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アタナシアとソムニウム
しおりを挟むテネブレに睨まれてエリアスは少し顔がひきつっていた。
やっぱり苦手なんだな……
「テネブレ、聞きたい事があるんだ」
「ほう、アシュリー……何が聞きたい? お前が求めるのなら何でも答えようぞ」
「テネブレは……精霊を宿す事は出来る?」
「我は闇の精霊。だが精霊と言え、我ならば宿す事は可能だ。闇に取り込めば問題ない」
「闇に取り込む……でもそうしたら取り込まれた精霊はどうなるの?」
「知らぬ。我の力になれるか共存できるかどうかは分からぬ」
「その精霊によるってこと?」
「左様。取り込んだとしても消滅してしまう場合もある。して、アシュリーの言う精霊とは?」
「……アタナシアだ」
「アタナシア……! その命に永遠の時間を与える精霊か!」
「そう、だ……」
「なに故その様に言う? 人間は永久に生きる事を求めるのではないのか?」
「ずっと一人で愛する人もいなくなった世界を生き続けるのに、一体何の意味があるんだよ?」
「……お前がそうか……」
テネブレはエリアスを見詰めると、威嚇するように睨み付ける。本当にエリアスの事が嫌いなのかな……
「テネブレ、エリアスに宿るアタナシアを解放したいんだ。協力して貰えないかな……?」
「解放したくば方法はあるぞ?」
「え?! マジか?!」
「アタナシアには対になるような存在、ソムニウムがいる。その精霊は物にしか宿れぬ。持っておるのだろう?」
「あぁ……刀剣、幻夢境刀……これにソムニウムは宿っている」
エリアスがいつも装備している刀剣を空間収納から取り出してテネブレに見せる。
そうか……この刀剣がアタナシアの……
「うむ。そうだな。この刀剣に宿っておるな」
「これをどうすりゃ良いんだよ?」
「放棄すれば良い」
「え?」
「簡単な事だ。刀剣を手元から無くせば良いのだ。さすればアタナシアはお前の体から出て行き、ソムニウムの元へ行こうとするだろう」
「え……けど……アタナシアは命にしか宿れない精霊じゃねぇのか?」
「そうだ」
「ならアタナシアはどうなるんだよ?!」
「知らぬ。朽ち果てるやも知れぬな」
「そんなこと……!」
「我に取り入れるのとどう違うのか?」
「それは……」
「その刀剣を持つ者は強靭な者でなければならぬ。そうでなければその刀剣を鞘から抜く事も出来ぬだろうからな。そしてその刀剣を抜き、自在に操れる者であれば、アタナシアはその者に宿る事ができようぞ」
「そういう事か……」
「我が取り入れる事も可能ぞ? だがその刀剣に宿ったソムニウムの事等知らぬ。そこまでお前にしてやる義理はない」
「テネブレ……でも……!」
「アシュリー……これでも我は譲歩しておる。その者がどうなろうと、我の知った事ではないのだ」
「テネブレ……」
「それともアシュリーがその刀剣を手にするか? アシュリーであれば問題なく使いこなせるだろうぞ」
「え?!」
「ダ、ダメだ! それはダメだ! 絶対ダメだ!」
「エリアス……」
「こんな辛ぇ目に遭わせるなんて……そんな事……」
「ふん……好きにすれば良い。ではな」
そう言い残すとテネブレは黒い粒子になって私の中へと消えていった。
エリアスは私を抱き寄せたまま、何も言わなくなった。暫くそうやって二人でいて……
「エリアス……えっと……」
「アシュリー……もうよそう」
「え?」
「俺はずっとこのままで構わねぇ。リュカや生まれてくる俺の子供達を送り届けて、その子供達も見届ける。それで良い」
「でも……」
「それだけでも、前と全然違うだろ? 子供達の成長を見守れんだぜ? 俺の子孫が増えんだよ! ほら、ウルと一緒だ! な?」
「エリアス……」
「んな泣きそうな顔しねぇでくれよ……俺、マジでそれで良いと思ってんだよ」
「その刀剣を……幻夢境刀を……放棄する……?」
「それは……俺、アタナシアを宿した時な? アタナシアの悲痛な声を聞いたんだよ。その時アタナシアは魔物に宿っていて、ソムニウムと別々になってしまってたんだ。俺がこの幻夢境刀を譲り受けて持っていたから、その魔物を倒しに来た俺に……ソムニウムにな?」
「うん……なんて言ってたの?」
「会いたかったって……やっと会えたって……泣きそうな声で言ってたんだ。俺、その気持ち分かるからさ……」
「そう……だね……」
「だからな。もう離してやりたくねぇんだよ。俺の都合で愛し合う二人の精霊を離れ離れにしたくはねぇんだ」
「エリアス……」
やっぱりエリアスは優しい。自分が関わる事になった全ての人の事をいつも考えている。それは精霊であったとしても……
そんな所が好きだ。だけど……
こんな事は何でもないとばかりに優しく微笑むエリアスを想うと、私の方が泣きそうになってくる。私はエリアスが助かればそれで良い。私達が幸せであるならそれで良い。でもエリアスはそうじゃない。それじゃダメなんだ。きっと……
だけど何の答えも出せず、何の解決も出来ないまま、時は流れていった。
私は双子の男の子と女の子を産んだ。
名前を、男の子には『ルディウス』、女の子には『アリア』と名付けた。
『アリア』は私と同じ名前だけど、今は私をそう呼ぶ人はいない。母が付けてくれたその名前は嫌いじゃなかった。むしろ気に入ってたんだ。だけど今私はアシュリーと呼ばれているし、その名前に愛着があるのも確かで……
その思いを知ってか知らずか、エリアスがそうしようと提案してくれた。その事が嬉しくて仕方がなかった。
双子の世話は大変で、リュカはお姉ちゃんらしく積極的に手伝おうとしてくれている。勿論エリアスも嬉しそうに二人の世話をしてくれる。
子供が増えて一気に騒がしくなったこの家で、私達は幸せな日々を過ごしていた。
そんなある夜の事……
皆が寝静まった頃、私は一人そっと起き上がる。
隣で私を抱きしめるように眠っていたエリアスを起こさないようにして、静かにベッドから出る。
居間に行きテーブルの上を見ると、そこにはエリアスが装備していた剣が置いてあった。
寝る前になってエリアスは、この界隈で魔物の気配を感じて討伐しに出掛けた。
エリアスが魔物を制御しなくなってからあちこちで魔物が出没し、村や街が襲われたり、旅の道中に被害に合う人も多くなっている。それでも強い魔物はエリアスが事前に倒すようにしていて、その気配を辿り討伐に向かっているのだ。
戻って来て、装備をテーブルに置いたまま空間収納に入れずに置いていたのを見逃す筈もなく……
この時を待っていた。エリアスが気を緩めて、装備を無防備に置いたままにするこの時を……
照明も着けないままにテーブルに置かれた幻夢境刀を手に持ち、その鞘から刀剣を抜き出した。
そうした途端、手から侵食するように『気』がザワザワと入り込んできて、私の脳を支配しようと掻き乱してくる……!
それに抗うようにして、その『気』を自分に取り入れていく……
そうして何とか落ち着きを取り戻していく。私は幻夢境刀を我が物にしたのだ。
幻夢境刀を手にしたまま寝室に戻る。ベッドで眠るエリアスの胸に手を置くと、微かに声が聞こえてくる。
『貴女がソムニウムを従えるの?』
「そうだ……」
『なら私は貴女に宿るわ。私達は共にあらねばならないのだから……』
おそらくこの声がアタナシアなのだろう。
エリアスの胸から赤い霧のような物が這い出てきて、私の手を伝ってそれは私の中へと流れ込んでくる。
しばらくそうしていたけれど、その手をいきなりガシッと掴んだのはエリアスだった。そうされて、私は即座に幻夢境刀を自分の空間収納へ入れる。
「アシュリーっ?!」
「エリアス……」
「な、に……してんだよ……?!」
私の手にはまだ少し赤い霧が纏っている状態で、それが少しずつ入り込むように無くなっていく。
身体中に巡っていくような感じがして、それが心臓に届いた瞬間、ドクンッて心臓が激しく脈打つ……!
心臓が……痛い……っ!
そのままベッドに倒れ込むような形になって、荒く呼吸を繰り返す。
意識が朦朧とする中、聞こえてくるのはエリアスの私を呼ぶ声……
エリアス……そんな大声出しちゃ……
子供達が起きちゃうじゃないか……
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