ただ一つだけ

レクフル

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遠い記憶

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 ヴィヴィの髪は綺麗な銀色で、瞳は美しく光る濃い緑色。

 顔はとても可愛らしくて綺麗で、リーンが好きなのはこんな感じの人なのかって、思わずその容姿をマジマジと見つめてしまう。

 ヴィヴィは抵抗していたけれど、屈強な兵士の力に敵うことはなく、壇上の中央へ連れていかれた。

 貴族らしき人はヴィヴィが聖女だと偽ったから、懲らしめる為にここで処刑するって事を言っていた。その事にここにいる皆が賛成しているようで、リーンと私以外はそれを止めようとは思わないようだった。

 ヴィヴィは私の代わりに拐われて、自国フェルテナヴァル国で信じこまされた事を言っただけなのに、勝手に連れてこられて殺されるとか、そんな理不尽な事が許せる筈もない。

 執行人が大きな斧を上げて、ヴィヴィの首目掛けて振り落とそうとしたのを
「ダメぇっ!」
って大声を張り上げつつ、その声に威圧を纏わせ、執行人の行動を止めた。

 止めにきた騎士が私に触れようとしても、さっきより強く雷魔法を這わせたから、私に触れることすら出来なかった筈。私に触れていいのはリーンだけなんだからね。

 急いでヴィヴィの元へ行こうとするけれど、いきなり私は動けなくなってしまった。
 何か、私に幾つもの魔法が掛けられているのは分かったけれど、それに抗う術がなくて、魔力を最大限にして拘束を解こうとしてもそれは一向に解けなくて……
 
 一人が私から外套を引き剥がすと、辺りは何故か一瞬にして静まりかえり、私を聖女だと疑っているように、口々にそんな事を言い出し、辺りはざわついた。

 その時、誰かが壇上へとやって来た。

 誰もそれを止めない。その雰囲気は最高権力者を思わせていて、フェルテナヴァル国王ヒルデブラント陛下を思い出してしまう程で……

 一瞬にしてこの場を我が物にしたのは恐らくこの国の国王、シルヴェストル陛下だと思われる。
 そしてその人は私を見て驚きながら、『メイヴィス』と言う知らない名前を呟いた。

 それが誰なのかは分からない。だけど、シルヴェストル陛下は私に『ジュディス』と言った。

 その名前を聞いた瞬間、私の首辺りが突然耀き出した。と思ったら、首飾りが弾けて飛んだ。

 あれはお母さんが私につけてくれた首飾り……

 お母さんからの、ただ一つの繋がりが……

 そんな困惑よりも、遥かに凌ぐ異変が自分に起こった。

 身体中が魔力に溢れそうで、それが身体に馴染む為にか、何故か私自身が発光していた。
 
 あぁ……やっと戻ってきた……

 そんな感覚が何故かあって、溢れ出しそうな程の魔力なのに、やっとあるべき場所に戻ってきてくれた、と言う感じがして、それと同時に腕と脚にもそんな感覚を覚える。

 あぁ、すごく心地いい……

 自分におさまらない程の魔力なのに、何故か気持ちよくて、勝手に放出しては戻ってくるような、何かが巡回しているような、そんな事が身体に起こっているようで、何とも不思議な状態で、私はただそれに身を委ねるしかできずにいた。

 これが私の本来の力なんだと、本能的に理解する。やっと取り戻せた。そんな感じがする。

 気づくと光りが無くなっていた。身体中に漲る力を眺めるように手を見て驚いた。

 これは自分の手……

 魔力で調整しなくても簡単な意思で自由に動く手。何度も手をグーにしたりパーにしたりして、それが自分の物だと確認する。それからすぐに脚にも触れてみる。

 あぁ……無くなった私の体が帰って来た……っ!

 思わず涙が溢れそうになったけど、それをなんとか我慢して辺りを見渡す。すると、私を心配そうな顔をして見ているリーンの姿が見えた。

 
「リーンっ! リーン、見て! 私凄いの! 腕と脚が戻ってきたの!」

「ジル! ジルっ! すぐに行く!っ」

 
 リーンは凄く心配そうな顔をしていて、私の元まで来てくれようとしている。
 
 あれ……辺りがなんかザワザワし始めた……

 あ、そうだ、ヴィヴィを助けなきゃ!

 すぐに駆け寄って、驚いた顔をしているヴィヴィにニッコリ笑いかける。


「もう大丈夫だよ、ヴィヴィ」

「えっと……貴女は……」

「私はジル。リーンがね、貴女を助けたがっていたの。だからね、ここに来たの。リーンは貴女の事が好きだから……」

「リーン? ……あ、あの家の息子……?」

「だから貴女をリーン、に……」


 言ってて、胸がズキリと痛んだ。リーンの幸せは私の幸せ。リーンが嬉しいなら、私も嬉しい。その筈なのに、なんでこんな悲しい気持ちになるの……?

 ギュッて目を瞑り、こんな気持ちはいけない事だと頭を振り、それから気を取り直したように何とかヴィヴィに微笑みかけ、手を差し出した。

 ヴィヴィはオズオズと私の手を取り、そうして私たちは一緒に立ち上がった。

 その様子を心配そうに見ていたリーンに、もうヴィヴィは大丈夫だよ、って感じで大きく手を振った。

 瞬間、辺りが一斉に騒ぎ始め、何故か歓声と拍手が沸き起こった。それに驚いていると、リーンが近くに来てくれて手を伸ばしてくれたから、その手を取る為に近寄って屈んだけれど、それを遮るようにリーンはそばにいた騎士に拘束されてしまった。

 それを止めようとするも、私の事を呼び止めるような声が聞こえて、その声に空気が一気に張り詰めた。
 流石だな……この国を統べる者と言う感じの空気が、辺り一面に犇々と伝わっていく……

 その人、シルヴェストル国王陛下は、私を『ジュディス』と呼ぶ。そんな名前、知らない。分からない。私は違う。

 シルヴェストル陛下は私を自分の娘だと言い、いつの間にか持っていた私の外套を肩に被せ、それから抱き寄せてきた。
 それは優しく、労るように。

 あれ……この匂い……知ってる気がする……

 遠い記憶の何処かで……微かに残っていた小さな記憶が呼び起こされるように……


『ジュディスは本当に可愛いな。メイヴィスに似て、きっと大きくなったら美しくなるぞ』
 
 
 そう言って上から私を愛おしそうに見下ろす、今よりももっと若いシルヴェストル陛下が……

 その僅かな記憶に、自分自身が驚いてしまう。この人は本当に……

 それでも、私のお父さんはただ一人で、それはリーンのお父さんだ。だから今のはきっと間違い。何かの間違い。

 私をジュディスと呼ぶシルヴェストル陛下に違うと言うけれど、やっぱり納得してくれなくて、私は王城へ連れていかれる事になった。
 リーンとヴィヴィに何もしないように言うと、シルヴェストル陛下はそれを承諾してくれた。良かった。

 お母さんの作ってくれた服の欠片と、お父さんの作ってくれた義手と義足を、両手でギュッて抱き締めるようにして、王城へと向かう。

 どうなるのかな……

 きっとまた、私はリーンと一緒にいられるよね?

 そうだよね?


 
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