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同じ場所で
しおりを挟む王城には様々な人達が働いている。
王族につく侍従や侍女や執事は下位貴族だが、兵士や下働きをする者達は平民出身の者が殆どだ。
王城には様々な仕事があり、下男や下女と言われる主に雑用をする者も多く働いていた。
その仕事の一つとして、ゴミ処理を行う部署がある。毎日大量に出るゴミを一つの場所に纏め、種類によって分別し、処理をしてゆくのだ。
生ゴミは堆肥させるのに使い、畑の肥料を作っていくのに使う。
燃えるゴミは焼却炉まで持っていき、焼いて処分する。
ビンは再利用する為に洗い、乾かす。
燃えないゴミは業者に渡す事になっている。何処かに埋めて貰うのだ。
その仕事は汚物により悪臭が漂うし、重労働で衛生的にも懸念されている為、誰もが嫌がる仕事でもあった。
そこに一人、嫌な顔一つせずに一心不乱にゴミの処理に精を出す者がいた。
「おい! お前、まだやってるのか! 早くこの可燃ゴミを燃やしちまえ!」
「はい」
「うわっ! 汚ねぇな! また生ゴミを漁ってたのか?!」
「漁ってるじゃなくて、堆肥を作ってるです。土が良くなるから作物が……」
「何バカな事言ってんだよ! ほら、まだ仕事はいっぱいあるんだよ! グズグズすんな!」
「はい……」
口うるさく上司と思われる男に言われて、生ゴミと土を入れた容器に蓋をして、可燃ゴミを燃やしにかかる。
使い古した家具なんかもあって、それを解体するにも骨がおれる。
ナタを使って細分化していくが、腕力が無いのでなかなか上手く壊れてくれない。
何度もナタを振り下ろし、少しずつ解体していく。
「いたっ!」
木の欠片が飛んできて脛をかすねた。それは切り傷となり、出血する。けれどそんな事は気にせずに、またナタを振り下ろす。
こんな感じでいつも何処かに生傷を作っていた。
痩せ細って、見えている所にはアザや切り傷が至る所にあるのは幼い頃と何ら変わりはないように見えた。
赤い髪を無造作に二つに束ね、今日も朝からゴミの処理に精を出す。
それはまもなく15歳を迎えるウルスラだった。
ウルスラは今、アッサルム王国の王都メイヴァインにある王城で、下女として働いている。
ここに来るまで、ウルスラには様々な事があった。
採掘場であった山脈から逃れ、それから一人でさ迷い、とある村にたどり着いたウルスラは、そこの村長の家で下働きの仕事をしながら生活させて貰っていた。
そんなある日、愛人の子供と勘違いした村長の奥さんに夜寝ている所を襲われて殺されそうになり、それを止めに入った村長が奥さんに殺されてしまうという事件が起こった。
そんな事が起こってからは禍を呼ぶ子だと村で言われ、仕方なくその村を出るしかなくなったのだ。
その後他の村に行き、同じようにして働いていたが、騙されて娼館に売られそうになり、異変に気づいて慌ててその場から逃げ出した。
なかなか居所が定まらず、一人で住んでいたあの小屋へ戻る事も出来ず、ウルスラは孤独に苛まれながらさ迷った。
何とか街にたどり着いても、門番に阻まれてしまう。入れて貰うことすら拒否されたのだ。
みすぼらしい子供一人がやって来たところで、厄介事しか起こさないと考えられるからなのだが、ウルスラの足首にある足輪を見て逃亡奴隷だと思われる事から、更にそんな態度をとられるようになったのだ。
何処に行く当てもなく、誰からも疎まれ、必要とされず、そして食べ物も獲られず、ウルスラは街に入る門の前で佇み一人悲しみに打ちひしがれた。
そんな時、思い出すのはルーファスとの穏やかな日々だった。
二人で笑い合いながら食事をし、勉強をしたあの日が恋しくて恋しくて、ルーファスに会いたくて仕方がなくなって、ウルスラは静かに涙を流した。
その途端に門番の様子が可笑しくなり、いきなり人ではないモノへと変貌した。
それを見てウルスラはその場から走って逃げ出す。そうなってやっと気づいたのだ。自分が泣くと人が魔物へと変わってしまうということに。
あの村の人達も、採掘場にいた人達も、全て自分が人から魔物に変えてしまったのだ。自分が我慢できずに泣いてしまったが為に。泣いてはいけないと言われていたのに。それはこういう事だったのだ。
ウルスラは自分のしでかしてしまった事に深く反省をし、なぜこうなってしまうのかと、自分自身が怖くなった。それから、今後は何があろうとも泣いてはいけないと、心に固く誓ったのだった。
何処にも行けず、目的もなく、どうすれば良いのかも分からずに、失意の中フラフラと街道を何処へ行くでもなく歩いている途中で、空腹と疲れでウルスラはその場に倒れ込んでしまった。
気がつくとそこが王城の一角にある、使用人達が泊まる為の宿場の中だった。
倒れていたウルスラを見つけた行商人が、何かに使えるかもと連れて行った先が王都メイヴァインだった。
行商人が王城に頼まれていた物を持って行った際に、搬入口で商品を受け取る者が馬車で眠るウルスラを見つけ、人手が欲しいからとウルスラを引き取ったのだ。
足輪が気になったが、ここでずっと働くなら問題ないだろうと結論付けた。
そうしてウルスラは王城で働く事となった。
下働きの中でも、誰もが嫌がる仕事を押し付けられたが、それでもウルスラは自分を受け入れて貰えた事に感謝した。
充分ではなかったけれど、食事を与えられる事も有難かった。下働きとはいえ王城で働くのだから、身なりはある程度正さなければならない為、服は支給された物を着る事になる。それにもウルスラは嬉しく思った。
殆ど自由はないが、生きていけるだけでも有難いと思い、ウルスラは文句も言わず、真面目に働く日々を送っていた。
近くにルーファスがいること等知りもしないで。
そんな経緯でウルスラが王城に来てから、3年の月日が流れた。
「もうすぐヴァイス殿下の結婚式だねぇ」
「結婚式?」
「そうさ。フューリズ様って言ってね。綺麗な黒髪と黒い瞳の女の子なんだよ。なんか、特別なんだとさ、その娘は」
「特別?」
「あぁ。なんかの女神様の生まれ変わりなんだって。年の頃は、お前と同じ位かねぇ? 私も遠目で一度見たことがあるよ。凄いワガママらしいねぇ」
「フューリズ、様……」
「特別だから何でも許されるとでも思ってんのさ。ま、こんなに近くで働いてても私達とは雲泥の差だよ。そんな事よりさ、その結婚式の時は特別に私達の食事も豪華になるらしいんだよ」
「豪華に? 美味しいの?」
「あぁ。肉も食べられるよ。甘味もあるかもね。それが今から楽しみなんだ」
「うん、楽しみ」
宿場にある食堂で、同じ部屋の下女の先輩と話をしていたウルスラは、食事が豪華になるよりも結婚式で出るゴミの量が気になった。きっといつもより多くのゴミが発生するんだろうと考えられる。
仕事が多くなっても、それを担当する人を増やして貰える訳ではない。普段のゴミも日常的に持ち込まれるから忙しくなるんだろうな、とウルスラは思う。
そんな高位の人達の結婚なんて、自分には全く関係ないとばかりに、考えるのは仕事の事だった。
だけど夜眠る時は、いつもルーファスを想っている。
またルーファスの夢が見られる事を望んで、疲れた体を癒すのだ。
誰よりも優しかったルーファスの笑顔を忘れた日は一度もなかった。もう一度あの笑顔に会いたいと願った。
ルーファスと同じ好きになる。
それは以前、夢でウルスラがルーファスに言った言葉だった。
今も同じ好きがどんなものなのかは分からない。けれど、想いは会えない日々だけ募っていった。
いつかまた会える日がやってくるんだろうか。
そんな事を思いながら眠りにつく。
それは間もなく訪れる事を、この時のウルスラには知る由もなかったのだった。
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