Re:アルドローデ

峯こうめい

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ブロウ大陸編

第13話:コフィー・ンナレア

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 コフィンは、刀を手入れしながら考えていた。自分が所属している魔王軍とは、いったい何をしているのか。

 強者と剣を交えることを生き甲斐としているコフィンにとって、魔王軍の目的や活動内容などどうでもいい。だから、仲間たちが何をしているのか気にしていなかった。
 しかし、最近は何か心に引っ掛かる嫌な感覚がしてならない。

「考えるのは性に合わねぇ! 頭より体を動かせ、だ!」

 刀を鞘に収めて、勢いよく立ち上がる。自室を出ると、薄暗い廊下が広がった。

 ここは魔王軍の拠点である。全体的に暗い色の素材が使われた巨大な城だ。なぜか地下に建てられていられる。

 同じデザインの扉がいくつも並ぶ廊下を進み、一際大きい両開き式の扉の前で立ち止まる。

 この扉の先には会議室が広がっている。この時間はいつも会議をしているため、ここにいるはずだ。

 開けようとした瞬間、唐突に扉が開いた。目の前には、コフィンと同じ幹部が並んでいる。魔王の姿はない。

「…………何をしている? コフィン」

 ラグラにそう問われ、コフィンは口を開く。しかし、言葉が出てこない。

 この嫌な予感は何だろうか。言葉では言い表すことのできない、とても嫌な予感だ。

「どうしたんだよ?」

 サマの言葉に、意識が現実に戻される。
 そうだ。考えるのは自分らしくない。

「気になったんだけどよ、魔王軍って、何やってんだ?」

 ――空気が凍った。
 なぜかは分からない。しかし、確かに空気が凍った。

 コフィンが動揺していると、サマが慌てたように小声で話し出す。

「おい……! その話はダメだ……! どこであいつが……」
「おや、コフィンがその話を出したとき、始末するという約束ではなかったのですか?」

 サマの言葉を遮った背後からのその声に驚き、コフィンはすぐに振り向く。
 そこには、サマを鋭い目つきで見つめている眼鏡の男が立っていた。茶色い髪は長くも短くもなく、前髪を左右に分けている。

「……違うナ、追放するだけだと今の会議で命令されタ」

 意味がわからず、ただ動揺することしかできない。コフィンただ一人が、無知を仮面の奥の顔に浮かばせている。

「そうですか。しかしまあ、私が幹部になることは決定ですね」

 ニヤリと笑いながら、眼鏡の男はあっさりと去っていった。すると、サマがいつもの声量で話し出す。

「あいつ嫌いなんだよな、偉そうで。ま、そんなことは今はどうでもいいよな。とりあえず外に行くぞ、コフィン」
「待てよ、何の話だったのか説明してくれ!」
「落ち着け。移動しながら話す」

 そう言って歩き始めてしまったため、コフィンはその後に続いた。

 その場を離れる直前、アメロナの「さよなら」という声が聞こえた気がした。

 廊下をある程度進むと、サマが口を開いた。

「まず、お前が一番気になってることから話そうか。魔王軍の活動内容について」

 心臓の鼓動が早くなる。嫌な予感が未だ消えず、コフィンに息苦しさを覚えさせた。

「主に……国の制圧だ。邪魔する人間は殺している」

 予想外の答えに、汗が噴き出たことが分かった。

「つまり……俺は間接的に人を殺していたのか……?」

 コフィンは立ち止まった。手の震えが止まらない。

「お前には気付かれないようにという命令だった。だから街には行かせなかったし、会議に出席させることもしなかった」

 数秒間の沈黙の後、コフィンは絞り出すように言葉を発した。

「…………殺してくれ、俺を」
「できない……」

 コフィンが絞り出した頼みを、サマは怒りと悲しみが混ざったような表情で拒否した。

「今まで人を殺してきたんだろ! なぜ俺は殺せねぇんだ!」

 荒げられた言葉に対抗するように、サマも声を荒げる。

「殺せるわけないだろ! いまさら綺麗事言える立場じゃないが、お前は仲間なんだぞ!」

 沈黙が流れる。聞こえる音は、二人の荒くなった息のみ。
 先に沈黙を破ったのは、コフィンだった。

「なら、俺は俺を殺してくれるヤツを探しに行く」

 サマが返事をするより先に、コフィンは走り出す。うろ覚えの城を訳も分からず走った末、息が切れ始めた頃に出口に到着した。

 重厚な扉を開く。軋むような音も、甲高い油切れの音も聞こえないことが、コフィンに若干の恐怖を感じさせた。


 外に広がったのは、ただ城を建てるためだけに存在しているような空間。無駄に広々としており、前方約十メートルほど先には人一人ほどの幅しかない通路がある。

 コフィンは足早で通路に入り、すぐに腰の鞘から刀を抜いた。そして、頭上の土に深く刺す。
 その後、あまり得意でない雷魔法のバフをかけてから、思い切り跳び上がった。

 土を削りながら、地上へと近づいていく。速度が落ちたら爆炎魔法の爆風を利用して加速するということを繰り返し、数分でようやく地上へと出た。
 太陽の光が照りつけ、いつもより眩しく感じる。

「どこに行くか……」

 頭をガリガリと掻きながら呟き、足を動かし始める。
 何も考えずに出てきてしまったことを今更後悔しながら、ひたすら歩き続けた。

 ある程度、城から離れた場所まで来たとき、足元から禍々しい気配を感じた。

 嫌な予感を感じ取り、咄嗟に後ろへ跳躍する。その瞬間、地面の下から二人の人影が出てきた。
 その一人は忘れるはずがない顔だった。ウォルトフで一度剣を交えたあのときのことは、一生記憶に残ることだろう。

 もう一人は見知らぬ人物である。しかし、ビリビリと痺れるようなオーラを放っていることから、只者でないことは容易に理解できる。

 ――この二人ならば、殺してくれるだろうか。

 コフィンの頭の中にそんな考えが浮かんだ。そのとき、二人がコフィンの存在に気がついた。

「貴様は爆刃のコフィンか……ウォルトフで鳴楽と刀を交えたという。ここで何をしている?」
「……俺を殺してくれるヤツを探している」
「ほう、それはなぜだ?」

 ロードの問いに、コフィンは両手を強く握りしめて答えた。

「俺は、何も知らずに魔王軍に入って、何も知らないまま人殺しに加担していたんだ……! 今の俺にできる最大の償いは、この命を絶つこと! それだけだ!」

 コフィンの話をただ静かに聞いていたロードはそれが終わると、何か言いたげな沈黙を挟んでから口を開いた。

「…………そうか、ならば望み通り殺してやろう。鳴楽、再戦だ。今度はでな」
「承知した」

 鳴楽は静かに前に出る。
 コフィンは心臓が激しく脈打つのを感じながら、鞘から刀を抜いて強く握った。

「せっかくの再会をすぐ終わらせちまうのはちっと悲しいが、主が本気出せって言ってんだから仕方ねぇよな」

 狼のような鋭い眼光をコフィンへ飛ばす鳴楽は、鞘に収めたままの刀の柄を右手で握り、左足を一歩後ろに下げた。
 その構えだけで、周辺の空気がビリビリと張り詰める。コフィンの額から大粒の汗が数滴、滴り落ちた。

「来いよ――俺の間合いに入った瞬間がお前の最期だぜ」

 今になって、死に対する恐怖が込み上げてくる。息が荒くなり、それはやがて嗚咽に変わる。
 コフィンは頭を横に振って、恐怖を無理矢理に払拭した。

 そして、出せる限りのスピードを爆炎魔法と雷魔法で出す。

「うぉぉぉぉっ! さらば現世! 地獄で鬼が俺を待ってるぜ!」

 鳴楽の間合いに侵入したその瞬間、もうすでにコフィンの視界から鳴楽は消えていた。
 足で急ブレーキをかけたコフィンは、一回転してから立ち上がる。振り向くと、鳴楽は約五メートルほど先で、毅然とした表情で立っていた。刀が鞘から抜かれている。

刹那閃鳴せつなせんめい雷葬走いかずちそうそう

 言葉と同時に鳴楽は刀を鞘に収めた。

 その瞬間――コフィンの体に青い閃光が走り、無惨にも切り刻んだ。
 赤い鮮血が噴き出し、一瞬にして足元に血溜まりを作った。

 コフィンは後ろに倒れた。

 という得体の知れないものがコフィンに迫る。そして、体にしがみついた。振り払おうとも払うことはできない。

「はっ……最低な……人生だったな……」

 視界がぼんやりとし始めた頃、走馬灯が見えた。

 これまでの人生――そのすべてが。





 二十一年前、コフィー・ンナレアはとある国の辺境の街で生を享けた。その街で有名な二刀剣術使いの家の長男だった。

 幼い頃から父親に剣術を教わり腕を上げていったコフィーは、山籠りの最中、魔獣の討伐を繰り返したことにより、強者との戦闘に生き甲斐を見出した。
 強者と剣を交え続ける。そんな人生を夢見たコフィーだったが、ンナレア家の道場を継がなければいけないということを知った。

「道場なんて俺は継がねぇ!」

 道場を継げば、自身よりも弱い者に剣術を教える退屈な日々が待っている。それは避けたかった。

 考えることが苦手だったコフィーは、父親からある言葉を言われ続けていた。

「頭より体を動かせ」

 その言葉が悪い方向に働き、何も考えずに家を飛び出した。それからは数々の大陸や国を放浪し続け、ブロウ大陸に渡ったときに魔王軍へ勧誘された。
 そして、コフィーはコフィンとして生まれ変わった。

 これがコフィー・ンナレアの人生。振り返ると後悔ばかりである。
 様々な感情が交差する中、ついにコフィンはゆっくりと目を閉じた。





 ――瞼を開ける。

 視界がぼんやりとしているが、薄暗い空間だということが分かる。

 地獄だろうか。コフィンがそう考えていると、視界が正常に戻っていく。
 やがて、自分がいる場所が地獄ではなく建物だということに気がつく。

「ここは……どこだ……?」

 声に気づいたロードが、コフィンの顔を覗き込んだ。

「アル、気がついたようだぞ」
「お、良かった。おはよう。気分はどう?」

 続いてアルが顔を覗き込んだ。
 コフィンは状況が飲み込めないまま、上体だけを起き上がらせた。

「俺は……死んだんじゃなかったのか……?」
「うん。死んだよ、はね。だけど生き返ったんだ。僕とロードの蘇生魔法でね」

 蘇生魔法は、最高位の光魔法や闇魔法の使い手が数人集まって初めて発動することができる魔法である。
 それを二人だけで発動したというのか。いや、それよりも気になることがある。

「なぜ、俺を生き返らせたんだ……?」

 コフィンは一番の疑問をぶつけた。
 すると、ロードが答えた。

「貴様が贖いのためにするべきことは、死ぬことじゃない。己の罪に向き合い、魔王軍と戦い、世界平和に少しでも貢献することだ」
「……俺に、世界を平和へ導く権利はない!」

 コフィンは勢いよく立ち上がり、叫ぶようにロードの言葉を否定した。
 その瞬間、コフィンの頬に拳がめり込んだ。

 骨に響くような鈍痛が走ったと同時に、仮面が吹き飛んだ。
 
 コフィンの美形な顔には驚きの表情が浮かんでいる。

「それは貴様が決めることじゃない」

 拳を握って激しい怒りを露わにしたロードを制するように、アルが真剣な表情で話し始めた。

「僕らだって、君を生き返らせるつもりはなかったんだよ。けど、魔王軍に家族を殺された人から頼まれたんだ。『どうか幹部を殺さないでくれ』って。
 なんでそんなことを頼むのか聞いたら、『まだ謝罪をしてもらってない。それに、人々のために何もせず死ぬことは許せないから』だって。
 君には、世界を平和へと導く権利、そして義務があるよ。だって、君のせいで心に深く傷を負った人がそれを望んでいるんだから」

 コフィンの瞳から、大粒の涙が一つ、また一つと落ちていく。
 それをごまかすように仮面を拾って付けたコフィンは、数秒してから言葉を絞り出した。

「すまねぇ…………ありがとう……」

 そして数分間、コフィンは静かに涙を流し続けた。自分にできることを全力でやると誓いながら。
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