マトリョーシカ少女

天海 時雨

文字の大きさ
19 / 34

悲しき騎士

しおりを挟む
「はっ、は、ぁ……」

 息を切らし、苦しげにかがみ込む三人。
その目と鼻の先には、大会議室と書かれたプレートが下がっている。

「……行く──」

 弦のその言葉の先は、観音開きの扉の開く重い音に掻き消された。

「……あんた、誰?」

 紗凪の目の先には、フードを被った女。

「……ミドリ。サナ?」
「……だったら?」
「……どっちでもいい。あんたの狙いは悠月?」
「あ、うん……?」
「なんでお前は紗凪を知ってるんだよ?」

 冷たく問う静月。その問いを遮ったのは────。

「……ねぇ、ミドリさんとやら?」
「……なに?」

 弦。 その整った顔はに染められているが、ミドリを動じさせてはいない。しかし弦はそれも見越しているようで、を心の底から思っているようだった。

「白いね、肌」
「……は?」

 足見えてるよ、と弦は言う。

「……色素が薄いだ──」
「そこの痣、悠月もあったよ」

 にやり、と弦が笑う。それは所謂、悪企みをする笑みだった。

「……だから?」
「んーん、なんでも? それよりさ、電気つけていい? ここ暗いから。いいでしょ?」
「っちょ、や──」

 パチンッ、無情にも電気はついた。

「っ……!」
「ねぇ、悠月?」

 弦はいつの間にかに近づいていた。電気一つついていなかった暗さを逆に利用したのか、逃げられない間合いまで。

「…………」

 俯いたまま、何の言葉も発しないミドリ。否、悠月なのかは誰も知らないが──彼女は震えているように見える。

「……俺、だんまり嫌いなんだよねぇ。紗凪も思ってるんだろうけど、もしあんたが殺したなら俺はあんたを殺しちゃうかも」

 しかしその数瞬後、彼女は言葉を発した。

「──しい……」
「……何?」

 言葉の頭が聞こえず聞き返す弦。その間にも彼女は目を押さえ、うずくまってしまう。

「──眩し、い……見え、ない」

 その言葉を聞いた瞬間、紗凪が目を見開き動いた。彼女は側にあった照明のスイッチをまた消し──彼らのいない後方の一つをつけたまま──スマートフォンの光で彼女を探る。

「え、ちょっと消したら──」

 消したら分かんないじゃん、と言う弦。しかし彼女のフードは既に────。

「……ゆ、つき?」

 外れていた。
 しかし弦の見たものは彼の知っているではなかった。

「……悠月がアルビノ──先天性白皮症なことは言ったよね? 先天性白皮症には症状もあって──」

 強い光には弱いの、と紗凪は言った。だから太陽の下に何もせずには居られない────。

「……顔は同じでしょ?」
「あ、うん……ごめん」
「──げて」
「ん? どうかした?」

 先程とは違った笑みを浮かべて返す弦。しかしこの安堵の時間の終焉は、もうすぐそこまで迫っている。

「……久しぶりだなぁ、紗凪?」

 暗がりから現れた男。身長は高く、顔も整っているが、彼の浮かべている笑みがその印象を悪くしている。

「……お久しぶりです。このために悠月を?」
「あぁ、お前の性格は分かっているからな。──使えない娘だ。お前の近くにいると分かっていたから近づいたはいいものの、結局失敗しやがって……」
「あぁ、そのために。じゃあ、そのあなたの計画も失敗に陥るようですね?」
「……は?」

 その瞬間、紗凪は鈍く光る物を手にし、その先をその男に向けていた。

「……ふっ、ガキが。お前はまた殺すのか?」
「……もう、それも感じない」

 そう言って紗凪は、その口を──銃口を男に向け、引き金を引いた。

「っさ──」

 男の寄りかかっている壁。その頭がある場所すれすれに銃弾は当たった。

「……私は私の日常のために、非日常になるから」
「人殺しが何を言う? まぁいい、その罪は一生だからな。そら、さっさと行け。お前のその嫌に美人な顔見ただけで十分だ」

 しっしっ、と手を振り追い出すような仕草をする男。その顔には皮肉な笑みが浮かんでいる。

「お前もだミドリ。恐らくお前を使うことはもうないな、散々失敗することが分かった。早く帰れ、藍咲組の若。俺を捕まえても何にもならんぞ」
「はいそうですかって帰るわけねぇだろ。お前も来ん──」

 静月の言葉を遮ったのは、紗凪。その表情は何とも言えない憂い気なものであり、しかし安堵の部分もあり────。

「帰ろう、静月。悠月のこともあるし……」
「は? 冗談だろ? この男のことも分かんねぇし──」
「こいつのことは、私が知ってる。それに動機も分かったから大丈夫。ねぇ、帰ろう?」

 言葉尻の方は、懇願しているような口調でもあった。それを察したのか、静月は折れる。

「……またどうせいつか会うんだろう。じゃあな」

 ふーっと溜息をつき、いつの間にか気を失っていた悠月を抱え上げる弦に目をやる静月。そして紗凪は、視線で男と会話していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

処理中です...