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第四部
忘れた痛み
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結局こうなった。
ユーリの家からパーティー会場へは高速で二時間かかる。その間、ずっとユーリから抱かれていた。途中で意識を飛ばしても、ユーリは僕から出すことをせず、そのまま揺さぶっていたというのだから流石に呆れた。
圧迫感で意識を戻した時、ユーリが満面の笑顔で「起きた?」と言ってきた時は容赦なく顔面をぶん殴ったほどだ。
「流石に身体が……」
もう少しで着くみたいで、僕はユーリにされるがまま身体を綺麗にされて、何事もなかったように服を整えられた。それでも身体は多少怠いし、腰には痛みが走る。
「お姫様抱っこするよ?」
「いい。歩けるから」
「おんぶでもいいよ?」
「話を聞けよ。歩くって言ってるだろ」
ユーリの肩に頭を乗せてしばらく揺られる。
そうして車が止まり、運転手の人が「坊ちゃん」とドアを開けて降りた先にあったのは……。
「何ここ異世界?」
「まさか。現代だよ」
水上ホテルとはよくいったもので、そのホテルもまた、海の上に建っていた。いや、厳密に言えばそう見せているだけだ。
海面から少し高く造られたホテルは、遠目に見れば確かに水上にあるように見える。その裏手には地上何メートル、いや何十メートルかはわからないが、床以外全面硝子張りのレストランがあるらしい。
「……やっぱり僕、帰る」
「じゃ俺も帰ろっかな」
運転手に帰る算段を話すユーリと、流石に渋る運転手の人。折角乗せてきてもらってこのまま帰るのは忍びないし、申し訳ない。ユーリの袖を掴んで「やっぱり」と言いかけた時だ。
「ユーリくん!」
「え?」
ホテルの入口を見れば、若草色の髪を緩く巻いた女性が、こちらに走ってくるのが見えた。真っ白いファーコートから覗く足はすらりとしていて、まるでモデルみたいな体型の人だな、なんて思う。
……ん? ユーリ、くん?
「あ、あの、ユーリ?」
控えめにユーリを見上げれば、案の定ユーリは不機嫌極まりない表情で冷ややかにその女性を見下ろし、いや見下していた。
「……なんであんたがいんの」
その声色はぞっとするほど低く冷たい。なのに彼女は大して動じず「え? だって」と袖を掴んでいた僕の手を引き離してから、
「婚約者なんだよ? ユーリくんの誕生パーティーなら、参加するに決まってるじゃない!」
とユーリに抱きついた。ユーリはそれを即座に振り払う。反動で彼女はよろけるけれど、お互い気にも止めていないようだ。
「それはないって言った。第一、俺はあんたに興味がない。持つこともない」
「でもユーリくん。私、一応、神宮家として来てるんだよ? 婚約者の話は抜きにしても、帰らせるなんてこと、出来ないよね?」
なんだろう。この人を、僕は嫌いだと思った。
どこかで見たことがあるような……。若草色の、春の新芽みたいな髪の……。
彼女が今度はこちらに向き直る。にたり、と笑った顔がやけに不気味で、僕は挨拶をすることも忘れて「あ……」と一歩後ろに下がった。
「リヒト」
急に手を引かれて、僕はユーリの腕の中へと収まった。外気で少し冷えたコートが、働かなかった頭を急激に動かし始める。そうだ、確かこの人は。
「神官巫女……?」
前世で、ユーリと一緒に旅をしていた女の子だ。ものすごく睨まれて、なんだっけ、何か、されたような……。
「いっ!?」
ずきりと頭が痛んで、僕は縋りつくようにユーリのコートを力いっぱい握りしめた。息が上手く吸えない。呼吸をしないといけないのに、まるでやり方を忘れてしまったみたいに。
「ぁ……、はあっ、はっ……」
「リヒト、大丈夫だよ。息、吸える?」
ユーリがコートを握る僕の手を掬うように取って、そのまま指先を絡めてくれる。けれど冷静な頭とは反対に、なぜだか身体は言うことを聞いてはくれない。
「リヒト」
どうしよう、このまま呼吸が止まるのかもしれない。なんて呑気に思ってると、ユーリが僕の顎に手をかけて上を向かせてきた。何、と思ったのも束の間、ユーリは僕の唇を自分のもので塞いできた。息を忘れてしまうほど激しいそれに、僕はただただ必死で応えようと舌を伸ばす。
「ふ……、ん」
「……っは、リヒト、落ち着いた?」
くちゅ、と音とともに離されたユーリの唇は、僕の唾液で若干濡れている。息が出来るようになった僕は、近くに人がいるのも忘れて、自分からまた重ねにいく。
「ん……、リヒト、また後で、ね?」
ユーリは僕を軽くあしらうように笑って、軽く啄んだ後、僕の腰に手を回してふわりと抱きしめてくれた。
「……で、あんたいつまでいんの。邪魔」
その声は僕に向けられたものではないし、抱きしめられた僕からはユーリの顔がよく見えない。それでもわかるくらいに、その声は酷く冷え切っていて、彼女には悪いけれど、それに僕は少しだけ優越感を覚えた。
「……また後でお話しましょう。屍人のリヒト様も、是非」
「チッ」
明らかにユーリは苛立っていた。
でもこの痛みの前では、それを気にする余裕なんてどこにもなかった。
ユーリの家からパーティー会場へは高速で二時間かかる。その間、ずっとユーリから抱かれていた。途中で意識を飛ばしても、ユーリは僕から出すことをせず、そのまま揺さぶっていたというのだから流石に呆れた。
圧迫感で意識を戻した時、ユーリが満面の笑顔で「起きた?」と言ってきた時は容赦なく顔面をぶん殴ったほどだ。
「流石に身体が……」
もう少しで着くみたいで、僕はユーリにされるがまま身体を綺麗にされて、何事もなかったように服を整えられた。それでも身体は多少怠いし、腰には痛みが走る。
「お姫様抱っこするよ?」
「いい。歩けるから」
「おんぶでもいいよ?」
「話を聞けよ。歩くって言ってるだろ」
ユーリの肩に頭を乗せてしばらく揺られる。
そうして車が止まり、運転手の人が「坊ちゃん」とドアを開けて降りた先にあったのは……。
「何ここ異世界?」
「まさか。現代だよ」
水上ホテルとはよくいったもので、そのホテルもまた、海の上に建っていた。いや、厳密に言えばそう見せているだけだ。
海面から少し高く造られたホテルは、遠目に見れば確かに水上にあるように見える。その裏手には地上何メートル、いや何十メートルかはわからないが、床以外全面硝子張りのレストランがあるらしい。
「……やっぱり僕、帰る」
「じゃ俺も帰ろっかな」
運転手に帰る算段を話すユーリと、流石に渋る運転手の人。折角乗せてきてもらってこのまま帰るのは忍びないし、申し訳ない。ユーリの袖を掴んで「やっぱり」と言いかけた時だ。
「ユーリくん!」
「え?」
ホテルの入口を見れば、若草色の髪を緩く巻いた女性が、こちらに走ってくるのが見えた。真っ白いファーコートから覗く足はすらりとしていて、まるでモデルみたいな体型の人だな、なんて思う。
……ん? ユーリ、くん?
「あ、あの、ユーリ?」
控えめにユーリを見上げれば、案の定ユーリは不機嫌極まりない表情で冷ややかにその女性を見下ろし、いや見下していた。
「……なんであんたがいんの」
その声色はぞっとするほど低く冷たい。なのに彼女は大して動じず「え? だって」と袖を掴んでいた僕の手を引き離してから、
「婚約者なんだよ? ユーリくんの誕生パーティーなら、参加するに決まってるじゃない!」
とユーリに抱きついた。ユーリはそれを即座に振り払う。反動で彼女はよろけるけれど、お互い気にも止めていないようだ。
「それはないって言った。第一、俺はあんたに興味がない。持つこともない」
「でもユーリくん。私、一応、神宮家として来てるんだよ? 婚約者の話は抜きにしても、帰らせるなんてこと、出来ないよね?」
なんだろう。この人を、僕は嫌いだと思った。
どこかで見たことがあるような……。若草色の、春の新芽みたいな髪の……。
彼女が今度はこちらに向き直る。にたり、と笑った顔がやけに不気味で、僕は挨拶をすることも忘れて「あ……」と一歩後ろに下がった。
「リヒト」
急に手を引かれて、僕はユーリの腕の中へと収まった。外気で少し冷えたコートが、働かなかった頭を急激に動かし始める。そうだ、確かこの人は。
「神官巫女……?」
前世で、ユーリと一緒に旅をしていた女の子だ。ものすごく睨まれて、なんだっけ、何か、されたような……。
「いっ!?」
ずきりと頭が痛んで、僕は縋りつくようにユーリのコートを力いっぱい握りしめた。息が上手く吸えない。呼吸をしないといけないのに、まるでやり方を忘れてしまったみたいに。
「ぁ……、はあっ、はっ……」
「リヒト、大丈夫だよ。息、吸える?」
ユーリがコートを握る僕の手を掬うように取って、そのまま指先を絡めてくれる。けれど冷静な頭とは反対に、なぜだか身体は言うことを聞いてはくれない。
「リヒト」
どうしよう、このまま呼吸が止まるのかもしれない。なんて呑気に思ってると、ユーリが僕の顎に手をかけて上を向かせてきた。何、と思ったのも束の間、ユーリは僕の唇を自分のもので塞いできた。息を忘れてしまうほど激しいそれに、僕はただただ必死で応えようと舌を伸ばす。
「ふ……、ん」
「……っは、リヒト、落ち着いた?」
くちゅ、と音とともに離されたユーリの唇は、僕の唾液で若干濡れている。息が出来るようになった僕は、近くに人がいるのも忘れて、自分からまた重ねにいく。
「ん……、リヒト、また後で、ね?」
ユーリは僕を軽くあしらうように笑って、軽く啄んだ後、僕の腰に手を回してふわりと抱きしめてくれた。
「……で、あんたいつまでいんの。邪魔」
その声は僕に向けられたものではないし、抱きしめられた僕からはユーリの顔がよく見えない。それでもわかるくらいに、その声は酷く冷え切っていて、彼女には悪いけれど、それに僕は少しだけ優越感を覚えた。
「……また後でお話しましょう。屍人のリヒト様も、是非」
「チッ」
明らかにユーリは苛立っていた。
でもこの痛みの前では、それを気にする余裕なんてどこにもなかった。
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