穢れを知らない魔女は穢れた神父に恋をする。

とかげになりたい僕

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恋結び

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「こ、こは……」

 広間の奥、そこの暖炉の中に隠し扉があり、さらに奥には通路が続き部屋があった。もちろんそれにも驚いたのだけど、僕が驚いたのはそこじゃない。
 たくさんの人々が、その部屋で生活を送っていたのだ。部屋、といっても、それなりの広さがあるし、なんでもここ以外にもいくつか小部屋もあるらしい。そしてその人々を、マルグリットと同じ甲冑を着込んだ騎士たちが守っているように見えた。

「あの、マルグリットさん、この人たちは……」
「えぇ。この町の人々です」

 マルグリットは当たり前のように言い放ち、近くで寝込む子供の傍らに膝をついた。

「具合はどうだ?」

 子供の手を握る母親らしき女性が「熱が……」と涙ながらに声を絞り出す。

「下がらないのです。マルグリット様、どうかお助けください。このままではこの子が……!」

 マルグリットは縋りつく母親の肩に手をやり「落ち着いて」と宥めている。
 熱が下がらない? 子供の顔色は? 呼吸は? 僕もすぐに膝をつくと、母親が握るほうとは反対の手を軽く握りしめる。

「大丈夫、安心してください。僕が助けてみせますから」
「あなたは……?」

 いきなり来た僕に、母親が訝しむような顔を見せる。信頼も信用もないのだ、仕方がない。それでも今は。

「これなら手持ち分と、あとは……」

 あぁどうしよう。いくつか足りない薬草がある。でもこのあたりの地理には詳しくないし、もう日が落ちた中で探しに行くのは……と考え込む僕に「アサツキ殿」とマルグリットの落ち着いた声が降り注いだ。

「足りないものはなんですか? ザフィアス殿から送られてきたものを、少量なら保管しております」
「ザフィが……?」

 つい愛称で呼んでしまったが、マルグリットは咎めることなく「はい」と力強く頷いてくれた。僕がそれに「お願いします」と返せば、マルグリットは保管部屋へと案内してくれた。



 薬を飲ませ終え、眠った子供と母親を残して、僕はさらに奥へと連れて行かれた。

「先ほどは助かりました。ザフィアス殿の報せ通り、優秀な薬師のようですね」

 前を歩くマルグリットが軽く笑いながら言う。僕はそれに「そんなこと……」と照れ隠しで否定しつつ、通路を観察する。ずらりと並んだ扉、そこに取り付けられた小窓。まるでこれでは部屋というよりも……。

「牢屋……?」
「はい。元は罪人を囚えておく目的で、これは作られました」
「元は?」
「今は臨時の避難施設として、一時的に住民の半分を住まわせております」

 一番奥の、ひと際立派で、頑丈そうな扉に閉ざされた部屋。どんなに疎い僕でもわかる。ここは拷問部屋ではなかろうか。

「どうぞ。今は私どもの会議室として使っております」
「……本当だ」

 扉が開いた先には、かなり大きな机があり、そこに地図が広げられている。地図には建物の配置と、通路が描かれていて、それが僕の住んでいたあの町だとすぐにわかった。

「すごい。かなり正確なものだ。こんなの空から見ないと書けないよ……」

 のめり込むように地図を見ていると、マルグリットが「ははは」と軽快な笑い声を上げた。

「それはそうでしょう。空から見て書いたのですから」
「まさか! どうやって?」

 驚きの声を上げる僕の頭で、ずっと乗っていた鳩が小さく鳴いた。それからまだぎこちない動きで机に乗り移ると、クチバシの先で軽く地図をつついた。

「この鳩と、あと烏がいたでしょう? このニ羽はザフィアス殿のでしてな。友人の協力を得て、これを完成させたのです」
「そう、なんですか。でも、なんで地図を……」

 わからないことが増えるばかりだ。
 頭を悩ませる僕に、マルグリットが「まずは、そうですね」と手近にあった椅子に座るよう促してきた。促されるままに座れば、マルグリットはこの国にある三つの派閥、そして今、国で行われている“魔女狩り”について話してくれた。



 今の最大派閥、革新派。ほんの五年前、歴代最年少で教皇となった現教皇がトップの派閥。そして前教皇をトップとしていた旧信派。どちらにも属さない穏健派。
 ザフィアスとマルグリットたち神殿騎士は、この革新派に属している。

「革新派の考えは、罪は罪として裁かれるものであり、そこには神も人も、ないものとしています。そうして次第に旧信派の勢力は狭まり、このまま消えるものだと思っておりました」

 しかし、ここで旧信派による“魔女狩り”が始まったわけだ。

「旧信派は、革新派が安易に人を裁かなくなったことで魔女が増えたと唱え始めました。そのために敢えて“魔女”を仕立て上げ、害あるものとし、神の意に背いた罪として、民意で魔女を裁いているのです」
「僕が魔女扱いされたのは、それで……?」
「単純な話、誰でもよかったのです。この町もまた、そうした不当な扱いを受けていました。そして住民が被害に遭うところを、ザフィアス殿の指揮の元、ここへと避難させたのです」
「でもここじゃ……」

 あまりいい環境とは言えない。それはザフィアスだけでなく、マルグリットたちも住民だって気づいている。だからこそ、先に健康な住民を少しずつ教会本部へと移動させていたらしいのだが、旧信派の目が光る中では難しい。
 疲弊していく住民を見て、ザフィアスは決断を下した。

「近くの町に薬師がいると聞き、ザフィアス殿は単身で向かうことにしたのです」
「でも僕は旧信派から“魔女”扱いされていた……」
「えぇ。だからこそアサツキ殿を救うみちも、模索されていたのかと」

 のらりくらりとしていて、掴みどころのないような奴だったから、これだけの人を救おうとしていたなんてわからなかった。いや、ザフィは、悟らせようともさせてくれなかった。

「……っ、そうだ、マルグリットさん。ザフィと旧信派の人が話していて、あのままじゃザフィが……!」

 勢いよく立ち上がった際に、椅子が派手な音を立てて床へと転がった。マルグリットは「ご安心を」と椅子を戻してくれて、また座るように促してきた。我を失いかけたことが恥ずかしく、ひと言謝ってから再び座る。
 ザフィをあの場に置いてきたのは、僕自身なのに。

「聡明で度胸も技量もある御方です。なので、どうか今は、ここの人々を救うことに御力を貸しては頂けませんか?」
「……」

 さっきの親子を思い出す。いや、親子だけじゃない。
 他にも、苦しんでいる人たちがいる。なら、今の僕が出す答えはひとつしかないじゃないか。ザフィがそれを望んでいるのなら、尚のこと。

「是非、協力をさせてください」

 そう差し出した手を、マルグリットは「こちらこそ」と笑顔で握り返してくれた。
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