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リノの道程 6
しおりを挟むシェリトス王国の剣豪『ブラッディ・ローズ』を討ったと言う話題だけが一気に巷に溢れていった。
その立役者として名を挙げられたのがヴィルヘルム・ジョルジュ辺境伯。
そうやって勝手に祭り上げられてしまったのだが、私は暫く自室にこもりっぱなしになっていた。何をするにも力が出ない。やる気が起きない。無気力な状態で日々を過ごす。
幾度と涙を流してもそれは枯れる事はない。この年になってこんな事に初めて気づく。
エスメラルダ様からは叱責を毎日のように受けるが、それすらもどうでもいい。何も心に響かない。
執事や侍女、侍従達が心配してくれているのは分かるが、ただ煩わしいだけだった。
領主として、辺境伯の当主として働かなければならないし、まだ戦争は終わっていない。やることはあり過ぎるのに、何をする気にもなれない。
そんな日々を送っていた私に、出陣命令が国王から下された。王命であれば、それに抗う事はできない。それでもやる気を見せない私に、侍従が何とか奮い立たせようとするも、誰の言葉も耳には届かない。
無理矢理連れ出されるようにして、私は戦場へとやって来た。
ここで死んでもいいかも知れない。サラサのいないこの世に未練などないのだから。そう思うと、何だかスッキリとした気持ちになった。そうだ、それでいいのだ。文字通り、死ぬ気で戦えばいいのだ。
開戦されると同時に、私は戦略等は全く気にしないで意気揚々と単騎で前に進み出た。
目の前には数多の敵軍。さぁ、殺すなら殺すがいい。だが、サラサにした事を忘れはしない。あんなに酷い拷問をしたこの国の奴等を簡単には許さない。
向かってくる敵に容赦なく剣を奮っていく。矢がいくつも自分に向かって飛んでくるが、それらを結界により弾いていく。剣を振り続けながら魔法を放っていく。こんなふうに瞬時に魔法を構築できるのは、サラサの魔力のお陰なのだろう。
サラサの力をこの身に感じる。まるでサラサに包まれているようだ。
あぁ、そうか。サラサ、君が私を守ってくれているんだね。こんなバカで愚かな私を守るなんて、君はどうしてそんなにも優しくいられたのだろうか。
強く優しく可憐で美しい、私の愛しい人。
その力をこの身をもって実感できる。サラサの力を得た私は、向かうところ敵なし状態となっていた。
結界が崩れて矢がこの体を貫こうとも、私は何故か死ななかった。何人もの剣を受け、傷付けられ、魔法を浴びても、私の体はすぐに回復した。
それを見た敵は、私の事を化け物だと恐れおののいた。
それは自分でも不思議に感じた。傷つけられれば痛みもする。だが、すぐにその傷は修復されるように無くなっていくのだ。
これはサラサの力がそうさせているのか?
驚き戸惑いながらも、剣を振るう手は止まらなかった。広範囲に魔法陣を構築すると、一瞬にして雷に感電させられたように敵はバタバタと倒れていった。こんな強力で膨大な雷魔法を呆気なく構築できるようにもなったし、多量に魔力を使ったにも関わらず、まだ魔力が尽きる事もない。
サラサ……君は私には何を残してくれたんだ……
気づけば向かってくる敵はいなくなっていた。恐れをなして逃げ出したか、私が蹂躙したかだった。
あちこちに自身の体に傷つけられた痕跡は残っている。衣服は敗れ、鎧も傷ついている。だが体に傷は残っていなかった。
単騎で帰ってきた私を見て、自軍の者達でさえ、恐ろしい化け物でも見るような目を向けてきた。しかしそんな事は気にならなかった。これはサラサが私に残してくれた力なのだから。
それからも幾度となく戦場に赴いたが、私が殺される事はなく、そして敗北する事もなかった。
そうして私は英雄と称え上げられ、敗戦続きのシェリトス王国は観念したように白旗を掲げたのだった。
私の地位は揺るがないものとなった。エスメラルダ様でさえ、私にはもう何も言えなくなっていた。
そうなっても虚しいだけだった。こうなる事が目標だった。誰に何も言われない立場となり、サラサを堂々と迎えに行けるようになる事が私のやるべき事だと、そう思っていたのだから。だがそれは無意味なものとなってしまった。
まだ戦争で荒れた街や村はあるが、それでもやっと戦争が終わり平和になったと人々は歓喜した。しかし、身内を失った者は悲しみに暮れる日々が続く。それは私も同じだった。ただ一つ違ったのは、自分自身が最愛の人を手にかけてしまったと言うことだった。
平和に時は過ぎていく。
街は復興し、人々に笑顔が戻ってきた。経済も発展し、活気が戻ってきた。もちろん、そうなるように私も尽力した。悲しみに暮れる人々の気持ちは誰よりも分かるつもりだから。
そうして気づく。私は死なない。いや、死ねない事に。あれから幾年経とうとも、私の姿は老いる事はなくなった。
これはサラサを葬った私の罰なのかも知れない。あの世でサラサに会う事も許されないのだから。
だが、これが罰だと言うのなら、それを私は快く受け入れよう。サラサがこの身に残してくれたものなのだ。愛おしく思わない訳がない。
私が不老不死だと言うことは、少しずつ少しずつ周りに広がっていった。皆が老いていく中、私はいつまでも若い頃のままの姿なのだから、聞かれずとも知れ渡っていったのだ。
断り続けていた数多の縁談も、徐々に無くなっていった。誰しもが自分だけが老いていく姿を見られたくはない。女性なら尚更だ。
そうして私は一人生き続けていく。エスメラルダ様も老衰で亡くなった。長年仕えてくれていた執事も侍従も、私を置いてこの世を去った。私だけがいつまでもこのままで、この地に居続ける事となった。
それも仕方がない。これは罰なのだから。
最愛の人を葬ってしまった罰なのだから。
あれから何年経っただろうか。随分長く生きていたような気もするし、ほんの僅かな日々だったような気もする。ただ、サラサとの日々は昨日の事のように思い出せて、サラサと過ごしたあの頃を思い巡らせている時だけが、私の心は安らいでいくのだ。
そんなある日、街に偵察に行った時の事。
時々各地を巡っては、その街や村の情勢を確認し、税収の見直しや治安等を見定めているのだが、私はその日もそうやって偵察で街中を馬でゆっくりと見渡していた。
その時突然子供が私の前に飛び出してきたのだ。
驚いて馬を止める。侍従は前に出て、その子供をつまみ出そうとするが、その子を見て私は驚きで言葉が出なくなった。
その子は幼い頃のサラサにソックリだったのだ。
服はボロ布を繋いだような物を身につけ、ガリガリに痩せていた。明らかに路上で生活しているようなその様を見て、通常ならば孤児院に連れていくのだが……
その子は自分を雇って欲しいと懇願したのだ。食べ物や金を求めるのではなく、連れて行って欲しいと涙を見せながら訴えたのだ。
馬から降り、片膝をついてその子と目線を合わせる。
見れば見るほど、サラサに思えてくる。髪は短く帽子を被ってはいたが、僅かに見える髪色は黒かった。これで髪が深紅であれば、サラサの生まれ変わりだと思ってしまったのかも知れない。
いや、そんな事を考えてはいけない。そんな事はあり得ない。ただ似てるからと言って、サラサだと決めつけるような事を思ってはいけない。
その子は男の子のように振る舞ってはいたが、女の子だとすぐに分かった。こんな幼い女の子が一人でこんな所でいるなんて、危険にも程がある。
「君の名前は?」
「え……っと……その……」
「言えないのかな?」
「わか、りません……」
「名前が分からないのかな?」
「はい……」
「そうか……なら今日から君をサラサと呼ぼう」
「えっ!?」
「おいで、サラサ。雇えと言うのならそうしよう。私の邸で働くといい」
侍従が止めるのも気にせずに、瞳に浮かんだ涙を拭い小さな手を取り、私の馬にサラサを乗せた。
小さな小さな女の子。
この子はあのサラサではない。それは分かっている。
だけど、この子を私の手元に置いておきたかった。傍にいて欲しいと思ったのだ。
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