慈愛と復讐の間

レクフル

文字の大きさ
36 / 79

本物の慈愛の女神の生まれ変わり

しおりを挟む
 何が起きたのか……

 目の前の状況は慌ただしく変化し、気づけばフューリズとヴァイスはその場に倒れた状態となっていた。
 
 
「父様! この女を拘束してください! この女が王子の心臓を握りつぶしたのです!」

「なに?!」


 言われてすぐに動いたのはフェルディナンだった。控えていた侍従に騎士を呼びにいかせ、フューリズを拘束した。
 美しかったフューリズの純白のドレスは、ヴァイスの血に染まって赤くなっていた。

 それからすぐに医師を手配したが、ヴァイスはすでに息を引き取っていた。

 こんな事が起こるとは誰も想定しておらず、暫く茫然とする他無かった。

 侍従のルドルフはフェルディナンに今後の動きを確認する。
 
 婚礼の儀ができなくなったからだ。

 既に王城の一角に据えられている神殿には招待客は集まっており、もうすぐ始まるであろう婚礼の儀を心待ちにしていたのだ。

 フェルディナンは考える。フューリズが慈愛の女神の生まれ変わりであると、公言はせずとも皆が知っていた事だった。今日はそのフューリズがどんな姿なのか、一目見ようと赴いた者も多く、今か今かと待ちわびている状態なのだ。

 それがヴァイスが殺され、慈愛の女神の生まれ変わりと思っていた少女は別人だったと、全てを告げる事は得策ではないと思われた。

 では慈愛の女神の生まれ変わりは何処にいるのか。
 
 それを知ると他国は躍起になり探しだすだろう。それはダメだ。そうであってはいけない。強国として知られるアッサルム王国の失態を広げてしまうわけにはいかないと考えたのだ。


「ルドルフ……ヴァイスが急死したと告げよ。これは病死だ。突然心臓が止まってしまったと、そう伝えよ。よって式は中止となる事と、手土産に用意した物を持たせて帰って頂くように手配するのだ。贈られた物は後日、詫び状と品と共に送り返す旨告げ、丁重に頭を下げよ」

「……畏まりました」

「此度の事、決して外部に漏れぬよう箝口令を敷け。漏らした者には厳罰を与えると申せ。良いな?」

「はい。心得ております……!」


 すぐにルドルフは動き出す。

 ヴァイスが亡くなった事が知れ渡り、集まった人々は突然の出来事に驚き、花嫁であるフューリズを憐れに思った。ルドルフはフェルディナンの指示通りに体よく動き、状況が大きく変わり動揺する招待客達を混乱させる事なく自国へと帰路につかせたのだった。 

 一大イベントとなる筈だったヴァイスとフューリズの婚礼の儀は、ヴァイスの死亡により取り止めとなった。
 
 王城は目まぐるしく変わる状況に、皆が対応に追われていた。
 そんな中、フェルディナンは失った息子を悼む暇もなく、今後どうするかを考えていた。

 とにかく、まずは慈愛の女神の生まれ変わりが何処にいるのか探し出す事が先決だと思われた。
 フェルディナンはブルクハルトとナギラス、リシャルトと共に応接室に移動し、ナギラスに慈愛の女神の生まれ変わりの行方を問いただす。それにはブルクハルトも前のめりになっていた。


「まずは早急に本物の慈愛の女神の生まれ変わりを探し出さねばならぬ。何か手掛かり等は無いのか?」

「気配は……感じます……」

「なに?! ではこの近くにいると言うのか?!」

「恐らく……腕輪が壊れた時、溢れ出す力を感じました」

「それはフューリズのものではなく、か?」

「えぇ……そんな邪悪なものではありません。優しく慈愛に満ちた力です。リシャルトも何か感じませんか?」

「感じます……この王城の何処かにいるかと思われます」

「ここに?! こんなに近くにいたのか?!」


 すぐにルドルフを呼び寄せ、王城にいる黒髪と黒い瞳の少女を探し出すように伝える。
 そして、それはすぐに見つかった。

 フューリズの腕輪が壊れた頃、ゴミの収集に慌ただしく働いていたウルスラの左足首に嵌められた足輪が突然音を立てて割れ、地面に落ちたのだ。

 物心ついた頃からあったそれは、呆気なく壊れてウルスラから離れていった。突然の事に思わず立ち竦んでいると、体の中から力が漲る感じがする。

 その状態に困惑し、ウルスラは暫くその場から動けずにいた。
 何が起こったのか。考えても分からない。けれど、何かが起こったのは分かる。
 そしてこうなって初めて、ずっと何かに押さえつけられていたと知る。

 この足輪は奴隷だという証拠であり、恐らくエルヴィラが着けた物であると、ウルスラは何となく分かっていた。そして足輪が壊れた瞬間に力が漲るような感じがするのだから、意図的にエルヴィラが力を押さえていたのだと考えられる。

 そんなに憎まれていたのか……

 その答えにたどり着き、ウルスラは悲しくなった。分かっていたとは言え、実感するとその悲しみは胸を苦しくさせる。
 唇をギュッとつぐみ、下を向く。こんな事にいちいち傷ついてちゃいけない。きっとお母さんにも何か理由がある筈だ。そう思い直して前を向く。

 なぜ壊れたかは分からないけれど、これはお母さんが自分に残してくれた物である事に変わりはない。そう思って壊れた足輪を拾って手に取り、それを包み込むようにして胸に抱く。

 それから深呼吸をして、気を取り直す。

 自分がどうなろうと、する事に変わりはない。だからゴミの処理をしなくては。ウルスラはすぐにまた仕事をはじめた。

 暫く一人で焼却炉でゴミを燃やしていたら、そこに貴族と思われる人達がやって来た。

 
「この娘、が……?」

「はい、そうです。慈愛の女神の生まれ変わりはこの人です」

「ロシェル……に……似て……」

「え……あ、あの、どうした、ですか?」


 明らかに高位の貴族か王族と思われる出で立ちでいる人物に、ウルスラは驚きを隠せなかった。なぜこんな所にいるのか、自分の前にいるのかさっぱり分からなかったからだ。

 狼狽えるウルスラを見て、ブルクハルトは我が娘だと確信した。若かりし頃のロシェルに雰囲気がそっくりだった。
 僅かばかりの記憶にあった、ロシェルの鼻と口元が似た赤子は、やはり成長しても同じであって、目元は自分に似ているとブルクハルトは思った。

 あの時感じた愛しさが、フューリズには感じられなかった愛しさが胸に湧く。
 フューリズを娘だと思うからこそ愛そうと思った。自分を慕う姿は健気だとも思った。しかし、素直に心から愛せていたのかと言われればそうではないと、今なら言えると感じた。こんなに自然に愛しいと思える存在を目にすれば、無理に愛そうとしていたのはなんだったのかと思えた程だったのだ。

 フェルディナンもまた、ウルスラを見てこの娘こそが慈愛の女神の生まれ変わりだと思った。

 フューリズとは放たれる雰囲気というかオーラというか、そういうものが全く違うのだ。
 優しく包み込まれるような、そんな感じがする。ずっと見ていたい、声を聞いていたい、そう感じてしまうのだ。

 しかしウルスラの身なりを見て、フェルディナンは表情を強張らせた。
 あまり食べられていなかったのか痩せていて、ゴミを取り扱っていたからか服は所々破れているし、見える所には痣や切り傷の痕が至る所にあった。
 
 そんな姿に驚き、そして戸惑った。慈愛の女神の生まれ変わりは幸せを感じなければならない。なのにこんな姿で、こんな所で働かされていたとは、なんたる事かと怒りが湧いてきた。

 すぐにここの担当を呼び寄せ、事情を説明させる。ウルスラの上司である担当者は騎士に取り押さえられた状態で連れて来られた。そしてウルスラを見て、髪の色と瞳の色が変わっていることに驚いた。


「お前がこの者にこのような過酷な仕事を強いておったのか?」

「え?! あ、いや、その……きょ、強制では、ありませんっ!」

「見てみよ! 痩せて体の至る所に傷があるではないか! 暴力があったのではないか?!」

「それはございません! 断じてそのような事はっ!」

「もうよい! この者を牢獄にでも入れてしまえ!」

「ええっ! そんなっ!!」

「ちょ、ちょっと待って、ください!」

「もう大丈夫だ。今までご苦労されたようだが、これからはそなたを守るのでな」

「苦労だなんて! 私は好きでこの仕事をしてるです! 誰にも強制されたりしてないです!」

「この仕事を好きで……?」

「だから誰も悪くないです! 皆良くしてくれたです! 捕まえないで欲しいです!」

「なんと……ではその傷は……」

「これくらい何ともないです! 大丈夫です! だから誰も処分したりしないでください!」

「そうなのだな……ではそなたの言うとおりにしよう。その者を離せ」

「は!」


 言われて騎士は担当者を解放した。ホッとした表情で担当者はウルスラを見る。それを見て安心したウルスラは微笑んだ。
 その微笑みを見て、そこにいた人達は動けなくなる。

 その微笑みは柔らかく優しく包み込むようで、自分を癒してくれているように感じ、一瞬で幸せな気持ちになったのだ。


「まさか……これ程とは……間違いない……彼女こそ本物の慈愛の女神の生まれ変わりぞ……!」

「あぁ……本当に……これが我が娘……」

「娘?」

「君の父親だよ……名前はなんと言うんだい?」

「ウルスラ……」

「ウルスラ……今まですまなかった……!」


 ブルクハルトはそう言って涙を流し、ウルスラを抱き寄せた。知らないおじさんにそうされてウルスラは戸惑ったが、父親だと言うそのおじさんを無下には出来ないのでされるがままにしていた。

 しかし、慈愛の女神の生まれ変わりとはどういう事なんだろう? ウルスラは言われている事がいまいちよく分かっていなかった。なんでこんな凄い人達が自分に会いにくるのかも分からなかった。

 これからゴミの処理は出来なくなるのかな……堆肥はどうしようかな……そんな事を一人考えていたのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...