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第六章
大変だった
しおりを挟むオルギアン帝国へ向かう馬車の中で、俺はジルドに留守中の状況を確認する。
それから、ゾランと共に空間移動で一足先にオルギアン帝国の自室に戻る。
まだ体が痛むが、きっと仕事が溜まっている筈だ。
休む様に言うゾランに、様子を見るだけだからと執務室に行く。
そこにはやつれたカルレスが、目の下にクマを作って朦朧とした状態で仕事をしていた。
「カルレス!大丈夫か?!」
「……リドディルク…様……?あれ……?幻覚……?こんなに早く帰って来られる筈は……」
「しっかりしろ!カルレス、すまなかった!代わるから休んでくれ!ゾラン、カルレスを部屋で休ませる様に!」
「あ、はい!」
ゾランがフラフラなカルレスを支えて部屋を出ていく。
俺の代わりに働きづめだったんだろうな。
申し訳ない……
溜まった書類に目を通して、一つずつ確認しながら処理していく。
またこの生活が始まるんだな……
アシュリーといた日々はあっという間で、今まであんなに幸せを感じた事は無かった。
ずっとこの腕の中に抱いていたくて、離れてしまう事の方が不思議に思えてならなかった。
赤子の時に離されてから……
きっと俺は、ずっとアシュリーがこの手に戻って来るのを待っていたんだな……
扉がノックされて、ゾランが帰ってきた。
「リドディルク様、カルレスを部屋で休ませて来ました。ここ数日、ほぼ徹夜で仕事をしていた様です。」
「そんなに無理をさせていたんだな……当分カルレスを休ませてやってくれるか。」
「畏まりました。しかし、それではリドディルク様にまた負担がかかってしまいます。……他にこの業務につけるものを選出致します。」
「ゾランの事は信用しているが、あまり無理に探さなくても構わないぞ?」
「いえ、元からお一人で抱えるお仕事の量ではありませんからね。聡く、リドディルク様の信用を得られる者を、こちらでご用意致します。それまで暫くは我慢して頂く事になります。申し訳ありません。」
「謝る必要等ない。ではその件はゾランに任せた。それから、早急にしなければいけない事がある。」
「はい、第2皇子レンナルトとヴェストベリ公爵の事ですね。」
「そうだ。」
「既に証拠は有り余る程です。書状を法院に送り、令状を発行させます。その後、執行部と調整を。」
「それから……」
「アクシタス国には既に使者に書状を送らせております。今回の件、上手くいけば……」
「そうだな。アクシタス国を属国に、そうでなくても友好を結ぶことは容易くなる。」
「この帝国に……リドディルク様に刃向かえばどうなるか、分かって頂かなくてはいけません。」
「案外恐ろしい事を考えるんだな。ゾラン。」
「当然の事です!リドディルク様が優しすぎるんです!」
「そんな事はないがな。あと、気になっている事がもう一つある。」
「……レオポルド皇子殺害についてですか?」
「ゾランは俺の考えている事は何でも分かるんだな。」
「いえ、そんな事は……」
「まぁ、この事はゾランにも疑問が残っただろうからな。父上には事前にレンナルトとヴェストベリ公爵の事は伝えていた。なのに、何の対策も取らずにいたとは、普通では考えられない。何かあるかも知れない。それを調べて欲しい。」
「ではその件を探ります。」
「帰って来て早々に悪いな。」
「リドディルク様も休まずに働いていらっしゃるじゃないですか。まだ本調子でもないでしょうに。」
「随分と調子は良くなったんだ。アシュリーがいると、体が凄く楽になるんだ。」
「……リドディルク様があんなに楽しそうに……幸せそうにされているところを見たのは初めてでした……」
「そうか?」
「できれば……アシュリーさんにはこの帝城に……リドディルク様の傍にいて貰いたいですが……」
「そうすれば、俺の仕事が捗る……か?」
「いえ、そう言う事ではなく……」
「分かっている……しかし、なかなか思うようにはいかないものだな。」
「そうですね……」
「ゾランには今回邪魔ばかりされたがな。」
「え?!あ、それは!申し訳ありませんでした!!」
「ハハハ!冗談だ!気にするな!」
「冗談とは思えませんが……!」
「半分本気だ。では諸々の事を頼む。」
「え……あ、はい……」
ゾランが出ていくと、入れ替わるようにミーシャがやって来た。
「おかえりなさいませ!リディ様!」
「ミーシャ、今日も元気で何よりだ。」
「お会い出来なくて寂しかったです!」
「お前が会いたかったのはゾランだろう?」
「えっ!?な、何を仰っているんですか?!」
「今回のグリオルド国への訪問には、ミーシャは見習いだから連れて行けなかったが、ゾランも寂しそうにしていたぞ?」
「え?!それは本当ですか!?」
「さぁ、どうだろうな?」
「もう!からかわないで下さいっ!怒りますよっ!プンプン!」
「……お茶を入れてくれないのか?」
「あ!すみません!只今っ!」
いつもの調子に微笑みながら、また書類と格闘する。
お茶と軽食の用意をしながら、ミーシャは不思議そうに俺を見る。
「リディ様、何か良いことでもありましたか?」
「ん?何故だ?」
「お顔がなんだか穏やかになりました。」
「そんなに俺は険しい顔ばかりしていたか?」
「いえ、そうではないんですが……身に纏うオーラと言いますか……それが凄く優しくなっています。」
「そうか……」
「リディ様の心が穏やかになったのなら、今回の旅は良いことがあったんでしょうね!」
「そうだな。幸せを感じた日々だったよ。」
「それは良かったです!」
ミーシャの、まだあまり上手く入れられてないお茶を飲みながら、一つ一つアシュリーの事を思い出して行く。
闇の力を借りたアシュリー。
その力は計り知れなかった。
まだどんな力を持っているのか、全貌は明らかになっていないだろうが、それでも、分かっているだけでもあの力はとんでもない力だ。
それに……
魅了の力……
本来、俺には魅了は効かない。
俺にはある程度の状態異常を回避する力がある。
だから、少々の毒にも侵されないし、強力な石化や麻痺の効果でなければ、俺は害されない。
なのに、アシュリーが光の力を抑制した途端に歯止めが効かなくなってしまった。
魅了をさせる、と分かった上で、こちらも用意していたのにも関わらず、だ。
あの力を何の耐性もない者が受けてしまったら、思い通りに操る事は容易く出来てしまうだろう。
しかし、そのコントロールをするのに、何度か練習をして慣れて行かなければいけないだろう。
じゃなければ、俺がアシュリーの事しか考えられなくなって歯止めが聞かなくなった時に、アシュリーはそんな俺を止められなくなる事は無かった筈なんだ。
まだ闇の力をコントロールする迄に至っていないようだが、それを自分のモノにした時、アシュリーの力は……存在は……とんでもない事になる筈だ。
なるべく使ってほしくはない力だな……
それでも、闇の力を得たアシュリーは美しかった。
見つめられただけで動けなくなる程に、魅力的で妖艶で……
いつものアシュリーとはまた違って、心を全て奪い尽くされそうな感じがした……
なんにせよ
もう既に俺の心は全て、アシュリーに奪われているんだろうけどな……
それにしても、アシュリーに依頼を出した者が誰なのか、何の意図があってそうしたのか、未だ分からない状態だ。
こんなに依頼元を手繰れないのは何故だ?
……何か嫌な予感がする……
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