ただ一つだけ

レクフル

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やらかしてしまった事

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 ジルと二人でいられる事は、本当に幸せを感じられる日々の連続だ。
 
 二人での旅は順調で、フェルテナヴァル国からの追っ手も今のところここまでたどり着いていないようだ。

 宿屋に泊まるときは、いつもジルと同じ部屋になった。別々の部屋を取ろうとしたら、ジルが泣きそうな顔をするからだ。
 さすがに同じベッドでは寝ないが、俺はいつもジルが寝付くまでは眠れない状態でいる。まさに生殺し状態といっても過言ではない。

 ジルからすれば、俺がどう思って、何を耐えているかなんて露程も知らないだろう。いや、知られてはいけない。ジルの精神年齢はまだまだ幼い。だからそれがもっと年齢に近づくまで、俺は保護者のように振る舞おう。そう決めたのだ。

 だが、時々ジルはキスをせがんでくる。それも人前でも平気に言ってくるから、あまり人前でそんな事をしてはいけないと教えた。
 ジルは何がいけないのかよく分かっていないながらも、俺の言う事に間違いは無いと思っているのか納得せざるを得ないように頷いた。

 俺がジルにキスを求められて嬉しくない訳がないし、俺からそうしたいくらいなのだが、訳が分かっていないジルに前のような事はできなくて、挨拶程度の軽いキスをするに止めている。
 
 それでもこっちは大変なのだ。心も体も!

 自分で自分を誉めてやりたいくらいだ。

 そんな事が度々あるが、それも踏まえて幸せを感じる日々が続いている。

 ジルがヴァルカテノ国に懐かしさを感じる、と言った事から、俺はやはりこの国に聖女の起点があると感じ、他国へ行くこともせずにヴァルカテノ国を旅して回っている。

 ヴァルカテノ国の人々は一様に皆が穏やかで慎ましく、そして勤勉だった。

 それはこの国が安定しているのかとも思ったが、見るからに貧困そうな村であったとしても争う事もなく、皆が助け合って暮らしているような状況だった。
 
 そんな村を見て俺は故郷の村を思い出したが、ジルを神官達に引き渡した事から、俺はあの村を許せないままでいる。仕方がなかった事とは言え、どうしても許せないのだ。
 それについてもジルに謝ったのだが、ジルはなぜ謝るのか分からないといった具合で俺を見ていた。本当にジルには頭が下がる思いだ。

 この国は、聖女の存在を神のように崇めており、それを信仰しているからこそ皆が穏やかなのだ。今聖女は不在だけれど、聖女の生まれる神聖な村がこの国を守ってくれているからだと信じられており、だから聖女が不在であっても信仰は続いているのだ。

 そんな時に他国に現れた聖女に、この国の王族はおろか、人々も困惑しない訳がない。聖女はこの国のものなのだ。そんな感情が人々に根付くのも無理はない。

 だからか。この国が聖女の持ち物を奪う為に動いているのは。
 そうしなければ、元は自国の存在だと信じている国民が黙っていないからか。

 宿泊した宿屋にある食堂で、遠国からの客が珍しいと話し掛けてきた宿屋の主人と話していたら、段々とそんな話になってきた。


「そりゃあそうだろう。王族は前にもとんでもない事をやらかしたんだ。だからここで動かなきゃ暴動になると考えているのさ」

「とんでもない事って……聖女か神聖なる村に何かしたって事か?」

「なんだ兄ちゃん、知ってたのか?」

「詳しくは知らないが……」

「まぁそうだろうな。俺は昔、王都にある王城で下男として働いてたからちょっとは知ってるんだが」

「そうなのか?!」

「あぁ。今の国王がまだ王太子だった頃だな。狩りに出掛けた森で見つけた女の子を連れ帰ってきてな。多分一目惚れだかなんかでそうしたんだろうな。王族が平民を欲したら、普通誰も文句は言えねぇからな」

「それはそうかも知れないが……」

「その子は迷子だったようだし、これ幸いと王太子は我が物にしたのさ」

「その女の子はどうなったんだ?」

「平民だから王妃にはなれない。愛人か、よくて側室だ。まぁ、連れてこられた時はまだ幼かったしな。確か10歳程だったか……」

「そんな子供を王子は見初めたと言うのか?!」

「王子もまだその当時成人前だったか。何か感じるものがあったかも知れないな」

「その子は何処の子供だったんだろう……」

「それが問題さ。その子は神聖なる村の子供だったんだ。しかも聖女様だったんだ」

「なに?! それは本当か?!」

「当時は分からなかったよ。なにせその子は話す事が出来なかったからな」

「え……そうなのか?」

「元々そうだったのか、そうされたのかは分からないが、声を出すことが出来なかったらしい。だから意思疎通は出来なかったかも知れん。字が書けたかどうかも知らんが、それが王子には都合が良かったのかもな」

「それはそう、だな……」

「王子は婚約者がいてな。18歳の頃だったか、その婚約者と結婚したのさ。まぁ、政治的な結婚だっただろうがな。それでも王子だから側室の一人や二人、抱えるのなんて普通だからな。そのうちの一人にその子を据え置いたんだよ」

「側室になれたんだな」

「子爵家に養子として引き取らせ、そこから側室に迎え入れたそうだ。まぁ、書類上そうしただけだろうが、そうでもしないと側室にはなれないからな」

「それでその子は王子の後宮に住んだって事か?」

「普通ならそうだけどな。王子は正妻よりその子が気に入ってたのさ。だから王城に住まわせた。それは正妻にすりゃ耐えられない事だっただろうよ」 

「それはそうだ」

「執拗に虐められたようだ。使用人や執事、侍女もその子にきつく接していたと聞いたな。元が平民だから、誰もそうする事に罪悪感は無かったようだな」

「そんな事を……」

「まぁ、よくある話だろうな。でな。正妻よりも先に、その子が身籠ってな」

「身籠った?! それはいつ頃だ?!」

「な、なんだ兄さん、そんな怖い顔して!」

「あ、いや……!」

「そんな食い付いて聞いてくれると話し甲斐があるねぇ。そうだなぁ……あれは確か16、7年程前だったかなぁ」

「16、7年前……」


 俺達が話してる時、ジルが俺の肘をクイッと掴んできた。見ると、ジルは不安そうな顔をして俺を見ていた。

 今話しているのはジルの親かも知れない人の話だ。それを分かって、ジルもこんなふうに不安を感じているんだろう。
 けど、当時を知る人がいるのなら、俺はこの話を聞かなければと思った。

 ジルに微笑んで、頭をナデナデする。それから手をギュッて握ると、少しは落ち着いたようだ。

 その様子を伺ってから、俺はまた話を促すのだった。


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