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そうであれば良かった
しおりを挟む何も聞きたくない。知りたくない。
そうやって耳を塞いで私は一人、そこから動けずにいた。
エリアスには私じゃない他の誰かがいた。
ディルクは私に攻撃してきた。
何が何だか分からない状態で、一人暗闇の中に佇んでいる。
誰からも愛されない。愛して貰えない。それはなんて悲しくて寂しくて虚しい事なんだろう。
そんな事を思うと、母に言われた言葉を思い出す。
私には幸せになる権利等ない。
人の幸せを奪っておいて、何故私は生き続けているのか。
何故生まれてきたのか。生まれて来なければ良かったのに。
人に不幸しか与えないのに、誰を救っているつもりなのか。
生きているだけで禍である存在の私に、生きている意味はあるのか。
何度も何度もそんな言葉が頭に浮かぶ。あれから母の声は聞こえない。けれど、母の言葉は根強く私の脳裏に刻まれている。
そうだね、お母さん。これが私がしてきた事の答えなんだね。だからこうなったんだね。お母さんの言う事はこう言う事だったんだね。
結局誰も救えなかった。
エリアスもリュカも。エリアスが守ってきた人々の生活を脅かす事しか出来ずに。私がいたから生まれ育った村は焼かれ、母は最愛の父と別れる事になって全て取り上げられて。
私がした事は、世界を守る為にエリアスが作り出した英雄のゴーレムを倒しただけだ。
私の存在はやはり、禍でしかなかった。
分かってる。ううん、分かってるつもりだった。けど分かっていなかった。でも漸く分かった。やっと分かった。
だからお願い。もうこれ以上責めないで。
私が悪いのは分かってるから。
今はお願い。私を責めないで。
まだ私の中にはリュカがいる。その存在だけは必ず守らなくちゃいけないから。まだ天に還せてない。還してあげなくちゃいけない。
でも……還したくない……
リュカがいなくなると、本当に私は一人になってしまう。何の意味も無くなってしまいそうになる。ううん、もう意味なんてものはないんだ。エリアスに拒まれた時から、私の存在する意味なんかないんだから。
リュカ、ごめんね? エリアスに会わせてあげると言ったのに。その為に強引に連れてきてしまったのに。
エリアス、ずっと一人にさせてごめんね? それから遅くなってごめん。貴方が幸せなのを祝福できなくてごめん……
ディルク、ごめん。きっと私の不甲斐なさに呆れたんだね。誰よりも優しかったディルクが怒るなんてよっぽどの事だったんだ。きっと私が悪いんだ。
お母さん、ごめんなさい。お母さんの言う通りだった。心の中ではいつも、お母さんの言葉を受け止めているつもりで否定していたんだ。そうじゃない。そんな事ないって。でも違った。私が間違ってた。お母さんが正しかった。
私には存在する意味なんかない。あるとしたら一つだけ。それはリュカを守ると言うことだけだ。
リュカ、こんな不甲斐ない母親でごめんね? でもまだ今は離したくないんだ。傍にいて欲しいんだ。私がここにいる理由を与えて欲しいんだ。
私のワガママに付き合わせてごめんね。
この体をリュカに渡せるならそれで良い。リュカとして産んであげる事が出来なくなって、天に還す事もまだ出来なくて、こんな私に閉じ込められたままじゃ可哀想だもの。私の代わりに生きてくれるのならそれで良い。
光が見えなくて、救いが見えなくて、私はただ私を否定する言葉から自分の身を守るように耳を塞いでいた。
そんな中で、微かな温もりを感じた。
それは肌で感じているのか、心で感じているのかは分からなかったけど、その僅かに感じた温もりを求めてその場から立ち上がり歩き出す。
そこはまた暗闇の中だった。ここが何処かは分からない。けれどさっきよりも暖かく、そこは優しい空気に包まれた場所だった。
私の傍には誰かがいた。私は何も見えない状態で、なぜここにいるのかさえ分かっていない状態だった。
けれど、見えなくて声を聞くことも出来ないその人の持つ空気に、何故か心が安らいでいく。
顔も見えないから表情も読めない。言葉も聞こえない。なのに、その人からは恐怖なんて微塵も感じなくて、暖かな感情が胸に響くように入ってくるようで……
自然とこの場所に馴染んでしまう自分がいる。
その人は男性で、一人で暮らしているそうだ。
彼の作ってくれたスープを口にして……
その温かさと味はエリアスを思い出させる。楽しかった思い出ばかりが脳裏に浮かぶ。
嫌な事や辛い事もいっぱいあった。だけど、それよりも浮かぶのはエリアスと笑い合った日々ばかりで……
そして、温かい食事がこんなにも胸に染み込む事にも驚いた。まだ私は食べる事を望んでいたのか。生きる事の意味さえ分からずに、体をリュカに渡してしまっても良いと思える程に自分自身の状況に投げやりになっていたのに。
それでもこの世にいたいと。まだ死にたくはないと思っていたと言うのか。
誰からも愛されず求められず、求めるモノは得られず何も無くなったのに、それでも生きる事を止めようとしない自分がいた事に驚く。
少しの安らぎに心を置いてしまいそうになる自分の弱さを恥じながら、それでも伸ばされた手を掴む事を止められない。
だけどその手は私の求めていた手ではない。
いつかは離さなくてはいけない。私が求めて良いモノ等何もないのだから。
けれど彼の手は優しくて。暖かくて大きくて、私を包み込んでくれるような、そんな手をしていて。
つい心がその手を求めてしまいそうになる。その暖かさに触れてみたくなる。
なんて愚かなのだろう。
すぐにそうやって優しい手を、優しい誰かを求めてしまうとは、なんて私は卑しいのだろうか。
こんな自分に苛立ちを覚える。そうして気づくと私はまた一人で暗闇の中に佇んでいる。
一人でいる事に慣れなくては。これからは一人で生きていくしかないのだから。こんな異能の力を持つ私が、この世界の平和を壊そうとした私が、他の誰かと共に暮らしていける等と考えてはいけないのだ。
そう思って一人、外界から孤立して自分の考えを改め直す。そうしなければならない。そうでなくてはならない。
なのに
またあの暖かさを求めてしまう。その暖かさに触れたくてどうしようもなくなってしまう。
自分の弱さに苛立ちながら、その暖かさに身を置きたくなるのを抑えられなくなりそうで。
何も分からない。聞こえない。見えない。だけど、この人が暖かくて優しい人だという事だけは分かる。
あぁ 貴方が
エリアスだったら良かったのに……
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