マトリョーシカ少女

天海 時雨

文字の大きさ
1 / 34

氷った蓮、『悪魔』は笑う。

しおりを挟む
「……弱い。ケンカ売らないで?」
「うぐあぁぁぁぁっっ!!」

 春の夜、先の見えない裏路地。断末魔の絶叫が所々で響くこの街で、その悲鳴は尾を引いて消えていった。

「……あんた、こないだもりかけたよね? 懲りてないって言いに来たの?」

 フードを被った人間は、声色からして少女のようだ。地面に這いつくばっている男をくすくすと笑っている。

「うぅぅっ……けるなっ……!」
「何? ふざけるな? こっちの台詞。面白いことなくてただでさえ退屈なのに、雑魚にケンカ売られてんのこっちだし。こっちがふざけるななんだけどなー?」

 舐めたように、音を伸ばす話し方。そして薄暗い色の中に浮かぶその顔が、いたずらっ子のように歪んでいる。相手を挑発するにはもってこいだ。

「っの野郎──!!」

 男は怒号を叫びながらももがき、少女に抑えられた足を蹴る。先程の断末魔の叫びとはまた違った、ごんごんと響いて行くような響きだ。

「私は女、野郎じゃない。それとも私を知らない? 何回もボコられたら覚えるよね?」
「…………」
「あ、記憶力も悪いの? それとも何も知らない素人さんかな?」

 そしてまた、くすくすと嘲笑う。

「っ若頭舐めんじゃねぇぞっ!」
「はぁ? 若頭ぁ? 弱っ。っつーかさぁ、藍咲でもないのに、イキがる必要ないよねぇ。どうせ三下程度のとこでしょ?」

 少女は嗤い続けている。

「っ……どうしてそれをっ?」
「あーぁ、カマかけただけだけど、すぐ引っかかってる。そーいう所も弱いんだよー?」

 くくく、と不敵に笑う少女。満面の汚れない笑みで笑ったなら、多くの若者が見惚れてしまうであろう美貌。しかしそれは、今は氷の嘲笑で染められている。

「若頭ねぇ、そんなん私はどうでもいいよ。藍咲組に言いつけてもいいんじゃない? 私は死のうと死ぬまいとどうでもいい。私刑リンチでも何でも好きにすれば?」
「ううぅっ……ぐぅぅ」
「……あんた、名前は?」
「っ、乃田のたゆうっ……」
「へぇ、いい名前じゃん。悠久に、はるかに……」

 私の名前とは大違い、そう少女はくすりと嗤う。

「……じゃあ、悠。二度と会わないことを祈って」

 何もカバーなどの装飾をつけていないスマートフォンを起動した。

「っ、あぁっ……!」
「無理に動くと激痛だよ、あばら何本かイッてるからさ。あんたの組に電話しとくから、待ってな。腕も折ったかな? いやヒビかな」
「っ嫌に、親切だな!」
「悠とはもう会わないし、一応私がやっちゃったし。嫌ならやらないけど?」
「や、ありがと……?」



「……あと二分ぐらいじゃない? じゃあさよなら、悠」
「あぁ、じゃあな……氷蓮ひょうれん
「……えぇ。さよなら」



「……ヒョウレン、か。氷った蓮……なんの因果かしらね」

 風が荒ぶ。ヒュオオンと音が鳴りそうなほど、力強い夜の"春一番"。夜の世界には、いつも風が吹く。

「……さて、行こう」

 風が荒ぶ。そして少女を掻き消すように、隅に溜まった枯れ葉が舞い上がる。そして──少女は、消えた。

 影も形も、残っていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。

クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。 3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。 ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。 「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...