マトリョーシカ少女

天海 時雨

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スポンジか、それとも

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「紗凪、おかえりなさい。悠月は……寝てるのね」
「えぇ、光のあるところにいさせてしまい……薄暗くしておいてあげて下さい」
「ろうそくでも構わないかしら?」
「……火事が起きないならいいですが」

 藍咲組の屋敷に帰った三人──否、四人。しかしその内の一人は少し意気消沈しているように見えた。

「…………」
「おい、弦……弦?」
「……ん? あぁ、なんだ?」
「いや……凛が、悠月の診察終わったって」
「あぁ、すぐ行く」

 凛は藍咲組専属の医者──闇医者ではあるが──腕のいい女医である。

「……眠っているだけですし、打撲や切り傷などの外傷もありません。ただ精神的なものと考えられます」
「光に当たったことは?」
「確かにそれも影響しているかもしれませんけど彼女のは先天的なものであり、誰も根治させる事は出来ません。紫外線や強い光に当たることによって起きる羞明しゅうめい……要は日光の下に出ないことが手っ取り早いのですが」
「えぇ、まぁ……そのためにこんな風にしてあるのだし」

 そう言って奏は、ぐるりと首を回して部屋を見渡す。彼女の背後の壁には十五センチ程度のろうそくが一本あり、それがそれぞれの部屋の隅に置かれている。

「流石奏様と言ったところですね。……彼女のは大丈夫ですか?」
「そんなことをさせるほど私は馬鹿じゃないわ。そんな人間がいたら、私がこの手で肉を削いでやる」
「奏さん、物騒ですよ……凌遅刑りょうちけいじゃないんですから」

 長時間に渡って肉を少しずつ削ぎ落とし、死に至らせ最終的には晒し首にする──古代中国で行われた、罪人に対する最も重い刑である。

「悠月の前ではしないで下さいね。でも私がもしそいつのことを憎んでいたら参戦しちゃうかも」
「紗凪も紗凪で物騒だな……穏便にやれよ。せめて生きたまま皮膚を剥がすぐらいで」
「静月も十分怖いね」
「それでは、私はこれにて失礼致します。御用があれば何なりと」
「えぇ、ご苦労様」

 そして悠月が目覚めぬまま、夕食を済ませ、紗凪は静月の部屋を訪れていた。

「──意外。弦と同じ部屋じゃないんだ……」
「いやまぁ双子だけどな」
「はぁー……一人っ子には分かんないわ、そういう血を分けた兄弟的な存在の意識が」
「分かりたくて分かるもんでもねぇぞ。……それで、あの男誰だよ?」

 和やかな空気が、一瞬にして糸が張り詰めるように硬化する。しかし紗凪は変わらず────。

「あぁ、私の叔父。名前は千堂巧せんどうたくみ。私を恨んでる」
「随分となんでもないように言うな……」
「今思えば計画は単純。悠月に私を裏切らせて、私を少しでも孤独にして精神の不安定を狙って、その内襲おうとでもしたんじゃない? まぁそれは今度会った時に聞くよ」
「……銃は?」

 一般人が持つもんじゃねぇぞ、と静月が言う。

「奏さんから持たされたんだよ。ほんとは足にもホルダーがあったんだけどねぇ。あとちなみにナイフももらったやつ」
「…………」
「……私もびっくりしたよ。急にナイフ渡された時は」
「護身用なんだよな?」
「そりゃそうだけど、いつも刃は研いである」
「ナイフの刃って研ぐんだ……」
「知らなかった? 研がないと切れ味悪くなっちゃうから、研ぐ必要あるんだよ」
「へぇー……」
「で?」
「……バレてたか」

 なるべくなら俺から切り出したかった、そう言う静月の前で紗凪は悲しげに微笑む。

「話すことにはなりそうだからね。でも私のことだけだよ?」
「あぁ、悠月は悠月だろう。……無理しなくていいからな?」
「ヤクザの息子が私には優男に見えるわ……まぁいいや。まず私には両親がいない」
「……なんかそれなりに重いことをスポンジみてぇに軽く言われた気がする」

 始まった過去語りは、か──コンクリートか。
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