マトリョーシカ少女

天海 時雨

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番外編 運転手の恋わずらい ──完結──

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「……お待たせしました。『アディントン』です」
「ああ……」

 ちら、と柊は目の前の女バーテンダーを見つめた。

「……何か?」
「いや……君はいつもいるな」
「ええ、まあ」

 微笑している彼女の髪はダークブロンド、目は薄い茶色味を帯びている。
 悠月の一件があって見つけたこのバーが、最近の柊のお気に入りの場所だ。

「そういう柊さんもですね」
「……週二日ぐらいだけど」
「お酒の飲み過ぎは良くないですよ」

 そう言いつつ、自分もカクテルを飲んでいる。

「それは?」
「……え? ああ、このカクテルですか」

 秘密です、と笑っている。
 そんな彼女に恋してしまったことに、柊はとっくに気付いていた。

「……同じものをくれないか」
「いいですよ」

 それはまろやかで口当たりのいい、甘いカクテル。

「……探してみる」
「はい。分かったら、教えてくださいね」

***

「い、嫌っ、話してください!」
「いーじゃねーか、ランさん。あのバーのバーテンダーなら、ってことだろう」
「……おい、その手を離してもらおうか」

 運転手の仕事が終わり、一息つこうとやってきたはずだが──その安息を与えてくれる天使がいないことを怪しんで見れば、これだ。

「っ藍咲の……! すんませんでしたっ!!」

 スタコラサッサとばかりに逃げていく。

「大丈夫か?」
「……痛いです」
「そうか……早く来れなかった。すまない」
「いえ、そんな。……カクテルですよね、ごめんなさい。今日はちょっと、作れそうにないです」

 腕を強く掴まれたのだろう。袖をまくれば真っ赤になっている。

「……カクテル目当てというわけじゃない」
「え?」
「……君目当てだ」

 柄にもなく顔が熱い。

「……また作ってくれればいい」
「は、はい……」
「とりあえずバーに戻ろう。氷がある」
「あ、あの!」
「何だ」

 顔を見せないまま、言った。

「……私も、あなた目当てで、シフト入れてました」
「……は」
「最初のバイトの時から会ってて……その……えと、一目惚れっていうかなんてゆーか、その……っ」

 微笑めば、息を呑まれる。

「……『あなたに見惚れて』」
「え?」
「エンジェルズ・キス……カクテル言葉か。初めて知った」
「っ……」

 顔を真っ赤にした彼女は──天使だろう。
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