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閑話
ミーシャの事情2
しおりを挟む初めて見たとき、そのあまりに酷い姿に、僕は何も言えずに動けなくなってしまったんだ。
それは情勢調査で各地を巡り、その街や村に合った税収がされているかの確認を、僕が先導しておこなっていた時だった。
これは国からの調査じゃなく、僕のご主人様であるリドディルク様が独自に調べていた事で、僕を含む10人で調査に赴く事になったんだ。
リドディルク様は、いきなりフラリと何処かに行って旅人の様にあちこちを巡っては、その街や村を見て、気になる事や不具合な所等を確認し、各地を治めている者の目が行き届いているか、不正は無いか等を調べたりされていた。
リドディルク様は役職に就かれている訳では無かったが、この国を良くする為に、小さな街や村にも目を向けられていたのだ。
そんな調査で訪れた、とある山間の小さな村にその子はいた。
村長にこの村の現状を聞き、家や畑を見て収益と税収額を確認していた時だった。
小さな女の子が男に胸元を掴まれて、地面に投げられていたんだ。
なぜそんな事をするのかと驚いて、その子の元まで行って抱き起こす。
その子はとても軽かった。
ボロボロの服を着て、見える所全てに生傷があり、ガリガリに痩せていた。
寒い時期だと言うのに靴も履かずに、殴られた様な痕が顔にもあり、片目が腫れあがっていた。
こんな小さな子が、こんな姿でいる事に驚いたのもそうだが、あまりにも酷い状態を見て、何も言えずについ見詰めてしまったんだ。
「ごめ……なさ……い……ごめ……なさ……ごめ……」
何度も僕に頭を下げて、辿々しく言うその子が痛々しくて、思わず抱き締めてしまった。
そうすると、その子は震え出した。
よっぽど酷い目にあってきたのだろう……
すぐに村長に確認する。
それから親の元へ案内して貰う。
親は明らかにこの子の面倒をきちんと見ていない。
食事もロクに与えずに、毎日の様に暴力を振るっている。
それは見てすぐに分かった事だが、親はそれを当然の様に認めない。
この子を雇うと言う名目で、提示してきた金額より多めに金を渡し、この子を引き取る事にした。
勝手に決めてしまった事だが、きっとリドディルク様は許してくれる筈だ。
何がなんだか分かっていない状態だったこの子に、名前を聞いてみる。
しかし、名前は無い、と言った。
この子は名前もつけて貰えなかったんだ……!
だから僕が名前をつけた。
強く勇気があり、高潔である大天使ミカエルの名前を貰い、ミーシャと名付けた。
しかしミーシャは、自分は髪が赤いから悪魔の子だと言う。
そう言われて、この子は謂われもない暴力を受けてきていたのだと、その時に理解した。
急遽予定を変更し、邸に連れて帰る。
ミーシャは常に不安そうにオドオドしていた。
無理もない。
今まで酷い事ばかりされてきたんだから……
使用人達に事情を説明し、まずは風呂に入れてあげる。
洗ってあげたメイドは、身体中にある傷と痣、骨と皮しかない痩せ細った体を見て、涙を流していた。
食事を与えると、お腹が空いている筈なのに、全く手をつけようともしない。
そして、伺う様に周りを見る。
食べていいよ、と伝えると、やっとゆっくり手を動かしてパンを口に運ぶ。
一口食べた瞬間、ミーシャは涙を流した。
その姿に堪らなくなって、頭を撫でようと手を伸ばした時、僕の手から逃れる様に椅子から転げ落ちて、頭を庇って僕に、泣いてごめんなさいと謝る。
その後も、誰かが側に寄ると、ミーシャは怯えて自分の体を庇う。
それにふと気づくと、部屋の隅に膝を抱えてうずくまっている。
側に寄ると、ごめんなさいと言って震える。
特に男が近くを通ると、極端に警戒する。
夜も眠れずに、1、2時間に一度は目を覚まし、周りを見て身の安全を確認する。
この子は今まで、一体どれだけの事をされて来たんだ……!
ミーシャのこんな状態を見る度に、悲痛な思いが胸を埋め尽くす……
数日後、リドディルク様が旅から帰って来られたので、すぐにミーシャの事を伝え、会って頂く事にする。
リドディルク様は人の感情が読めてしまうので、ミーシャがどうやって今まで育って来たのかが分かったのだろう。
しかし、思ったよりも酷い事をされていたのが分かった。
こんなに小さな体で、生きているのも不思議な位に痩せ細ってボロボロな体なのに、そんなミーシャを村の男達は性処理の道具として扱っていたんだ……!
だから男が側に寄ると、あんなに警戒していたのか……
リドディルク様は、そんなミーシャから恐怖の感情を取り除く。
しかし、全てを取り除く前に、口から血を流して倒れそうになってしまった。
すぐに医師を呼んで処置をして貰う。
ミーシャにも、なぜリドディルク様がそうなったのを説明し、今後同じ様な事になったら助ける様に言った。
ミーシャは不思議そうな顔をしながら、ゆっくりと頷いた。
恐怖の感情を取り除いて貰ってから、側に人が近づいても、ミーシャは体を庇う事は無くなった。
しかし男が近づくと、まだ体を硬直させて動けなくなる。
そんなミーシャだが、僕には警戒しない。
だから、ミーシャが不安そうな時は、僕は彼女を抱き締めたんだ。
きっと今まで、人の温もりを知らなかったんだろう。
抱き締めると、いつもミーシャは不思議そうな顔をして僕を見ていたんだ。
それから少しずつ少しずつ……
ミーシャはここでの生活にも慣れてきて、食事も毎日食べられる様になったからか、まだ痩せてはいたけれど体も肉付いてきたし、リドディルク様が会う度に恐怖を取り除いて下さったから、人を怖がる事が少なくなっていった。
言葉も辿々しかったのを、発音から教えていって、どんな事でも口に出して話す様に指導した。
読み書きと計算が出来るように、専門の先生を呼び勉強させた。
メイド見習いとして、出来る事から仕事をさせていくと、少し笑う様にもなってきた。
ミーシャの笑顔を初めて見た時は、僕は不覚にも泣いてしまったんだ。
上手く出来なくても、ミーシャは何をするにも一生懸命取り組んでいた。
少しずつ、笑顔が増えてきて、少しずつ言葉が増えてきて、誰にでも話が出来るまでになっていった。
しかしまだ、邸の外に連れ出そうとすると、恐怖に顔を強張らせる。
一度帝都に連れ出した事があったが、人とすれ違う度に震えて動けなくなっていた。
それからは、この邸から外へ出る事を極端に嫌がった。
それでも、少しずつミーシャは今までの事を克服していった。
ミーシャの本来の性格は、素直で明るく元気な女の子だったんだ。
本来の姿に戻れたのは、リドディルク様の力のお陰が大きく、取り巻く環境も、皆がミーシャを暖かく見守っていたから、そうなっていけたんだろう。
もう僕が抱き締めなくても、全く問題ないくらいにまでに成長していったんだ。
それには少し寂しい気持ちになったけれど、元気になれたミーシャを見てるのが、今の僕が一番安心出来る時なんだ。
ミーシャ
君はとても素敵な女の子になった。
それは僕の誇りでもあるんだよ。
だからこれからもずっと、僕がミーシャの笑顔を守り続ける事を約束する。
応援ありがとうございます!
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