない。もう、自分も、何もかも。
「……なんかあった? 俺、何かした?」
「ち、ちが……っ」
不意に、あの言葉が脳内をかき混ぜた。
──賭けに決まってんじゃん。お前みたいのに手出したら、こっちが疲れるし。なに? 本当だと思ってた? ばっかじゃねーの──
「っ、違う、違うからっ!」
全てが、ぐしゃぐしゃになっていく。視界も頭も、感覚も、何もかも──自分が壊れそうで、怖い。
「さ、咲……?」
カウンターの横扉を開けて、翔が近づいてくる。目を閉じて耳を塞いで、全てを拒絶したようなその姿は──庇護欲、というものをそそるのだろう。
「ごめん、怒鳴って……」
「……だいじょうぶ、だよ」
力を込めた両手の甲を、つぅっと撫でられた。くすぐったいような、そんな気持ちになる。
「……顔、あげて?」
こそばゆいような感覚を与えられて、すっかり力は抜けてしまった。ただ添えているだけになった手をどこにやっていいのかわからなくて、まるで怒っているみたいに腕を組んでしまった──クスッと笑われたような、気がする。
「……頑固だね? 目、開けて?」
ふ、と力が抜けた。薄く開いた目で、やっと視界が有彩色になる──そんな瞬間、また一つの色に覆われた。
「──ん……」
ふわ、と香ってくる甘い香り。天然だろうか、彼がカウンターの前にいるといつも香ってくる。
「……俺、純日本人じゃないんです。一応イギリス育ちのハーフで、そういう血が入ってるんで……英国紳士、ってやつですかね」
「……だからって」
「慣れてください。……した以上、俺は責任取るんで」
「……意地悪だね。慣れてないの分かってる癖に」
顔が赤いことも、自覚している。
「『XYZ』には、もう一つの意味もあるんですよ」
「……何?」
「──俺は、もう」
『永遠にあなたのもの』。
出口を流し目で見つめ、くすりと笑う咲。つい先ほど、酔いつぶれた梨紗を送る為にこのバーを出ていった。
「松野さん、本当に酔いやすいですね。結局、『スプリッツァー』二杯飲んでかなり酔ってましたし」
苦笑しながら、カウンター上の飾り物の鉱物の向きを整えた──石英とアクアマリンのようだ。
「まぁねー……あの子は弱いからね。竹内がいると送り狼がいるから大丈夫だとは思うんだけど」
梨紗の彼氏、竹内。嫉妬深いが梨紗はそうは思わないらしく、その考えからか自分の身体を起き上がれなくしてしまうこともしばしば。下手な男に笑わなきゃいいのに、と咲は思うのだが────。
「ははっ、だいぶお腹が空いてそうですね、その狼。さて、俺は何を飲もうかな……」
「──最後にさ、ロング頼んでもいいかな」
「ん? はい、いいですよ。何を作りますか?」
「……『アプリコットフィズ』、頼める?」
「……分かりました。ちょっと待ってください」
「うん、大丈夫」
グラスにカクテルを作り始めた翔。咲は、その光景をじっと見つめていた。
──『アプリコットフィズ』のカクテル言葉は、『振り向いてください』。それを知っていて、わざと翔に注文をしたのだ──さっき、梨紗に耳打ちされたことが気になっているから。
『翔君、咲のこと好きっぽいね。なんかあったの?』
──そんなわけがない。そうやって一笑に付したいと思いはしたけれど、人の想いを否定したくはなかった。それでも、嘘か本当かは知りたかった。
──これはただの、私の自分勝手で都合のいい、想いだ。
「お待たせしました、『アプリコットフィズ』です」
「わ……綺麗な色」
アプリコットブランデーにレモンジュース、砂糖をシェークしグラスに注いで、ソーダと氷を加えることでできる『アプリコットフィズ』──カクテル言葉、は。
「……やっぱり、そうなんだね」
「え?」
「……ううん、なんでもない」
少し悲しくなりながら、憎らしいほどに美味しいカクテルを口に含んだ。
「……美味しい」
「ありがとうございます。……俺、飲んでもいいですか?」
「いいよ、私ももう飲まないし……何飲むの?」
「『XYZ』って知ってますか? 『もう後がない』とか、そういう意味なんですけどね」
「へぇ、知らなかった……」
あぁ、憎らしいほどに──甘い。
『振り向いてください』なんて、なんて女々しいんだ──そうやって笑い飛ばせたら、どんなにいいか。
アプリコットフィズ──『振り向いてください』。
「んー……美味いのかまずいのか、分からないな」
「どうして?」
「オーナーに作ってもらうとその味を覚えるんで、それで大体分かるんですけど……ね」
「私は、飲んだことあるけど……結構、強いやつだよね」
「確か、二十五度くらい……咲さん?」
「…………」
なんだろう、ふわふわする。なんで、そんなに強いお酒じゃないのに────。
「……か、ける……? み、えな──」
だんだんと、視界が白くなっていく。ふわりと、しかし強く力を奪われていく──そんな感覚に襲われて、不安で、思わず手を伸ばした。
ぱしっと掴まれた手に、不意に感覚が引き戻される。
「ちょっ、大丈夫? 酔いすぎ──っ」
──どうして、なのだろう。どうして、この人は。
「……あぁーっ、もうっ! それ、わざと!? なんで、男の前で泣くんだよ……! 自覚してってば!」
「ご、ごめ、なさ……」
本当に、わけがわからない。もう、自分も、何もかも。
「……なんかあった? 俺、何かした?」
「ち、ちが……っ」
不意に、あの言葉が脳内をかき混ぜた。
──賭けに決まってんじゃん。お前みたいのに手出したら、こっちが疲れるし。なに? 本当だと思ってた? ばっかじゃねーの──
「っ、違う、違うからっ!」
全てが、ぐしゃぐしゃになっていく。視界も頭も、感覚も、何もかも──自分が壊れそうで、怖い。
「さ、咲……?」
カウンターの横扉を開けて、翔が近づいてくる。目を閉じて耳を塞いで、全てを拒絶したようなその姿は──庇護欲、というものをそそるのだろう。
「ごめん、怒鳴って……」
「……だいじょうぶ、だよ」
力を込めた両手の甲を、つぅっと撫でられた。くすぐったいような、そんな気持ちになる。
「……顔、あげて?」
こそばゆいような感覚を与えられて、すっかり力は抜けてしまった。ただ添えているだけになった手をどこにやっていいのかわからなくて、まるで怒っているみたいに腕を組んでしまった──クスッと笑われたような、気がする。
「……頑固だね? 目、開けて?」
ふ、と力が抜けた。薄く開いた目で、やっと視界が有彩色になる──そんな瞬間、また一つの色に覆われた。
「──ん……」
ふわ、と香ってくる甘い香り。天然だろうか、彼がカウンターの前にいるといつも香ってくる。
「……俺、純日本人じゃないんです。一応イギリス育ちのハーフで、そういう血が入ってるんで……英国紳士、ってやつですかね」
「……だからって」
「慣れてください。……した以上、俺は責任取るんで」
「……意地悪だね。慣れてないの分かってる癖に」
顔が赤いことも、自覚している。
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「──俺は、もう」
『永遠にあなたのもの』。
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