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心恋
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家の裏手を少し歩けば、いつも水を汲んでいる川が見えてくる。僕は持っていた籠を一旦降ろしてから、布を地面に敷いて、懐から野犬避けの薬草が入った小袋を取り出す。その中身を適当に周囲に撒いて、布に座って「ザフィ」と小さく手招きをした。
「ピクニックにしてはやけに淋しいねぇ」
そんな小言を言いながらもザフィアスは大人しく隣に座り、シフォンケーキの入った袋を開けた。僕も持ってきたハチミツ酒を開け、それをグラスに注いでからひとつザフィアスへと渡す。
「夜の散歩もいいもんだろ?」
「散歩で酒は飲まないよ」
「堅苦しいな、神父様は」
もうひとつのグラスにもハチミツ酒を注いで、コルクでボトルに軽く蓋をする。誰かと酒を飲むなんて考えたことなかったから、たぶんこのハチミツ酒は五年物ぐらいだろうか。
「乾杯」
カツン、と乾いた音が闇夜に響く。月の下で呑むハチミツ酒は甘すぎて、酒に、というより、この雰囲気に酔いそうだ。
酔わないように、少しでも理性を保てるように、会話をしようと「ザフィ」と名前を呼ぶ。
「その、お菓子持ってきてくれるけど、これ、どうしてるの」
「趣味で作ってる」
「……趣味」
まさかの答えに、つい頬が緩んでしまう。それを隠すようにグラスを煽れば、一気にアルコールが身体中に巡っていく。ザフィアスも「うん、趣味」と笑い、ボトルをまた開けると、空の僕のグラスにハチミツ酒を注いだ。
「子供たちのために、ね。皆、甘いものは好きだから」
その優しい横顔につい見惚れると同時に、笑ってしまった自分が恥ずかしくなった。注がれたハチミツ酒に口をつけずにいれば、ザフィアスが「ほらほら」と茶化すようにグラスを煽れと示してくる。
「ん……、っは」
注がれた分を飲みきって、グラスから口を離す。あまり酒に強くない僕は、さっきので結構限界だったのに、今飲んだ分で完全に酔いが回ってしまったようだ。
久しぶりの酒で頭がふわふわする。「ザフィ……」と名前を呼ぶ声がやけに甘ったるくて、それに自分でも驚いた。
「アサツキ、弱いなら飲んじゃ駄目だよ」
「んー」
飲ませたのはザフィアスだろうが。持ってきたのは僕だけど。
ふらふらする僕からグラスを受け取って、ザフィアスが空のグラスをふたつ籠に入れる。ただのゴミになった茶袋も小さく畳んで、それも籠に入れてから「帰ろうか」とザフィアス立ち上がりかけた。
「……嫌だ」
その中指を小さく掴んで、立てないようにする。
振り払えば簡単に解けるくらい弱い力なのに、ザフィアスはそれを解こうとはしなかった。代わりに小さくため息をついて「駄目だよ」と諭すように言い、膝をつく。
「帰ろう? 冷えるよ?」
「……帰ったら、また神父になるんだろ?」
「変な言い方だね。俺は最初から神父なのに」
ザフィアスは可笑しそうに頬を綻ばせたけれど、僕がよほど真剣な目をしていたのだろう。すぐに悲しそうに目を伏せて「……ごめんね」と呟いた。
「僕こそ、ごめん……。でも僕、嫌なんだ。ザフィを独り占めしたいなんて、変なのわかってるのに、嫌なんだ……っ」
「アサツキ……」
膝をつくザフィアスに、どこにも行かないように手を伸ばして、広い背中に腕を回す。少し固い身体に、町で子供がするように顔を埋めれば、ほんのりとホワイトセージの香りがした。
「僕、僕……、ザフィのことが」
「アサツキ」
それ以上を言わせないようにと、ザフィアスが頭の後ろに手をやって、僕の顔をさらに強く埋もれさせる。
「駄目だよ、アサツキ。駄目」
「じゃあ……、じゃあ、なんで……っ」
なんで毎日僕のところまで来たんだよ。
優しくして、キスまでして、僕にだけ“ザフィ”って呼ぶことを許してくれて。
この気持ちは、僕だけだったのかな。神父は一生独身だから、こんな離れた場所に住む僕ならバレないって思われて、それで都合のいい遊びにされたのかな。確かに、僕は町の慰み者で、そういう扱いを受けてきたけど。けれど……。
「初めて、だったのにっ。人と一緒にいて、嬉しいとか、楽しいとか、怒るとか、そういうの、全部……!」
「アサツキ、聞いて」
「さぞ楽しかっただろ!? 人のこと馬鹿にして」
「アサツキ」
「早く帰れよ! んで、もうここへは来るな!」
ザフィアスの体を押すけれど、体躯の差は大きい。うんともすんとも言わず、僕はせめて、と、また罵声を飛ばそうと口を開いた。
「んんぅっ」
その口を塞がれて、言葉が喉の奥に仕舞われる。くちゅりと厭らしい音が頭の中に反響して、僕の身体から力が抜け、堪らずザフィアスに身を委ねるようにもたれかかる。抵抗する気がないのを悟ったのか、口を離したザフィアスが、僕の腰に腕を回した。
「……アヅ、ごめんね」
その“ごめん”はどの意味で? の言葉は、僕の口をまた塞いだザフィアスによって、音にならずに消えていく。
視界に広がる大きな上弦の月。
それを隠すように、僕に覆い被さるザフィアス。
互いの目に映る互いの表情は、同じ表情をしているに違いない。
「ピクニックにしてはやけに淋しいねぇ」
そんな小言を言いながらもザフィアスは大人しく隣に座り、シフォンケーキの入った袋を開けた。僕も持ってきたハチミツ酒を開け、それをグラスに注いでからひとつザフィアスへと渡す。
「夜の散歩もいいもんだろ?」
「散歩で酒は飲まないよ」
「堅苦しいな、神父様は」
もうひとつのグラスにもハチミツ酒を注いで、コルクでボトルに軽く蓋をする。誰かと酒を飲むなんて考えたことなかったから、たぶんこのハチミツ酒は五年物ぐらいだろうか。
「乾杯」
カツン、と乾いた音が闇夜に響く。月の下で呑むハチミツ酒は甘すぎて、酒に、というより、この雰囲気に酔いそうだ。
酔わないように、少しでも理性を保てるように、会話をしようと「ザフィ」と名前を呼ぶ。
「その、お菓子持ってきてくれるけど、これ、どうしてるの」
「趣味で作ってる」
「……趣味」
まさかの答えに、つい頬が緩んでしまう。それを隠すようにグラスを煽れば、一気にアルコールが身体中に巡っていく。ザフィアスも「うん、趣味」と笑い、ボトルをまた開けると、空の僕のグラスにハチミツ酒を注いだ。
「子供たちのために、ね。皆、甘いものは好きだから」
その優しい横顔につい見惚れると同時に、笑ってしまった自分が恥ずかしくなった。注がれたハチミツ酒に口をつけずにいれば、ザフィアスが「ほらほら」と茶化すようにグラスを煽れと示してくる。
「ん……、っは」
注がれた分を飲みきって、グラスから口を離す。あまり酒に強くない僕は、さっきので結構限界だったのに、今飲んだ分で完全に酔いが回ってしまったようだ。
久しぶりの酒で頭がふわふわする。「ザフィ……」と名前を呼ぶ声がやけに甘ったるくて、それに自分でも驚いた。
「アサツキ、弱いなら飲んじゃ駄目だよ」
「んー」
飲ませたのはザフィアスだろうが。持ってきたのは僕だけど。
ふらふらする僕からグラスを受け取って、ザフィアスが空のグラスをふたつ籠に入れる。ただのゴミになった茶袋も小さく畳んで、それも籠に入れてから「帰ろうか」とザフィアス立ち上がりかけた。
「……嫌だ」
その中指を小さく掴んで、立てないようにする。
振り払えば簡単に解けるくらい弱い力なのに、ザフィアスはそれを解こうとはしなかった。代わりに小さくため息をついて「駄目だよ」と諭すように言い、膝をつく。
「帰ろう? 冷えるよ?」
「……帰ったら、また神父になるんだろ?」
「変な言い方だね。俺は最初から神父なのに」
ザフィアスは可笑しそうに頬を綻ばせたけれど、僕がよほど真剣な目をしていたのだろう。すぐに悲しそうに目を伏せて「……ごめんね」と呟いた。
「僕こそ、ごめん……。でも僕、嫌なんだ。ザフィを独り占めしたいなんて、変なのわかってるのに、嫌なんだ……っ」
「アサツキ……」
膝をつくザフィアスに、どこにも行かないように手を伸ばして、広い背中に腕を回す。少し固い身体に、町で子供がするように顔を埋めれば、ほんのりとホワイトセージの香りがした。
「僕、僕……、ザフィのことが」
「アサツキ」
それ以上を言わせないようにと、ザフィアスが頭の後ろに手をやって、僕の顔をさらに強く埋もれさせる。
「駄目だよ、アサツキ。駄目」
「じゃあ……、じゃあ、なんで……っ」
なんで毎日僕のところまで来たんだよ。
優しくして、キスまでして、僕にだけ“ザフィ”って呼ぶことを許してくれて。
この気持ちは、僕だけだったのかな。神父は一生独身だから、こんな離れた場所に住む僕ならバレないって思われて、それで都合のいい遊びにされたのかな。確かに、僕は町の慰み者で、そういう扱いを受けてきたけど。けれど……。
「初めて、だったのにっ。人と一緒にいて、嬉しいとか、楽しいとか、怒るとか、そういうの、全部……!」
「アサツキ、聞いて」
「さぞ楽しかっただろ!? 人のこと馬鹿にして」
「アサツキ」
「早く帰れよ! んで、もうここへは来るな!」
ザフィアスの体を押すけれど、体躯の差は大きい。うんともすんとも言わず、僕はせめて、と、また罵声を飛ばそうと口を開いた。
「んんぅっ」
その口を塞がれて、言葉が喉の奥に仕舞われる。くちゅりと厭らしい音が頭の中に反響して、僕の身体から力が抜け、堪らずザフィアスに身を委ねるようにもたれかかる。抵抗する気がないのを悟ったのか、口を離したザフィアスが、僕の腰に腕を回した。
「……アヅ、ごめんね」
その“ごめん”はどの意味で? の言葉は、僕の口をまた塞いだザフィアスによって、音にならずに消えていく。
視界に広がる大きな上弦の月。
それを隠すように、僕に覆い被さるザフィアス。
互いの目に映る互いの表情は、同じ表情をしているに違いない。
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