穢れを知らない魔女は穢れた神父に恋をする。

とかげになりたい僕

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心恋

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 月光を取り入れるために開けておいたカーテンから、朝日が差し込む。その穏やかな明かりと、ほんのりと暖かい日光で、僕はいつも目を覚ます。
 上半身を起こしてから伸びをして、ソファから片足ずつ降ろし、窓辺まで目を擦りながら歩いていく。そうして窓を開けて、一日分の空気を取り入れるように風を部屋中に満たせば、ぼんやりとしていた頭が回りだした。

「ふぁ……。今日は市場で仕入れか……」

 欠伸を漏らしていると、真っ白な鳥が一羽、ニ羽と入ってきたものだから、僕は「駄目だって!」とそれを追いかけてバタバタと部屋を走り回った。机に置きっ放しにしていた、調剤用の乳鉢がガタンと音を立てて机から落ち、中に入っていた薬草が床へと散らばる。

「ああああ!? 折角月光に漬けたのに!?」

 粉にしていたからもう拾えもしない、最悪だ。
 鳥はといえば、満足したのか楽しげな鳴き声を二羽揃って僕へと浴びせ、何事もなかったようにまた空へと羽ばたいていく。

「また今日も作らないと……いっ」

 がっくりと肩を落とせば、腰に激痛が走った。昨夜のことを忘れるように頭を振ってから、とりあえず市場で材料の仕入れと、薬を売る準備をしないと、と気を取り直し、僕は床に放っておいたショルダーバッグを手に取った。
 せめて髪くらいは整えるかと、壁の隅にかけてある鏡へと向き合う。肩より少し長い紫の髪を後ろで低めにひとつにまとめ、垂れてくる邪魔な横髪を適当に耳にかけた。本当は切ってしまいたいのだけど、とある理由から伸ばしている。

「はぁ……」

 ショルダーバッグの中に、塗り薬やら丸薬やら、あとはよく眠れるようにするための香やらを多少入れて、僕は家を出た。



 僕の住む、このこじんまりとした家は、町から少し離れた森の中に建っている。青い屋根のニ階建て。一階にお店、二階を居住スペースに使ってはいるものの、ほとんどベッドで寝ることはなく、むしろ薬の調剤スペースで占めている。

「お。薬師くすしさん、おはよう!」

 町に入れば、もう馴染みになってしまった人々が声をかけてくる。それに「おはようございます」と笑って返せば、僕の周りには「薬師さん」「今日も美人だね」とすぐに人集ひとだかりが出来てしまった。
 僕はここでは小柄なため、こうして取り囲まれてしまうと結構な圧がかかって、正直怖い。

「すみません、今日は仕入れと薬の売買で忙しくて……」

 困り顔でそう笑えば、人々は「そうかい」とすんなりと引き下がってくれた。けれど、腰に回された誰かの腕が、僕の肉付きを確かめるように厭らしく指先を動かしている。

「そういや薬師さん、知ってるかい?」
「……何がです?」

 嫌な顔をしつつも会話を途切れさせるわけにもいかず、僕は無理やり笑顔を張り付けて聞き返す。

「隣町の住民が全員行方不明になったらしい」
「それは……、大変ですね」
「噂じゃ“魔女”が出たんじゃないかってよ。ま、この町は関係ねぇか」

 はは、と下衆な笑みを浮かべながら、住民が僕の尻をやわやわと揉む。それを振り払えず、されるがままになっていると違う男が「そういや」と服の上から胸の突起を強く摘んできた。

「神父様も新しい人が来るんだろ? どんなんだろうなぁ」

 確か今の神父は、結構なご高齢だったと記憶している。僕に住む場所をくれた、とても温厚なご老人だったのだけど、そういえばここ一年ぐらい姿を見てないな。その頃から、体調を崩されたとかで神父様の代弁者様が表に立つようになった。

「なんでも随分若い神父様らしいぜ」
「へぇ、そりゃあ楽しみだ」

 僕を取り囲む男たちが、揃って下品な高笑いをする。そうしてひとしきり笑った後、住民たちは家路に着き、僕もまた疲れた笑いを張り付け、手を振ってから市場へと足を向けた。
 月に一度開かれるこの市場は、調剤に使う大抵のものは売っている。他地域で採れる菌類、薬草、木々や石はもちろん、トカゲの尻尾や狼の牙なんてものも扱っている。少し値は張るが。

「ええっと、砂トカゲを二匹と、火魚を五匹、それから、苔生した石をひとつお願いします」

 行商に欲しいものを伝えて、代金を払う。ショルダーバッグから小さめの鞄を取り出し、そこに買った商品を入れてから、次は薬草と菌類を調達しようと、違う行商のテントへと向かった。

「確かこっちにテントが……」

 いつもお世話になっているテントを探していると、見慣れたテントに、見慣れない人影が立っているのが見えてきた。木々が多いこの町には似合わない、真っ赤な髪の、身長が高い男の人だ。町人がよく着る白襟のシャツに黒のスラックス、髪と同じ赤いベストがよく映えていた。

「へぇ……、珍しい薬草だ」

 隣に並ぶと、なおさら身長の高さに圧倒される。声も低く、甘ったるい優しさの残る声色だ。耳元で囁かれた日には、大抵の女性は堕ちてしまうだろう。行商人が「お兄さん」と商品をひとつひとつ、丁寧に並べ直しながらちらりと見上げた。

「見ない顔だね。この市場でも見に来た観光客かい?」
「だとよかったんですけどねぇ。ちょっと所用で」
「こんな町にかい? 相当暇人なのか、それとも手腕があるのか」

 男の人が手元の薬草を手に取った。それは僕がいつも買っていたもので、在庫もあるわけではないから、つい「あ」と声が漏れてしまう。

「……もしかして、これが欲しい?」
「あ、まぁ、買いに来たのは合ってる、けど」
「そっか」

 その人は興味なさげに吐き捨てて、次の瞬間「これ買うね」と行商人に代金を支払った。慌てて僕も買おうとしたけれど、どうやらさっきので終わりらしく、行商人から「すまないね」と苦笑されただけだ。

「それじゃ」

 最後の一個を無造作に持ったまま、男の人はテントを離れていく。

「ちょ、ちょっと待って……!」

 譲ってもらわなくとも、少しくらい分けてもらえないかと僕はその背中を追いかける。

「ひ、ひとふさ、ひとふさだけでいいから、譲ってくれませんか?」
「これ、何に使うか知ってる?」
「もちろん! 薬研やげんで磨り潰したものを樹液と混ぜ合わせて、そこに蜜を入れれば塗り薬に……って、今のは忘れてください!」

 しまった。危うく一族に伝わる薬の作り方を言うところだった。

「へぇ……、物知りだなぁ。決めた。これ、あげる」
「あ、ありがとうございます! 今、代金を」

 ショルダーバッグから、貨幣の入った小袋を漁る。いくら請求されるかはわからないけど、多少お高くても仕方がない。と思っていたのに。

「お金はいらない。代わりにこっち」
「へっ?」

 影が出来て、何事かと顔を上げた先、そのまま額にやつの唇が触れた。恋人や夫婦がするものとは全くの別物なのに、それは僕の顔を真っ赤にするには十分だった。

「は、え、へ?」

 離れていく彼の銀の目には、慌てふためく僕が映っている。そんな僕を気にもとめず、身体を話す彼がにやりと笑う。

「俺、ザフィアス・リヴェン。ここに越してきたから、また会えたら嬉しいな」

 頭の上に薬草を乗せ、彼、ザフィアスは颯爽と町中に消えてしまった。

「……へ?」

 別にキスなんて初めてじゃない。口臭いおっさんたちと何度も、深いものだってしてきたのに、なんでだろう。ザフィアスからのそれはとても甘くて、優しい気がした。
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