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公開処刑
しおりを挟む帝都エルディシルはオルギアン帝国の中心よりやや北側にある、何処よりも大きく煌びやかで華やかで、何処よりも住民は多かった。
店は貴族御用達のものから一般庶民が通う店まで多岐に渡って陳列しており、人々の生活は充実し活気が溢れている。
観光客も多く、何処よりも安全で治安がよく、何処よりも観光する場所に事欠かないと言われる程である。
その帝都の中央あたりに噴水のある広場はあり、噴水の周りを取り囲むようにベンチが置かれ、広場の外側には露店がズラリと並んでいて、店に入らずともここでゆったりと飲食が出来るようになっている。
謂わばここは憩いの場として使われる場所なのだ。
そんな場所に舞台が建てられた。
露店を開ける事は許されず、噴水の水は止められ、ベンチは撤去されている。広々とした何も無くなった広場に、何処からでも見えるように舞台は存在し、それが物々しい雰囲気を醸し出していた。
そこに今、帝都中の人達が来たんじゃないかと思われる程の人数が集まっている。
そして、何が起こるのかと皆が舞台を注視していた。
そこに司法官と思われる男が壇上に上がった。
集まった人々は今まで口々に話をしていたが、それが一気に静まり返る。
「これより、大罪人エリアスの処刑を行う! その者はインタラス国にて暴虐の限りを尽くし、人々を窮地に陥れ、国々に恐怖を与えた! その正気の沙汰とは思えぬ行為は赦されべからず、ここに断罪の場を設けた!」
聞いた人々はザワザワと口々に話し出す。幼い子供を抱えた母親は、その場から逃げ出すように去って行こうとし、興味のある者はよく見えないと前に行こうとする。
「この大罪人エリアスを懐柔し、そして使役していたのが現皇帝、ジョルディ皇帝陛下なり! その所業、糾弾に値するとなり、よってジョルディ皇帝陛下に断罪を下し、打ち首に処す事と相成った!」
その言葉に人々から悲鳴や動揺の声が響き、混乱しているのが感じられる。
そんな中、まだ言い終わらぬとばかりに司法官が大声で罪状を告げていく。それは各国で起こっている誘拐、強盗、恐喝、殺人等の未解決事件で、それらを全てこの大罪人の罪へと仕立て上げていく。その首謀者が現皇帝ジョルディの指示なのだと結論付けていった。
「こんな大舞台に仕上げてくれて、礼を言えば良いのか何なのか……」
思わず俺は口籠る。そして、俺の後ろの方で騎士に囲まれて捕らえられているジョルディをチラリと見遣った。
この場を目の当たりにしてもジョルディの目はギラギラとしていて、その意気に思わず笑みを溢してしまう。俺のその様子が見えたのか、ジョルディがニヤリと口角を上げた。
心配すんな。ジョルディは殺させねぇ。
俺はジョルディに体を纏うように超強力な結界を施した。これで外部からの攻撃であればどんな物であろうと防ぐ事が出来る。加えて猛毒耐性、状態異常耐性も付与させる。滅多なことでジョルディは死なない様にしておいた。
しかし、この場面をなるべく皆に忘れて貰いたいんだよなぁ……
俺は忘却の魔眼が使えるけれど、それは個人が対象となる。忘却魔法であれば、魔法を拡散する事は可能だ。けど俺は眼を見て一人一人の記憶を奪ったり操作していくから、広く拡散させる事は無理なんだよな……こんな事なら忘却魔法を使えるように練習しておけば良かった。
まぁ今更そう思っても遅いけどな。帰ったら練習して使えるようにならなきゃな。
そんな事を考えていると、俺に繋がれたロープが強引に引っ張られて、強制的に歩かされるような形で前進させられる。そんな事しなくても言ってくれればちゃんと歩いてやるぞ?
階段を上がっていき、舞台上に立つ。
すっげぇ人だな。こんなに帝都に人はいたんだな……
人の多さに思わず息を飲む。その目の殆どが俺を大罪人として、悪の根源として睨み付けるような感じで向けられていて、なんか本当に自分自身が悪いヤツだと思えてくる程だった。
俺、そんな悪い事をしたかなぁ……
いや、あの街を焼いたのは悪かったと思っている。それによってトラウマになってしまった人々がいるのも知ってるし、赦されるならその記憶を奪いに行きたいくらいだとも思っている。
けどそんなに睨まれる程、俺はここの人々に恐怖を与えたのかな……そうであれば申し訳ないとは思うけど。
舞台の中央まで連れて来られて、俺は膝を付かされる。えっとこれは……首を刎ねようとしているの、かな?
それはなるべく止めて欲しい。出来れば首吊りか心臓を一突きにするか、猛毒を飲まされるか火炙りにするか、そんなんにして欲しい。いや、どれも本当に痛いし苦しいんだ。その殆どを俺は自分で試した事があるし、経験した事がある。あ、火炙りだけは心地良いだけで苦しくとも何ともないけどな。
何なら、自殺しろと言われればそうするし、手間をかけさせる事なんかしねぇから、首を刎ねるのは勘弁してくんねぇかな?
ふと見ると、俺の横に立つガタイの良い筋肉隆々の男は切れ味の良さそうな斧を持っていた。
あー! それ確定じゃん!
俺の首、その斧で切り落そうとしてるじゃねーか!
今から処刑方法変えて貰うって、それは無理かなぁ? 無理だよなぁ?
そんな俺の気持ちとは裏腹に、俺は前屈みに肩を両側から押さえ込まれて、首を差し出すような体制にさせられる。
いや、処刑は受け入れる。なんならそうした方が皆に安心感を与えられるんじゃねぇかって、ウルとアシュリーに提案した程だ。すっげぇ拒否られたけどな。
けど打ち首はダメだ。皆に動揺を与えたくねぇんだよ。分かってくんねぇかな? 分かんねぇだろうなぁ……
勿論それを防ぐ事は可能だ。けどそれじゃダメなんだよ。俺は処刑されなきゃなんねぇんだよ。その驚異だかを取り払ってやんなきゃ、俺が燃やした街の人々も安心出来ねぇからな。
人々の声は動揺するようなものだったり、早く殺せと言う声も聞こえてきたり、あちこちから様々な声が聞こえてくる。
そんな中、一つの声が耳に届いた。
「エリアスっ! 嫌だ! 止めて! お願い、殺さないで! エリアスーっ!!」
「え……アシュリー……?」
そう思って顔を上げようとした瞬間、俺の視界は変わった。
さっきまで床しか見えてなかったのが、横向きに観客が見える……
ってか、すっげぇ痛ぇって!
あちこちから悲鳴が聞こえて、それと同時に拍手も喝采も聞こえてくる。そんなに喜ぶなよ。俺が死ぬのがそんなに嬉しいのかよ……
けどその声が徐々に失われて、静まり返っていく。そして視界は俺の意に反して変わっていく。
あぁ……首が体に戻ろうとして動いてるんだな……
だからダメなんだよ。勝手に元に戻ろうとするんだよ。それを見たら皆がビビるじゃねぇか……
視界が変わる中、舞台袖にいたザイルが驚愕の表情で俺を見ているのが見えた。その顔が可笑しくて、思わず笑っちまった。
ジョルディも驚きの表情で俺を見る。そりゃそうなるよな。俺自身もまだ慣れねぇんだよ。こうやって生き返る事に。
誰もが何も言えずにその様子を見ていて、微動だにせずに固まっている状態だった。
首は俺の体と融合し、大量に流れ出た血液は俺の体へと戻って来た。床に倒れるように伏せていた俺の体は一つとなった。
手足の感覚が戻った。俺はさっき聞こえたアシュリーの声を探すべく、後ろ手に拘束されていた手錠を壊し、風魔法でロープをズタズタに切断して立ち上がる。
それを見た人々からは一気に恐怖の叫び声が響きだした。
「あ、悪魔……っ! 悪魔だ!」
「何故、だっ! 何が起こった?!」
「捕らえろ! いや、殺せ! 殺すのだ!」
悲鳴と共に近くからそんな声が聞こえてきて、騎士達が俺を取り囲む。
そんな中、俺は観客の中にいるであろうアシュリーを探す。
あ、いた。
アシュリー、俺、大丈夫だからな! 心配しなくても良いからな!
そう思って笑顔でアシュリーに手を上げて振った。
そうしたらまた体に激痛が走った。
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