22 / 34
回想 the eight years old
しおりを挟む
「ふふっ、おかあさん、きょう七夕だね!」
「そうね、紗凪。紗凪は何をお願いするの?」
「んー、いもうとがほしいな!」
「っ……あははっ! そーお?」
「うん!」
これは、まだ紗凪に『喜』と『楽』があった時のお話。
「でも今日は悠月ちゃんの誕生日でもあるのよ? 紗凪は悠月ちゃんのこと好きでしょう?」
「うん、すきだけど……なんか、わかんない」
「なんで? なにかあっ──あ、里奈!」
「あーっ、葵ちゃん! 紗凪ちゃんも!」
「悠月ちゃんは元気?」
「えぇ、最近はトランプにはまってる。そうだ、悠月のプレゼントなんだけど──」
街中、信号機の前で出会った三人。しかしその穏やかな時間ににじり寄る、赤黒い悪夢は迫っていた。
「っ、わあああぁぁぁーっ!!」
両手に包丁を持った男に刺されたと分かったのは、もう事後のことだった。
そして被害は広がり────。
「う、あぁぁっ!」
その被害は、紗凪の父までも犯した。
「っ、さな──」
「お、かあさ……?」
悪夢の始まる歯車の音は、誰にも聞かれず鳴り響く。それこそが、紗凪と悠月の始まりだった。
「……ねぇ聞いた? あの子、葬式で泣いてないの」
「えっ? 父母両方とも死んだんでしょ?」
「しーっ──そうそう、しかも異様に色が薄いじゃない? 引き取る手がいなくて、叔父が渋々、って話を聞いたわ」
「いくら人懐っこかった葵でも、兄には好かれてなかったのかしら? 血が繋がってなかったとは、聞いていたけど」
「…………」
急激に紗凪の身に降りかかった孤独と、叔父とその嫁と子供達との生活は──紗凪の人格を歪んだものに変えていった。
「早く掃除をしてと言ったでしょ!? そんなこともできないの!? この愚図!」
「…………」
口数は少なくなり、服で隠すことのできる場所にしかつかない痣、中には切り傷。継母の子供と遊ばせてももらえず、叔父に強要される勉強と体術、そしてそれだけの単調な日々。しかしそれは──
「……いいか紗凪。これは俺の会社のために必要な見合いなんだ、絶対失敗するんじゃないぞ」
「……はい、父上」
「代田翔と申します、よろしくお願いします……」
「……よろしく、お願いします」
しかしここで、彼女に救いの手が現れる。
「この子は藍咲が引き取る。私の娘に等しい存在よ」
「っ、ふざけるなっ!!」
ぱしっと叩きつけられた、桁数が十個以上ある小切手。奏に肩を抱かれながらその紙切れを弄ぶ紗凪の薄い黒目には、何も残っていないように見えた。
「……あなたは?」
「私? 私は奏。縁があってあなたの両親と関わりがあったの」
「……奏さんは、これを使ってマンションを買えますか?」
「……マンション? どうして?」
「もう、一人で暮らせます」
「何言ってるの!? 紗凪はまだ十歳なのよ?」
「もう十歳──父と母が死んでからもう二年です。もう落ち込んではいられないから」
「…………」
「それに、奏さんには息子さんが二人いらっしゃいますし……これ以上私は迷惑をかけたくありません」
「……一人、家政婦をつけるわ。それでも駄目?」
「……分かりました」
悲劇は──少しずつ。
「そうね、紗凪。紗凪は何をお願いするの?」
「んー、いもうとがほしいな!」
「っ……あははっ! そーお?」
「うん!」
これは、まだ紗凪に『喜』と『楽』があった時のお話。
「でも今日は悠月ちゃんの誕生日でもあるのよ? 紗凪は悠月ちゃんのこと好きでしょう?」
「うん、すきだけど……なんか、わかんない」
「なんで? なにかあっ──あ、里奈!」
「あーっ、葵ちゃん! 紗凪ちゃんも!」
「悠月ちゃんは元気?」
「えぇ、最近はトランプにはまってる。そうだ、悠月のプレゼントなんだけど──」
街中、信号機の前で出会った三人。しかしその穏やかな時間ににじり寄る、赤黒い悪夢は迫っていた。
「っ、わあああぁぁぁーっ!!」
両手に包丁を持った男に刺されたと分かったのは、もう事後のことだった。
そして被害は広がり────。
「う、あぁぁっ!」
その被害は、紗凪の父までも犯した。
「っ、さな──」
「お、かあさ……?」
悪夢の始まる歯車の音は、誰にも聞かれず鳴り響く。それこそが、紗凪と悠月の始まりだった。
「……ねぇ聞いた? あの子、葬式で泣いてないの」
「えっ? 父母両方とも死んだんでしょ?」
「しーっ──そうそう、しかも異様に色が薄いじゃない? 引き取る手がいなくて、叔父が渋々、って話を聞いたわ」
「いくら人懐っこかった葵でも、兄には好かれてなかったのかしら? 血が繋がってなかったとは、聞いていたけど」
「…………」
急激に紗凪の身に降りかかった孤独と、叔父とその嫁と子供達との生活は──紗凪の人格を歪んだものに変えていった。
「早く掃除をしてと言ったでしょ!? そんなこともできないの!? この愚図!」
「…………」
口数は少なくなり、服で隠すことのできる場所にしかつかない痣、中には切り傷。継母の子供と遊ばせてももらえず、叔父に強要される勉強と体術、そしてそれだけの単調な日々。しかしそれは──
「……いいか紗凪。これは俺の会社のために必要な見合いなんだ、絶対失敗するんじゃないぞ」
「……はい、父上」
「代田翔と申します、よろしくお願いします……」
「……よろしく、お願いします」
しかしここで、彼女に救いの手が現れる。
「この子は藍咲が引き取る。私の娘に等しい存在よ」
「っ、ふざけるなっ!!」
ぱしっと叩きつけられた、桁数が十個以上ある小切手。奏に肩を抱かれながらその紙切れを弄ぶ紗凪の薄い黒目には、何も残っていないように見えた。
「……あなたは?」
「私? 私は奏。縁があってあなたの両親と関わりがあったの」
「……奏さんは、これを使ってマンションを買えますか?」
「……マンション? どうして?」
「もう、一人で暮らせます」
「何言ってるの!? 紗凪はまだ十歳なのよ?」
「もう十歳──父と母が死んでからもう二年です。もう落ち込んではいられないから」
「…………」
「それに、奏さんには息子さんが二人いらっしゃいますし……これ以上私は迷惑をかけたくありません」
「……一人、家政婦をつけるわ。それでも駄目?」
「……分かりました」
悲劇は──少しずつ。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~
紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。
「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。
だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。
誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。
愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる