慟哭の先に

レクフル

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甘い罠

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 目の前にはアシュリーがいて、俺に笑いかけている。
 
 そうか、やっと誤解が解けたんだな。良かった。

 俺、アシュリーに会いたかったんだ。

 すごくすごく、会いたかったんだ。

 抱きしめるから。

 もう絶対離さないから。

 すぐに行くからな。

 アシュリー……

 

 けどアシュリー、なんで指輪してるんだ?

 俺が贈った指輪は壊れて無くなってしまっただろ?

 右手の指輪は、もう無い筈なんだ。

 それとも似た物を買ったって事か?

 腰に装備している剣……それ、アシュリーの剣だけど、俺はいつ返したっけ?

 俺がアシュリーに贈った剣は、アシュリーが400年前この世を去った時からずっと俺が持ったままで、まだアシュリーに返せてなかった……よな? 特注で作って貰った剣だから、滅多に似た物は手に入らねぇ筈だ、よ、な……?

 なんか可笑しい……

 あれは本当にアシュリーか?

 俺の好きな……アシュリーなの、か……?


「違、う……っ! アシュリーじゃ……ねぇっ!」


 グラグラしてる頭を振って、眼をしっかり開けて侵食しようとしていた術を跳ね返す! 

 そうやって見て、初めて気づく。

 俺の目の前には、醜悪な姿の魔物がいた事に。


「うわ! ビックリしたっ!」


 驚いて思わず飛び退こうとして、動けなくなっている事に気づく。
 木の蔦なんかが俺に絡み付いていたのだ。そりゃ簡単には動けねぇよな。

 体を発火させて、絡み付いた蔦を焼き切る。

 いや、これ蔦って思ってたけど違うな。魔物の触手……か?

 目の前にいた魔物の姿はすっげぇ不気味で、鼻っぽいのが長くあって、鱗っぽいのに体は覆われていて、蛸みてぇな眼をしてて、なんか全部が気持ち悪ぃっ!

 けどそれよりもなんか、異様な感じがする。すげぇ禍々しい気を放っているって感じだ。

 この感じ……昔に感じた事がある……

 そうだ……あれは400年以上前……

 アシュリーと俺の育った国、マルティノア教国へ行った時……そこは教皇が邪神に体を乗っ取られていて、国自体が可笑しな事になっていたんだった。そういや前までのこの国と似ていたな。

 え? 邪神……

 そうだ、邪神だ! 邪神に乗っ取られた教皇が、正にこんな禍々しい邪気と言うのか、そんなのを放ってやがった!

 コイツは祀られるような奴じゃねぇ…っ!

 邪神だ! 

 素早く剣を抜いて、一旦距離を取る。それから蛸みてぇな眼をしっかり見てやる。俺に対して何も仕掛けてこねぇのか? いや、違うな。俺を石にしようとしてやがる……
 けど良かった。俺には石化なんかの状態異常の耐性がある。だから石化しなくてすんでるんだ。

 そうか。コイツはそうやって石化させて魔力やらを吸い取ってるんだな。そしてここは石化した生け贄がこんなにあるんだ。

 しかも、この石化した生け贄達の魂は、まだその体にあるままだ。
 生きる事も、天に還る事も出来ず、石となり朽ちても尚、この場に居続けなきゃなんねぇって……っ!

 けどこの魂は幻術によって、自分が幸せだと思う夢を見せられている状態だ。だからここは幸せな感情がいっぱいあって、その感情に引き摺られて俺もここにいたくなった、という訳か……

 
「たちが悪ぃな……」


 目に見える攻撃はせず、体の自由を奪ってから脳を侵食させるようにして、徐々に魔力、能力、そして生命力を奪っていくのか。けど魂は天に還れず、何年も何十年も何百年も、ずっとこの場所に囚われたまま虚構の夢を見せられ続けているなんて……っ!


「そんなのが幸せなわけあるかっ!」


 雷魔法を放つ。感電させようとしたけれど、やっぱそう簡単には倒れてくんねぇな。コイツはほぼ動かず触手だけがウヨウヨしてる。
 俺に侵食しようと伸びてくる。それを炎で焼ききっていき、剣で斬りかかろうとしながらしっかり眼を見てコイツの能力を奪おうとする。

 
「アシュリー……リュカ……」


 突然目の前にアシュリーとリュカが現れた。

 思わず剣を止めてしまう。

 その瞬間、心臓に激痛が走る……!

 触手が胸に突き刺さったか!

 身体中から高温の炎を出して、その触手を焼き切る……!

 
「やべぇ……な……」


 俺の心臓はゆっくりと修復されるように回復していく。こんな事じゃ死なねぇけどな、痛ぇんだぞ?! 俺今、すっげぇ痛かったんだからな!

 しかし……
 
 さっきからコイツが醜悪な邪神って事は分かってる。倒さなきゃいけねぇのも分かってる。けど、そんな事はしたくなくなってきていて、段々攻撃の手を緩めていってしまいそうになる。

 そうするとまた目の前にアシュリーとリュカが現れる。二人は仲良さそうに笑い合ってて、俺を見て嬉しそうにする。
 思わずそこに行こうとしてしまうけれど、思い止まって自分に結界を張り、何とか後退る。

 ここにいたら可笑しくなりそうだ……幻術の耐性もある。けど、俺にそれが効かねぇんなら、誰がこの幻術に耐えれんだよ? 
 ダメだ……コイツを倒せねぇ……倒したくねぇ……っ!

 頭を振ってしっかり考えなおそうとするけれど、俺の目にはまだアシュリーとリュカが映ってんだよ。それに引き摺られそうになるのを何とか思い止まって、すぐに空間移動で洞穴の外へと戻って来た。一旦仕切り直しをしねぇと、あのままじゃこっちの神経がヤられてしまう……

 外には俺が張った結界に阻まれた村長達がまだいて、俺を見て驚いていた。
 
 俺は洞穴の周りに結界を張り、中へ入れないようにしてから、村長達の結界を解いた。そうするとすぐに村長は俺の元まで駆け寄って来る。



「エリアス殿! ご無事でしたか!」

「あぁ……何とかな……」
 
「良かったです! それで……何か分かりましたか?」

「あぁ……ここにいるのは神聖なる神とかじゃねぇ……邪神だった」

「邪神っ?!」

「そうだ。とにかくここは俺が何とかする。だからその子を帰してやってくんねぇかな?」

「しかし……」

「強力な魔物が出てきたら俺が倒すよ。ここと村にゴーレムを置いておくから、なんかあったらソイツ越しに伝えてくれ。そうでなくとも、すぐまた来るけどな」

「ゴーレム?」


 俺の言うことに不思議に思ったのか、村長が何かと聞いてくるので、目の前でゴーレムを作り出した。それには村人達がすっげえ驚いていた。土人形みたいなのは可愛くないからちゃんと人に見えるように施すと、村人達は何も言えずにただ茫然としていた。

 洞穴の前にも一体置いて、村長達と共に空間移動で村まで帰ってきた。

 突然村に戻って来れた事にも村人達は驚いて、俺の顔をマジマジと見つめている。そんな見んなよ。


「村長、頼むからこの子を家に帰してやってくれ。それと、この件は俺には任せてくんねぇかな? どうにか出来るようにしてみるから」

「貴方様は凄いお方だったのですね……貴方様なら何とかしてくれるかも知れません……! よろしくお願い致しますっ!」

「おう! 引き受けた!」


 深々と頭を下げる村人達と巫女の女の子。その女の子の頭を優しく撫でると、そっと顔を上げて俺を見る。俺がニッコリ笑うと、その子もようやく笑顔になれた。


「もう心配すんな? こんな事、二度とさせないようにするからな?」

「あ、り……がとう……ございます……!」

 
 そう言って女の子はボロボロ涙を流した。


「せっかく笑顔が見れたってのに、また泣いちゃダメじゃねぇか。ほら、笑えって!」


 膝を折って目線を合わして涙を拭ってから、両手で頬をつまんでムニッて頬を上げてやる。そうするとその子も俺の頬をムニッてしてきて、思わず二人で笑ってしまった。

 そうだ。それでいい。子供は笑っとかなきゃな。

 けどあの邪神……

 どうするか……

 とにかくアイツの事を調べねぇとな。

 マジで厄介な奴だ。

 けど、どうにかしなくちゃな。

 このままにはしておけねぇからな。

  


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