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閑話
ミーシャの事情8
しおりを挟む泣きながら休憩室へ戻る。
もう何度目だろうか。
こんな風に自分の気持ちを制御できなくて、思ったまんまの態度をとってしまって……
自分自身に嫌気が差す。
涙を拭いながら歩いていると、リディ様が向こうからやって来た。
慌てて笑顔を作って、何でもない振りをする。
「どうしたミーシャ、ゾランと喧嘩でもしたか?」
「……なんでいつもリディ様には分かってしまうんですか……」
「俺は感情が読めるからな。」
「本当か冗談か分からないです……」
「本当だぞ?今も、ミーシャの悲しい気持ちが届いたから、ここまでやって来たんだ。」
「またそんな事を……」
「思っても なかった事を、つい言ってしまったか……?」
「……はい……」
リディ様にそう言うと、また私を包み込む様に抱き締めてくれる……
そうされると、また勝手に涙が出てきた……
すると、耳元でリディ様が呟いた。
「そのまま何も言わずにじっとしていろ。」
そう言われたので、言われた通りに黙ってじっとしていると、リディ様が私の顎を手で上げて、それから顔をすぐ近くまで寄せてきて、私の唇に唇を合わせようとしてきた……!
驚いたけれど、リディ様が何も言わずにじっとしていろって言ったので、言われたままに固まった様に動かずにしていた。
リディ様は唇を合わせる事なく、ギリギリの所で止めていた。
何なんだろうって思っていたら、後ろで何かが落ちる音がした。
その音に驚いて振り返ると、そこにはゾラン様が、持っていた書類を床に落として立ち尽くしていたんだ。
ビックリしてリディ様から離れようとしたら、リディ様が私を後ろから抱き締めた。
「リドディルク様っ!ミーシャとなにを……っ!」
「あぁ、見てしまったか?アシュリーとなかなか会えないのでな。ミーシャに代わりになって貰っていたところだ。」
「なんて事をするんですっ!ミーシャにそんな事っ!」
「ミーシャはもう成人しているぞ?俺もいつまでもアシュリーだけを待っているのは寂しいのでな。ミーシャを側室にでも据えようかと考えている。」
「なっ!なんでそんな事をっ!リドディルク様っ!ご自分が何を言っているのか分かっているんですか?!」
「当然だ。ミーシャもこんなに綺麗に成長した。俺の側室にするのに、何か問題でもあるのか?」
「でもっ!まだミーシャは身体も小さくて……っ!まだ呆気なさが残る少女ですっ!他にも女性はいっぱいいるじゃないですか!何故ミーシャなんですか!」
「では聞くが、何故ミーシャじゃダメなんだ?」
「ダ、ダメとか……そうではありませんが……!」
「なら何も問題はないだろう?」
「リドディルク様が良くてもっ!ミーシャの気持ちも考えて下さい!ミーシャはダミアと、その、付き合っているみたいですしっ!」
「そうなのか?ミーシャ?」
「いえ……私はダミアと付き合ってません。落ち込んだ私を励ましてくれて抱き寄せられていた所を、ゾラン様が見て誤解されたんです……」
「なら何も問題はないな。それで構わないか?ミーシャ。」
「リディ様が……そう仰るのなら……」
「ちょっ……!待って!ミーシャ!そんな簡単に答えを出しても良いのか!?」
「私を救って下さったリディ様が私を求めていらっしゃるなら……私はそれに応じます。」
「いや、そうじゃないだろ!ミーシャの気持ちはどうなんだ!?リドディルク様を好きなのか?!」
「私は……私が好きなのは……」
「ゾラン、合意の上だ。何も問題はあるまい?それとも、止める理由が他にあるのか?」
「そ、それは……」
「なければこれでこの話は終わりだ。今から少し休憩する。カルレスにそう言っておけ。」
そう言うと、リディ様が私を抱き上げた。
いわゆる、お姫様抱っこだ!
「きゃっ……リディ様っ!」
「大人しくしていろ。悪いようにはしない。」
耳元でまた、囁く様に言われた。
しかしその状態を見れば、リディ様が私の頬にキスをしている様に見える……
リディ様のその態度に、何をされたいのかが分からなくてドキドキするけれど、私は言われた通りに大人しくしていることにした。
「リドディルク様っ!」
言うなり、ゾラン様がリディ様から私を奪うように抱き寄せてきた。
「何をしている?ゾラン。」
「リドディルク様こそ、何をしようとしていたんですか!ミーシャを……ミーシャを良いように扱わないで下さいっ!」
「お前は誰にそんな事を言っているのか、分かっているのか!」
「分かっています!私の尊敬する主君に申し上げておりますっ!でもっ!ミーシャを傷付ける事は、誰であろうと許せないんですっ!」
「さっきお前もミーシャを傷付けたんではないか?!ミーシャの気持ちも考えずに、体の良い言葉で自分の気持ちを誤魔化して、ミーシャを傷つけたのはゾランだろう?!」
「それは……っ!……そうです……私はミーシャが離れて行くのを寂しく感じながら、でもミーシャが幸せになれればそれで良いと思ってっ!自分の気持ちでミーシャを縛り付けてはいけないと思って……っ!」
「ゾランの気持ちとは何なんだ!」
「ミーシャの事が好きって事です!」
「え?」
「……え?」
「……だそうだ。ミーシャ。」
すると周りから拍手と喝采の声が鳴り響いた。
気付くと周りには、メイド達や料理人達、執事達と使用人達が集まってきていて、私達のやり取りを遠巻きに何事かと見ていたのだ。
「え……?え、なんですか…?あれ?」
「ゾラン様……っ!」
嬉しくて、また涙が溢れてきた。
ゾラン様は、なんでこうなった?みたいな顔をして唖然とされていた。
「全く……世話の焼ける。しかし、こんな三文芝居に騙されるとはな……安心しろ、ゾラン。ミーシャには何もしていない。俺はアシュリー一筋だ。」
「え?あの、リドディルク様?今のは…?」
「ゾラン。自分の気持ちに気付かない振りは、いい加減止めなくてはな。今後の事は二人で話し合え。ミーシャを安心させてやるんだぞ?」
「え……あ…はい……」
「さぁ、皆!持ち場に戻って仕事をしてくれ!」
リディ様がそう言うと、蜘蛛の子を散らすように皆、仕事に戻って行った。
残された私は、ただ、どうして良いか分からずに、その場に立ち尽くしていると、ゾラン様が私の手を取り、ゾラン様の自室へと連れて行った。
部屋に入ると、ゾラン様が大きくため息をついた。
「あ、あの、ゾラン様……その、なんだか……すみません……」
「ミーシャがなんで謝るの?」
「ですが……」
「僕がミーシャを傷付けてたんだね…ごめん…」
「いえっ!ゾラン様こそ、謝らないで下さい!」
「さっき……リドディルク様とミーシャが……その……キスをしていると思った時……僕は平常ではいられなかったんだ……その時初めて気付いた。僕は……ミーシャが好きなんだ。」
「ゾラン様……っ!」
「ごめん、いきなりこんな事、困るよな。気にしなくて良い。」
「気にしますっ!すっごい気にしますっ!私も……っ!」
「ミーシャ……?」
「……いえ……その……なんでもありません……」
「え?今何を言おうとして、何を思いつめたんだ?何を考えてる?」
「何も……」
「ミーシャ。僕には何でも言って欲しい。何を考えて、何を思っているのか。それがどんな事でも、僕は受け止めたい。」
「でも……」
「一人で考えないで……一緒に考えれば良いんじゃないかな?ミーシャがそんな気はなくて、僕を嫌いならどうしようもない事だけど……」
「嫌いなんて!そんな事には絶対にならないですっ!さっきはつい言ってしまったんですが……ゾラン様を本当に嫌いだと思った事は、一度もありません!私は……ゾラン様が好きです!」
「そう……か……良かった……やった……!」
ゾラン様はそう言いながら、私を抱き締めた。
「ゾラン様……」
「良かった……ありがとう、ミーシャ……」
「でも……」
「何を気にしてる?」
「私は……その……私の身体は……汚れています……」
「ミーシャ…!」
「村の男達に……私は弄ばれて……」
「汚れてなんかないっ!そんな事、関係ないっ!」
「そのせいで……私は……子供を産むことが出来ない身体になりました……そんな私が……ゾラン様となんて……っ!」
「もういい……!もう言わなくていい……そんな辛い事……自分の口から言う必要はない……」
「だって……」
「全部……知ってた……でも、僕にはそんな事、何の問題にもならなかった。そんな事……どうでも良かったんだ……」
「ゾラン様……」
「僕は気にしない。だからミーシャも、その事を気にしないで欲しい。それは難しい事かも知れないけど、僕が気にしていない事を分かって欲しい。」
「……ありがとうございます……」
「あ、ミーシャ、泣かないで!ごめんっ!」
「なんでゾラン様が謝るんですか……嬉しくて泣いてるのに……っ!」
「あ、そうか。……そうか……」
ゾラン様が私を強く抱き締めて、耳元で囁く様に聞いてきた。
「口づけしても……良い?」
「……女の子にそんな事は……聞いちゃいけないんですよ……」
「そうだね……分かった……」
ゾラン様が私を見て、頬に手をあてて、ゆっくり顔が近づいてきて……
ゾラン様の唇が私の唇に触れた……
優しい優しい……
それは触れるだけのキスだった……
でもそれは
今までの二人の関係を違うものにする
とても大きな出来事で
今までの嫌なこととか
辛かった思い出とか
全てがこの日の為にあったんだとしたら
その全部を私は受け入れる事ができる
そう思えるくらい
私は今一番幸せな女の子だと感じたんだ……
それからしばらく
私達はお互いの気持ちを確認するように
ただずっと抱き合っていた
私が私であることを
初めて良かったって思えたこの日の事を
私は一生忘れる事はできないだろう……
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