20 / 34
スポンジか、それとも
しおりを挟む
「紗凪、おかえりなさい。悠月は……寝てるのね」
「えぇ、光のあるところにいさせてしまい……薄暗くしておいてあげて下さい」
「ろうそくでも構わないかしら?」
「……火事が起きないならいいですが」
藍咲組の屋敷に帰った三人──否、四人。しかしその内の一人は少し意気消沈しているように見えた。
「…………」
「おい、弦……弦?」
「……ん? あぁ、なんだ?」
「いや……凛が、悠月の診察終わったって」
「あぁ、すぐ行く」
凛は藍咲組専属の医者──闇医者ではあるが──腕のいい女医である。
「……眠っているだけですし、打撲や切り傷などの外傷もありません。ただ精神的なものと考えられます」
「光に当たったことは?」
「確かにそれも影響しているかもしれませんけど彼女のそれは先天的なものであり、誰も根治させる事は出来ません。紫外線や強い光に当たることによって起きる羞明……要は日光の下に出ないことが手っ取り早いのですが」
「えぇ、まぁ……そのためにこんな風にしてあるのだし」
そう言って奏は、ぐるりと首を回して部屋を見渡す。彼女の背後の壁には十五センチ程度のろうそくが一本あり、それがそれぞれの部屋の隅に置かれている。
「流石奏様と言ったところですね。……彼女のあれは大丈夫ですか?」
「そんなことをさせるほど私は馬鹿じゃないわ。そんな人間がいたら、私がこの手で肉を削いでやる」
「奏さん、物騒ですよ……凌遅刑じゃないんですから」
長時間に渡って肉を少しずつ削ぎ落とし、死に至らせ最終的には晒し首にする──古代中国で行われた、罪人に対する最も重い刑である。
「悠月の前ではしないで下さいね。でも私がもしそいつのことを憎んでいたら参戦しちゃうかも」
「紗凪も紗凪で物騒だな……穏便にやれよ。せめて生きたまま皮膚を剥がすぐらいで」
「静月も十分怖いね」
「それでは、私はこれにて失礼致します。御用があれば何なりと」
「えぇ、ご苦労様」
そして悠月が目覚めぬまま、夕食を済ませ、紗凪は静月の部屋を訪れていた。
「──意外。弦と同じ部屋じゃないんだ……」
「いやまぁ双子だけどな」
「はぁー……一人っ子には分かんないわ、そういう血を分けた兄弟的な存在の意識が」
「分かりたくて分かるもんでもねぇぞ。……それで、あの男誰だよ?」
和やかな空気が、一瞬にして糸が張り詰めるように硬化する。しかし紗凪は変わらず────。
「あぁ、私の叔父。名前は千堂巧。私を恨んでる」
「随分となんでもないように言うな……」
「今思えば計画は単純。悠月に私を裏切らせて、私を少しでも孤独にして精神の不安定を狙って、その内襲おうとでもしたんじゃない? まぁそれは今度会った時に聞くよ」
「……銃は?」
一般人が持つもんじゃねぇぞ、と静月が言う。
「奏さんから持たされたんだよ。ほんとは足にもホルダーがあったんだけどねぇ。あとちなみにナイフももらったやつ」
「…………」
「……私もびっくりしたよ。急にナイフ渡された時は」
「護身用なんだよな?」
「そりゃそうだけど、いつも刃は研いである」
「ナイフの刃って研ぐんだ……」
「知らなかった? 研がないと切れ味悪くなっちゃうから、研ぐ必要あるんだよ」
「へぇー……」
「で?」
「……バレてたか」
なるべくなら俺から切り出したかった、そう言う静月の前で紗凪は悲しげに微笑む。
「話すことにはなりそうだからね。でも私のことだけだよ?」
「あぁ、悠月は悠月だろう。……無理しなくていいからな?」
「ヤクザの息子が私には優男に見えるわ……まぁいいや。まず私には両親がいない」
「……なんかそれなりに重いことをスポンジみてぇに軽く言われた気がする」
始まった過去語りは、スポンジか──コンクリートか。
「えぇ、光のあるところにいさせてしまい……薄暗くしておいてあげて下さい」
「ろうそくでも構わないかしら?」
「……火事が起きないならいいですが」
藍咲組の屋敷に帰った三人──否、四人。しかしその内の一人は少し意気消沈しているように見えた。
「…………」
「おい、弦……弦?」
「……ん? あぁ、なんだ?」
「いや……凛が、悠月の診察終わったって」
「あぁ、すぐ行く」
凛は藍咲組専属の医者──闇医者ではあるが──腕のいい女医である。
「……眠っているだけですし、打撲や切り傷などの外傷もありません。ただ精神的なものと考えられます」
「光に当たったことは?」
「確かにそれも影響しているかもしれませんけど彼女のそれは先天的なものであり、誰も根治させる事は出来ません。紫外線や強い光に当たることによって起きる羞明……要は日光の下に出ないことが手っ取り早いのですが」
「えぇ、まぁ……そのためにこんな風にしてあるのだし」
そう言って奏は、ぐるりと首を回して部屋を見渡す。彼女の背後の壁には十五センチ程度のろうそくが一本あり、それがそれぞれの部屋の隅に置かれている。
「流石奏様と言ったところですね。……彼女のあれは大丈夫ですか?」
「そんなことをさせるほど私は馬鹿じゃないわ。そんな人間がいたら、私がこの手で肉を削いでやる」
「奏さん、物騒ですよ……凌遅刑じゃないんですから」
長時間に渡って肉を少しずつ削ぎ落とし、死に至らせ最終的には晒し首にする──古代中国で行われた、罪人に対する最も重い刑である。
「悠月の前ではしないで下さいね。でも私がもしそいつのことを憎んでいたら参戦しちゃうかも」
「紗凪も紗凪で物騒だな……穏便にやれよ。せめて生きたまま皮膚を剥がすぐらいで」
「静月も十分怖いね」
「それでは、私はこれにて失礼致します。御用があれば何なりと」
「えぇ、ご苦労様」
そして悠月が目覚めぬまま、夕食を済ませ、紗凪は静月の部屋を訪れていた。
「──意外。弦と同じ部屋じゃないんだ……」
「いやまぁ双子だけどな」
「はぁー……一人っ子には分かんないわ、そういう血を分けた兄弟的な存在の意識が」
「分かりたくて分かるもんでもねぇぞ。……それで、あの男誰だよ?」
和やかな空気が、一瞬にして糸が張り詰めるように硬化する。しかし紗凪は変わらず────。
「あぁ、私の叔父。名前は千堂巧。私を恨んでる」
「随分となんでもないように言うな……」
「今思えば計画は単純。悠月に私を裏切らせて、私を少しでも孤独にして精神の不安定を狙って、その内襲おうとでもしたんじゃない? まぁそれは今度会った時に聞くよ」
「……銃は?」
一般人が持つもんじゃねぇぞ、と静月が言う。
「奏さんから持たされたんだよ。ほんとは足にもホルダーがあったんだけどねぇ。あとちなみにナイフももらったやつ」
「…………」
「……私もびっくりしたよ。急にナイフ渡された時は」
「護身用なんだよな?」
「そりゃそうだけど、いつも刃は研いである」
「ナイフの刃って研ぐんだ……」
「知らなかった? 研がないと切れ味悪くなっちゃうから、研ぐ必要あるんだよ」
「へぇー……」
「で?」
「……バレてたか」
なるべくなら俺から切り出したかった、そう言う静月の前で紗凪は悲しげに微笑む。
「話すことにはなりそうだからね。でも私のことだけだよ?」
「あぁ、悠月は悠月だろう。……無理しなくていいからな?」
「ヤクザの息子が私には優男に見えるわ……まぁいいや。まず私には両親がいない」
「……なんかそれなりに重いことをスポンジみてぇに軽く言われた気がする」
始まった過去語りは、スポンジか──コンクリートか。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~
紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。
「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。
だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。
誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。
愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる