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思い寝
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心臓が凍りついたみたいだった。
ノブに触れた指先が冷えて、全く動かない。この話を聞きたいような、聞いちゃいけないような。いや、聞きたくないのに、僕の足はちっとも動こうとはしなかった。
「……アサツキくんが、魔女?」
訝しむザフィの声が聞こえる。相手の男の人は「そうですとも」と鼻息を荒くした。その声に聞き覚えがあり、僕は記憶を手繰り寄せる。
「ザフィアス様もご存知でしょう? 我々、人の中に紛れ、生き、住みついた、穢れた力を持つ魔女を」
「伝承やお伽噺の類ではないですか? それにもし、彼が魔女だとして、今の世、魔女であることを理由に、断罪は許されませんよ」
ザフィはいつも通りの穏やかな声で諭しているが、その声色は、聞いたことがないほどに冷え切っている。しかし相手も引く気はないのか「ザフィアス様!」と口調を荒げた。
「それは革新派の考えです! 我ら旧信派は、神を冒涜する、あやつらの存在を認めるわけには……」
「神、神、ねぇ」
ガタン、と中から音が鳴り、相手が小さく悲鳴を上げる。
「私が信じるのは、養父の考えのみです。そこに神はいません。ところで、前任はどうしました? 穏健派の彼のことです」
「びょ、病床で、伏せって……」
「わかりました。今は納得しましょう」
そうだ、思い出した。この声は代弁者の男の人だ。
革新派と、旧信派、それから穏健派。確か、今の教皇に代わってから革新派が一気に台頭したと聞いた。あまり教会やら教えやらに聡いわけではないから、行商人から聞いただけなんだけど。
ザフィは革新派で、代弁者は旧信派、前任神父様が穏健派? なんだろう、あまり仲が良さそうには見えない。
「……ザフィアス様。やはり、あの噂は本当のようですね」
「噂、とは?」
思い当たる節がない、と言いたげなザフィに対し、代弁者が勝ち誇ったかのように高笑いをする。
「ははは。あくまでも、とぼけるおつもりですか? 魔女と逢瀬をしていると、報せが来ておりますよ」
肝が冷える思いだった。否定して、ザフィ。あんな魔女と、そんなことしてないって。じゃないと、ザフィが悪く思われてしまう。なのにザフィは否定するどころか「えぇ、はい」とすんなりと頷き、
「お互い独り身で淋しい者同士、話をすることもあるでしょう」
と悪ぶれもせずに言い放った。
「ザ、フィ……っ」
扉横の壁に背中を預け、ずるずると座り込んだ。
あぁ、どうしよう。嬉しい。否定されなかっただけなのに、ただの友人と言われたも同然なのに、まだ嫌われていなかったことが、こんなにも酷く嬉しい。
僕がそう思っているのも、ここにいるのも知らないはずなのに、ザフィはさらに言葉を続けていく。
「それに私どもは、先ほども申した通り、人だの魔女だのと分けるつもりはありません。それは同時に、罪は罪として、相応の覚悟を持って頂くことを示しておりますが……、代弁者殿」
僕に言ったわけではないのに、肩がびくりと震えた。
「それを理解した上で、私にこの話をされたのですよね?」
「こ……っ、の、教皇の犬が!」
「えぇ、犬ですよ。ただし、貴方がた野良と違って、きちんと躾けられた飼い犬ですが」
ザフィが、教皇の犬? あぁもう、こんなことなら、行商の人にちゃんと聞いておけばよかった。
もう少し話を聞きたかったのだけど、廊下を歩いてくる足音に心臓が口から出そうになりながら、僕は急いで目の前にある窓から外へと飛び出した。さっき見たハーブを多少踏んでしまい、小さく悲鳴を上げそうになる。
「失礼します」
誰だろう?
窓からこっそり中を覗けば、よく代弁者と一緒に行動していた年若い青年が扉をノックしていた。部屋から少し離れたせいか、ザフィたちの会話は全く聞こえなくなってしまう。
「指示通り森へと向かいましたが、魔女はまだ帰っていないようです」
「……!」
僕を、探してる? なんのために? 今、出ていったほうがいいのだろうか? ザフィとは何もないって説明する? どうすればいいか迷っていると、僕の服の袖が、何かに小さく引っ張られた。
鳩が、行くなと言うように、逃げろと伝えるように、敷地外へと僕をいざなおうとしている。
「……わかったよ」
そうだ。ここで僕が出ていったら、それこそザフィが僕を匿っているのがバレてしまう。僕だけが裁かれるならまだしも、ザフィにまで迷惑をかけたくない。
「ごめん、ザフィ」
夕飯、また誘ってよ。
僕、ザフィの作るご飯もお菓子も、好きなんだ。
だから今は、捕まるわけにはいかない。
ノブに触れた指先が冷えて、全く動かない。この話を聞きたいような、聞いちゃいけないような。いや、聞きたくないのに、僕の足はちっとも動こうとはしなかった。
「……アサツキくんが、魔女?」
訝しむザフィの声が聞こえる。相手の男の人は「そうですとも」と鼻息を荒くした。その声に聞き覚えがあり、僕は記憶を手繰り寄せる。
「ザフィアス様もご存知でしょう? 我々、人の中に紛れ、生き、住みついた、穢れた力を持つ魔女を」
「伝承やお伽噺の類ではないですか? それにもし、彼が魔女だとして、今の世、魔女であることを理由に、断罪は許されませんよ」
ザフィはいつも通りの穏やかな声で諭しているが、その声色は、聞いたことがないほどに冷え切っている。しかし相手も引く気はないのか「ザフィアス様!」と口調を荒げた。
「それは革新派の考えです! 我ら旧信派は、神を冒涜する、あやつらの存在を認めるわけには……」
「神、神、ねぇ」
ガタン、と中から音が鳴り、相手が小さく悲鳴を上げる。
「私が信じるのは、養父の考えのみです。そこに神はいません。ところで、前任はどうしました? 穏健派の彼のことです」
「びょ、病床で、伏せって……」
「わかりました。今は納得しましょう」
そうだ、思い出した。この声は代弁者の男の人だ。
革新派と、旧信派、それから穏健派。確か、今の教皇に代わってから革新派が一気に台頭したと聞いた。あまり教会やら教えやらに聡いわけではないから、行商人から聞いただけなんだけど。
ザフィは革新派で、代弁者は旧信派、前任神父様が穏健派? なんだろう、あまり仲が良さそうには見えない。
「……ザフィアス様。やはり、あの噂は本当のようですね」
「噂、とは?」
思い当たる節がない、と言いたげなザフィに対し、代弁者が勝ち誇ったかのように高笑いをする。
「ははは。あくまでも、とぼけるおつもりですか? 魔女と逢瀬をしていると、報せが来ておりますよ」
肝が冷える思いだった。否定して、ザフィ。あんな魔女と、そんなことしてないって。じゃないと、ザフィが悪く思われてしまう。なのにザフィは否定するどころか「えぇ、はい」とすんなりと頷き、
「お互い独り身で淋しい者同士、話をすることもあるでしょう」
と悪ぶれもせずに言い放った。
「ザ、フィ……っ」
扉横の壁に背中を預け、ずるずると座り込んだ。
あぁ、どうしよう。嬉しい。否定されなかっただけなのに、ただの友人と言われたも同然なのに、まだ嫌われていなかったことが、こんなにも酷く嬉しい。
僕がそう思っているのも、ここにいるのも知らないはずなのに、ザフィはさらに言葉を続けていく。
「それに私どもは、先ほども申した通り、人だの魔女だのと分けるつもりはありません。それは同時に、罪は罪として、相応の覚悟を持って頂くことを示しておりますが……、代弁者殿」
僕に言ったわけではないのに、肩がびくりと震えた。
「それを理解した上で、私にこの話をされたのですよね?」
「こ……っ、の、教皇の犬が!」
「えぇ、犬ですよ。ただし、貴方がた野良と違って、きちんと躾けられた飼い犬ですが」
ザフィが、教皇の犬? あぁもう、こんなことなら、行商の人にちゃんと聞いておけばよかった。
もう少し話を聞きたかったのだけど、廊下を歩いてくる足音に心臓が口から出そうになりながら、僕は急いで目の前にある窓から外へと飛び出した。さっき見たハーブを多少踏んでしまい、小さく悲鳴を上げそうになる。
「失礼します」
誰だろう?
窓からこっそり中を覗けば、よく代弁者と一緒に行動していた年若い青年が扉をノックしていた。部屋から少し離れたせいか、ザフィたちの会話は全く聞こえなくなってしまう。
「指示通り森へと向かいましたが、魔女はまだ帰っていないようです」
「……!」
僕を、探してる? なんのために? 今、出ていったほうがいいのだろうか? ザフィとは何もないって説明する? どうすればいいか迷っていると、僕の服の袖が、何かに小さく引っ張られた。
鳩が、行くなと言うように、逃げろと伝えるように、敷地外へと僕をいざなおうとしている。
「……わかったよ」
そうだ。ここで僕が出ていったら、それこそザフィが僕を匿っているのがバレてしまう。僕だけが裁かれるならまだしも、ザフィにまで迷惑をかけたくない。
「ごめん、ザフィ」
夕飯、また誘ってよ。
僕、ザフィの作るご飯もお菓子も、好きなんだ。
だから今は、捕まるわけにはいかない。
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