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心恋
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昼は薬を作り、夜になればザフィアスが来る。食事を持ってくる時もあれば、ただ単に話をしに来るだけの時もある。町の人も、来なくなった。
そんな日々が一ヶ月ほど過ぎる頃には、僕はザフィアスに好意を寄せていた。教会で祈る彼も、町で買い物中子供たちに向ける笑顔も、夜に僕のとこへ来て怠そうにパイプをくわえる姿も。
全部が愛しくて、恋しくて、でも、僕は“魔女”だからと、その気持ちに蓋をしていた。
「ね、ザフィアスっていくつ?」
ある夜。毎度のことながら、僕の家に来てパイプを取り出すザフィアスに問いかける。パイプに詰めた薬草が、実はこの辺りじゃ珍しいセージの葉なことも、実はパイプは特注品で、先と口元が繋がっていないことも、もう知っている。
色んなことを知ったから、そろそろ年ぐらい聞いてもいいかと思ったのだ。
「にじゅーご」
「え、若っ」
「もっとおっさんだと思ったー? 酷いなぁ」
口を尖らせ、ザフィアスは拗ねたようにジト目で僕を軽く睨んできた。でもザフィアスは口で言うほどには怒っておらず、パイプを口から離してから「アサツキは?」と僕をちらりと見た。
「……二十五」
「同い年? ちっさいねー」
「お前がデカいだけ」
店のカウンターから、沸かしていた水がコトコトと音を立て始める。ザフィアスに「待ってて」と伝えて、一旦奥へと戻り、棚からコップをふたつ取り出して、匙を使って予め作っておいた瓶から緑の粉を掬う。それをコップに二杯ずつ入れて、沸かした水を入れて混ぜれば完成だ。
「はい」
湯気の立つそれを、片方ザフィアスに突き出す。
「これは?」
訝しみながらも受け取って、ザフィアスはコップに鼻を近づけ、何度か匂いを嗅いだ。
「これは僕らの地域の薬草で、ドクダミっていうんだ」
「へぇ……、東洋の……」
「うん」
ずず、とひと口飲めば、さっぱりとした味が口内に広がっていく。
「お湯に溶けるようにしてみたんだ。どうかな?」
ザフィアスもひと口飲んでから「ふぅん」と興味なさげに鼻を鳴らした。
「悪くないよ」
「よかった。ちゃんと溶けるか心配だったんだ」
ふふ、と笑って、ふた口目をつける。東洋の薬草はこの辺りじゃ取れなくて、行商人からもなかなか買えない高級品だ。それを大事に取っておいたのだけど、僕はザフィアスにこれを飲んでほしくて、ここ何日間かこれの抽出に精を出していた。
「ね、ザフィアス」
「んー?」
ザフィアスはコップに息を吹きかけ、何口目かを飲んだところでコップを窓枠へと置いた。中身が空になっているのを見るに、存外好きだったのかもしれない。
「そのパイプ、吸えないんでしょ?」
「んー」
コップの代わりに口をつけたパイプの先から、ほんのりとセージの香りが漂う。それは僕の心を落ち着かせて、悪夢を忘れさせてくれるような香りだ。
「じゃ、なんでくわえてるの?」
「口が淋しいから」
「淋しいって……」
なら僕が淋しくないようにする? と言いかけ、頭を振ってやっぱりやめた。それこそ、住民から散々言われてきた通り“誘惑”しているみたいで、それは癪だったから。
とりあえず、自分とザフィアスが使ったコップを片付けようと、両手にそれぞれ持ったところで「アサツキ」とザフィアスの手が頭の後ろに回り、ぐいと引き寄せられた。
「な……っ、んんん!?」
何をするんだと開いた口を塞がれて、そのまま深く口づけをされる。少し離れた隙に息を吸えば「ぷはっ」と軽く息が漏れて、それにザフィアスが小さく笑った。
「な、何、なんでっ、お前、神父……っ」
動揺した拍子に手からコップが落ちて、床に派手な音と共に落ちて割れる。窓から覗き込んで見てきたザフィアスが「あーあ」と窓枠に肘をついた。
「後始末、頑張って」
「は、あ!?」
悪びれもなく言ったザフィアスが「ふぁ、ねむ……」と欠伸をして、またパイプをくわえた。漂うセージの香りは、ついさっきまで僕の心を穏やかに保ってくれていたのに、逆に心を騒がしくさせて仕方ないものになってしまった。
それからザフィアスは、家に来るたび僕と必ず唇を重ねてきた。窓越しでされるそれは、挨拶代わりだったり、僕の口に食べカスがついてるとか言ってきたり、別れ際に名残惜しそうにしてきたり。
でもその真意を、互いに口にすることはなかった。
「今日は何持ってきたの」
やたら月明かりが鮮やかな夜。またもや茶袋を持ってきたザフィアスに、僕は窓枠に頬肘をつきながら尋ねた。
「シフォンケーキ。クリームは用意出来なかった」
袋の口を少しだけ開いて、中を見えるようにしてくれた。微かな甘い匂いが鼻をくすぐって、僕は無意識に「おいしそう……」と見入ってしまう。
「そう言うと思ったんだよね」
「う……。ザフィ、お前、僕を餌付けしてないか?」
「しちゃ駄目?」
僕より身長も体躯もいい男が、かわいらしく首をこてんと傾げるな。というより、せめて否定くらいしろと思わんでもないが、ここで「駄目じゃない……」と言ってしまうくらいには、もうザフィアスのことが好きになっていた。
「じゃ、これ」
早く取れと茶袋を突きつけるザフィアスに「ちょっと待って」と言い残し、僕は奥へと引っ込んでいく。そのへんに片付けておいた籠に、小さなグラスをふたつ、それから二人が座れるくらいの大きめの布、あとハチミツ酒を片手に持って、僕は「お待たせ」と家を出た。
「……」
僕が外に出てきたのが意外なのか、ザフィアスが目を丸くして僕を見おろしてきた。
昼間に外で会う時は、いつも遠目で見るだけであまり気にしたことはないが、こうして間近で見ると、頭ひとつ分くらい差があるのがまじまじと感じられる。窓越しに会っていた時は、もう少し差がなかったから尚さらだ。
「ザフィ……? ザフィアス?」
何も反応がない。表情を見ようにも、月光が上手いこと逆光になっていて、ザフィアスの顔をはっきりと見れない。
「ザフィア――」
「ちっさ」
あまりにもはっきりと言われたそれに、僕はイラッときて、軽くジャンプをする要領でザフィアスの顎に頭突きをしてやった。
そんな日々が一ヶ月ほど過ぎる頃には、僕はザフィアスに好意を寄せていた。教会で祈る彼も、町で買い物中子供たちに向ける笑顔も、夜に僕のとこへ来て怠そうにパイプをくわえる姿も。
全部が愛しくて、恋しくて、でも、僕は“魔女”だからと、その気持ちに蓋をしていた。
「ね、ザフィアスっていくつ?」
ある夜。毎度のことながら、僕の家に来てパイプを取り出すザフィアスに問いかける。パイプに詰めた薬草が、実はこの辺りじゃ珍しいセージの葉なことも、実はパイプは特注品で、先と口元が繋がっていないことも、もう知っている。
色んなことを知ったから、そろそろ年ぐらい聞いてもいいかと思ったのだ。
「にじゅーご」
「え、若っ」
「もっとおっさんだと思ったー? 酷いなぁ」
口を尖らせ、ザフィアスは拗ねたようにジト目で僕を軽く睨んできた。でもザフィアスは口で言うほどには怒っておらず、パイプを口から離してから「アサツキは?」と僕をちらりと見た。
「……二十五」
「同い年? ちっさいねー」
「お前がデカいだけ」
店のカウンターから、沸かしていた水がコトコトと音を立て始める。ザフィアスに「待ってて」と伝えて、一旦奥へと戻り、棚からコップをふたつ取り出して、匙を使って予め作っておいた瓶から緑の粉を掬う。それをコップに二杯ずつ入れて、沸かした水を入れて混ぜれば完成だ。
「はい」
湯気の立つそれを、片方ザフィアスに突き出す。
「これは?」
訝しみながらも受け取って、ザフィアスはコップに鼻を近づけ、何度か匂いを嗅いだ。
「これは僕らの地域の薬草で、ドクダミっていうんだ」
「へぇ……、東洋の……」
「うん」
ずず、とひと口飲めば、さっぱりとした味が口内に広がっていく。
「お湯に溶けるようにしてみたんだ。どうかな?」
ザフィアスもひと口飲んでから「ふぅん」と興味なさげに鼻を鳴らした。
「悪くないよ」
「よかった。ちゃんと溶けるか心配だったんだ」
ふふ、と笑って、ふた口目をつける。東洋の薬草はこの辺りじゃ取れなくて、行商人からもなかなか買えない高級品だ。それを大事に取っておいたのだけど、僕はザフィアスにこれを飲んでほしくて、ここ何日間かこれの抽出に精を出していた。
「ね、ザフィアス」
「んー?」
ザフィアスはコップに息を吹きかけ、何口目かを飲んだところでコップを窓枠へと置いた。中身が空になっているのを見るに、存外好きだったのかもしれない。
「そのパイプ、吸えないんでしょ?」
「んー」
コップの代わりに口をつけたパイプの先から、ほんのりとセージの香りが漂う。それは僕の心を落ち着かせて、悪夢を忘れさせてくれるような香りだ。
「じゃ、なんでくわえてるの?」
「口が淋しいから」
「淋しいって……」
なら僕が淋しくないようにする? と言いかけ、頭を振ってやっぱりやめた。それこそ、住民から散々言われてきた通り“誘惑”しているみたいで、それは癪だったから。
とりあえず、自分とザフィアスが使ったコップを片付けようと、両手にそれぞれ持ったところで「アサツキ」とザフィアスの手が頭の後ろに回り、ぐいと引き寄せられた。
「な……っ、んんん!?」
何をするんだと開いた口を塞がれて、そのまま深く口づけをされる。少し離れた隙に息を吸えば「ぷはっ」と軽く息が漏れて、それにザフィアスが小さく笑った。
「な、何、なんでっ、お前、神父……っ」
動揺した拍子に手からコップが落ちて、床に派手な音と共に落ちて割れる。窓から覗き込んで見てきたザフィアスが「あーあ」と窓枠に肘をついた。
「後始末、頑張って」
「は、あ!?」
悪びれもなく言ったザフィアスが「ふぁ、ねむ……」と欠伸をして、またパイプをくわえた。漂うセージの香りは、ついさっきまで僕の心を穏やかに保ってくれていたのに、逆に心を騒がしくさせて仕方ないものになってしまった。
それからザフィアスは、家に来るたび僕と必ず唇を重ねてきた。窓越しでされるそれは、挨拶代わりだったり、僕の口に食べカスがついてるとか言ってきたり、別れ際に名残惜しそうにしてきたり。
でもその真意を、互いに口にすることはなかった。
「今日は何持ってきたの」
やたら月明かりが鮮やかな夜。またもや茶袋を持ってきたザフィアスに、僕は窓枠に頬肘をつきながら尋ねた。
「シフォンケーキ。クリームは用意出来なかった」
袋の口を少しだけ開いて、中を見えるようにしてくれた。微かな甘い匂いが鼻をくすぐって、僕は無意識に「おいしそう……」と見入ってしまう。
「そう言うと思ったんだよね」
「う……。ザフィ、お前、僕を餌付けしてないか?」
「しちゃ駄目?」
僕より身長も体躯もいい男が、かわいらしく首をこてんと傾げるな。というより、せめて否定くらいしろと思わんでもないが、ここで「駄目じゃない……」と言ってしまうくらいには、もうザフィアスのことが好きになっていた。
「じゃ、これ」
早く取れと茶袋を突きつけるザフィアスに「ちょっと待って」と言い残し、僕は奥へと引っ込んでいく。そのへんに片付けておいた籠に、小さなグラスをふたつ、それから二人が座れるくらいの大きめの布、あとハチミツ酒を片手に持って、僕は「お待たせ」と家を出た。
「……」
僕が外に出てきたのが意外なのか、ザフィアスが目を丸くして僕を見おろしてきた。
昼間に外で会う時は、いつも遠目で見るだけであまり気にしたことはないが、こうして間近で見ると、頭ひとつ分くらい差があるのがまじまじと感じられる。窓越しに会っていた時は、もう少し差がなかったから尚さらだ。
「ザフィ……? ザフィアス?」
何も反応がない。表情を見ようにも、月光が上手いこと逆光になっていて、ザフィアスの顔をはっきりと見れない。
「ザフィア――」
「ちっさ」
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