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心恋
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ザフィアスとか名乗ったあの男。仕事で来たとか言ってたが、そもそも僕は町に住んでるわけではないから、あいつと会うことなんて稀なはず。
ま、強いて言うなら、一週間に一度、生活用品の買い出しに町へは出る。それもすぐに終わらせ家へと帰り、準備をして住民を待つのが日常だ。住民に欲の捌け口として抱かれるために。
大体、どこに住んでるかもわからないやつと、早々会えるはずが……。
「神父様、おはようございます!」
あれから一週間後。
教会前で、カソックを着込んで微笑むあいつは、まさしくあの時のザフィアスだった。道行く人々、特に子供には慈愛に溢れた笑顔を向けて、なんなら屈んで目線まで合わせている。
「はい、おはようございます」
しかも言葉遣いまで丁寧ときた。
あの時の意地悪なお前はどこいった。
子供たちが教会へ入っていくのと同時に、ザフィアスが立ち上がり、やり取りを見ていた僕に気づいた。
「あ」
「……」
無視だ無視。僕は何も見ていないし、気づいていない。けれども、素知らぬフリをして教会に背を向けた僕に「おはようございます」と甘い声が追いかけてきた。
「……オハヨーゴザイマス」
挨拶されては無視も出来ないので、首だけを少し後ろに向けて挨拶を返す。
「町のかたとは挨拶を済ませたと思っていたのですが、まだお見えになっていないかたがいらしたとは……」
何を言っとるんだ、こいつは。市場で会っただろうが。と言いたいのを抑えて「あー、はは」と引きつった笑いを浮かべた。
「私、ここに赴任して参りました、ザフィアスと申します。お悩みやお困りごとなどあれば、是非助けをさせて下さい」
「はぁ……」
まるで教会の関係者みたいな話し方だな。そういえば、町の人が新しい神父が来るって……。ん? さっきの子供、こいつのことを“神父様”って言ってなかったか?
身体ごとあいつに、ザフィアスに向き直して、震える指先を突きつけた。
「神父、様……?」
否定してくれ。あんな無愛想で、僕の額を奪ったやつが、神に仕える聖職者だなんて嘘に違いない。そう思いたい、のに。
「はい。まだまだ未熟な部分もあるかと思いますが、そこは私も、町の皆様とご一緒に成長していければ、と。ね、アサツキ・ヒイラギさん」
「なんで、僕の、名前……っ」
名乗った記憶はないのに、なんでだ? やっぱりこいつ、怪しい――
「前任から便りで少し。腕利きの薬師がいると」
腕利きの、か。前任の年老いた神父を思い出し、全く人のことを勝手に、と苦虫を噛み潰したような気持ちになる。そんな僕の気も知らず、ザフィアスは「そうです」といいことを思いついたように、両手を軽快に合わせた。
「是非とも教会の専属薬師として」
「嫌だ。断る。その話を続けるつもりなら、もう僕には関わるな」
相手が高貴な聖職者だろうが関係ない。僕は冷たい言い方と態度でザフィアスをあしらうと、今度こそ帰ろうと教会に背を向けた。
東洋の民と云われた僕らは、この大陸の東、巨大な山脈を越えた先にある小国の生まれだ。山脈を越えるのは命がけで、ではなぜ僕らが危険を犯してまで山越えをしたのか。
簡単だ。僕ら一族は、薬の知識に長けていた。僕が二十歳の時、その知識を狙う輩が村を攻めてきて、僕らは散り散りに逃げるように山越えをした。その際に両親は死んでしまって、僕はこの町の前神父に拾われ、この外れに家をあてがわれたのだ。
「……来ない」
日が落ちてからだいぶ経った。窓から入る光は既に月明かりに変わっていたし、森から聞こえていた鳥の囀りは、蛙の鳴き声に変わっていた。
おかしいな。いつもなら薬を売りに行った日は、必ず誰かがやって来て、僕の身体を好き勝手にするというのに。いや、来ないなら来ないでいいんだ。僕もそのほうが都合がいいし、身体だってラクだし。
「久しぶりに夕飯、食べようかな……」
住民が来る日は、吐くまで抱かれるのが常だったから、とある日からご飯は食べなくなっていた。食べても意味がないし、用意するのも手間だったから。
でも改めて夕飯を作るとなると、何も思い浮かばない。仕方ない、保存用に作っておいた干物でも齧って――
カン。
「……窓?」
乾いた音が鳴り、窓の木枠が微かに揺れる。
住民ではない。彼らが来た時の合図は、扉を決まったリズムで、決まった回数だけ叩くからだ。
不思議に思いつつ窓へと近寄り、建て付けの悪いそれを開ける。ギギ、と軋みながら開いた先に顔を覗かせれば、暗闇の中でも目立つ赤髪が、風に遊ばれていた。
「こんばんは」
「ザ、ザフィアス?」
壁に背中を預け片手を上げる彼は、昼間見た姿とは違い、黒いシャツに黒のズボンを履いていた。カソックを着ていないだけで、途端に胡散臭いやつに変わるのだから、見た目って大事なんだなと改めて思う。じゃなくて。
「なんで家を知って……」
「俺、神父様だし。住民の家ぐらい把握してるよ」
「でも、ここは」
森の奥だ。昼間ならまだしも、夜にここへ来るには、野犬避けの香を炊いたランタンを持たなければならない。家の場所だって全員が知ってるわけじゃない。
一体どうやって? 誰に聞いて?
そんな疑問ばかりが並ぶ僕を尻目に、ザフィアスは「はい、これ」と持っていた袋から何かを取り出した。片手で持てる大きさで、白い紙に包まれたそれを、ザフィアスは僕にずいと突き出してくる。
「えっと……」
なかなか受け取ろうとしない僕の手に、ザフィアスは半ば無理やり包みを握らせてきた。それから、もうひとつ同じものを茶袋から取り出すと、いそいそと包みを広げる。
平たいパンについたシマシマ模様の焼き目、パンに挟まれたレタスとチーズ、それからスモークサーモン。
「パニーニ……?」
「よく知ってるね。流石、薬師様だ」
「食べたことはないけど」
自分の包みもそっと開ければ、全く同じものが入っていた。ザフィアスをちらりと見れば、ひと口齧り咀嚼しているところだった。
「あー、少し冷めてるかも。ごめん」
「う、ううん、気にしない」
僕もおずおずと、ひと口だけ、齧る。
確かに、ザフィアスの言う通り温い。
チーズは溶けた状態で固まりかけてるし、パンは少し湿った感じでぐちゃっとしてるし、レタスなんかはパリパリしていない。それでも、暖かいご飯を誰かと食べるのが嬉しくて、僕は、
「……おいひぃ」
と涙を流しながら、パニーニを頬張り続けた。
ま、強いて言うなら、一週間に一度、生活用品の買い出しに町へは出る。それもすぐに終わらせ家へと帰り、準備をして住民を待つのが日常だ。住民に欲の捌け口として抱かれるために。
大体、どこに住んでるかもわからないやつと、早々会えるはずが……。
「神父様、おはようございます!」
あれから一週間後。
教会前で、カソックを着込んで微笑むあいつは、まさしくあの時のザフィアスだった。道行く人々、特に子供には慈愛に溢れた笑顔を向けて、なんなら屈んで目線まで合わせている。
「はい、おはようございます」
しかも言葉遣いまで丁寧ときた。
あの時の意地悪なお前はどこいった。
子供たちが教会へ入っていくのと同時に、ザフィアスが立ち上がり、やり取りを見ていた僕に気づいた。
「あ」
「……」
無視だ無視。僕は何も見ていないし、気づいていない。けれども、素知らぬフリをして教会に背を向けた僕に「おはようございます」と甘い声が追いかけてきた。
「……オハヨーゴザイマス」
挨拶されては無視も出来ないので、首だけを少し後ろに向けて挨拶を返す。
「町のかたとは挨拶を済ませたと思っていたのですが、まだお見えになっていないかたがいらしたとは……」
何を言っとるんだ、こいつは。市場で会っただろうが。と言いたいのを抑えて「あー、はは」と引きつった笑いを浮かべた。
「私、ここに赴任して参りました、ザフィアスと申します。お悩みやお困りごとなどあれば、是非助けをさせて下さい」
「はぁ……」
まるで教会の関係者みたいな話し方だな。そういえば、町の人が新しい神父が来るって……。ん? さっきの子供、こいつのことを“神父様”って言ってなかったか?
身体ごとあいつに、ザフィアスに向き直して、震える指先を突きつけた。
「神父、様……?」
否定してくれ。あんな無愛想で、僕の額を奪ったやつが、神に仕える聖職者だなんて嘘に違いない。そう思いたい、のに。
「はい。まだまだ未熟な部分もあるかと思いますが、そこは私も、町の皆様とご一緒に成長していければ、と。ね、アサツキ・ヒイラギさん」
「なんで、僕の、名前……っ」
名乗った記憶はないのに、なんでだ? やっぱりこいつ、怪しい――
「前任から便りで少し。腕利きの薬師がいると」
腕利きの、か。前任の年老いた神父を思い出し、全く人のことを勝手に、と苦虫を噛み潰したような気持ちになる。そんな僕の気も知らず、ザフィアスは「そうです」といいことを思いついたように、両手を軽快に合わせた。
「是非とも教会の専属薬師として」
「嫌だ。断る。その話を続けるつもりなら、もう僕には関わるな」
相手が高貴な聖職者だろうが関係ない。僕は冷たい言い方と態度でザフィアスをあしらうと、今度こそ帰ろうと教会に背を向けた。
東洋の民と云われた僕らは、この大陸の東、巨大な山脈を越えた先にある小国の生まれだ。山脈を越えるのは命がけで、ではなぜ僕らが危険を犯してまで山越えをしたのか。
簡単だ。僕ら一族は、薬の知識に長けていた。僕が二十歳の時、その知識を狙う輩が村を攻めてきて、僕らは散り散りに逃げるように山越えをした。その際に両親は死んでしまって、僕はこの町の前神父に拾われ、この外れに家をあてがわれたのだ。
「……来ない」
日が落ちてからだいぶ経った。窓から入る光は既に月明かりに変わっていたし、森から聞こえていた鳥の囀りは、蛙の鳴き声に変わっていた。
おかしいな。いつもなら薬を売りに行った日は、必ず誰かがやって来て、僕の身体を好き勝手にするというのに。いや、来ないなら来ないでいいんだ。僕もそのほうが都合がいいし、身体だってラクだし。
「久しぶりに夕飯、食べようかな……」
住民が来る日は、吐くまで抱かれるのが常だったから、とある日からご飯は食べなくなっていた。食べても意味がないし、用意するのも手間だったから。
でも改めて夕飯を作るとなると、何も思い浮かばない。仕方ない、保存用に作っておいた干物でも齧って――
カン。
「……窓?」
乾いた音が鳴り、窓の木枠が微かに揺れる。
住民ではない。彼らが来た時の合図は、扉を決まったリズムで、決まった回数だけ叩くからだ。
不思議に思いつつ窓へと近寄り、建て付けの悪いそれを開ける。ギギ、と軋みながら開いた先に顔を覗かせれば、暗闇の中でも目立つ赤髪が、風に遊ばれていた。
「こんばんは」
「ザ、ザフィアス?」
壁に背中を預け片手を上げる彼は、昼間見た姿とは違い、黒いシャツに黒のズボンを履いていた。カソックを着ていないだけで、途端に胡散臭いやつに変わるのだから、見た目って大事なんだなと改めて思う。じゃなくて。
「なんで家を知って……」
「俺、神父様だし。住民の家ぐらい把握してるよ」
「でも、ここは」
森の奥だ。昼間ならまだしも、夜にここへ来るには、野犬避けの香を炊いたランタンを持たなければならない。家の場所だって全員が知ってるわけじゃない。
一体どうやって? 誰に聞いて?
そんな疑問ばかりが並ぶ僕を尻目に、ザフィアスは「はい、これ」と持っていた袋から何かを取り出した。片手で持てる大きさで、白い紙に包まれたそれを、ザフィアスは僕にずいと突き出してくる。
「えっと……」
なかなか受け取ろうとしない僕の手に、ザフィアスは半ば無理やり包みを握らせてきた。それから、もうひとつ同じものを茶袋から取り出すと、いそいそと包みを広げる。
平たいパンについたシマシマ模様の焼き目、パンに挟まれたレタスとチーズ、それからスモークサーモン。
「パニーニ……?」
「よく知ってるね。流石、薬師様だ」
「食べたことはないけど」
自分の包みもそっと開ければ、全く同じものが入っていた。ザフィアスをちらりと見れば、ひと口齧り咀嚼しているところだった。
「あー、少し冷めてるかも。ごめん」
「う、ううん、気にしない」
僕もおずおずと、ひと口だけ、齧る。
確かに、ザフィアスの言う通り温い。
チーズは溶けた状態で固まりかけてるし、パンは少し湿った感じでぐちゃっとしてるし、レタスなんかはパリパリしていない。それでも、暖かいご飯を誰かと食べるのが嬉しくて、僕は、
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