ただ一つだけ

レクフル

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首飾りの役目

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 項垂れるように、侍女のシーラは兵士達に連れ出そうとされていた。

 
「まて。まだ聞きたい事がある」


 そう呼び止めたのはシルヴェストル陛下だった。
 ゆっくりとこちらを向いた侍女のシーラは、俯いて顔を上げようとはしなかった。


「ユスティーナはジュディスが生きているとは知らなかったのか?」

「はい……メイヴィス様を殺害した事はお知らせ致しました。その時、ジュディス様の事は言わなかったのですが、あれだけ刺された状態で助かるなんて思ってもみなかったのでしょう。ユスティーナ様はお二人が既にこの世にいないと思われていたようでございます」

「では、今の今までジュディスは死んでいると思っていたのか?」

「いえ…… ユスティーナ様が代わりの侍女……悪戯に白銀のウィッグを被った侍女を見て怒り、傷つけた時……その事を知った私はユスティーナ様に打ち明けたんです。ジュディス様が生きている事を……」

「何故そんな事を言ったのだ? ユスティーナが更に困惑する事ではなかったのか?」

「ユスティーナ様は気が触れていらっしゃらないかも知れません。ですが、心は常に恐怖に駆られておられました。夢に赤子のジュディス様が現れると……自分を殺したユスティーナ様を呪い殺しにくると、そんなふうに思われてしまったのです。ですので私はユスティーナ様にジュディス様が生きている事を告げたのです。少しでもユスティーナ様の心を軽くしたかったのでございます」」

「それでもユスティーナとお前の罪は消えぬがな! ……もうよい。連れてゆけ」

「はっ!」


 兵士達に連れられて、今度こそ侍女はここからいなくなった。

 
「ユスティーナ……余はお前を許せぬ。例えジュディスが生きておっても、余からメイヴィスとジュディスを引き離し、あまつさえメイヴィスを殺害させた。お前がこうなった理由が余にあったとて……許す事など到底できぬ……!」

「シルヴィ様……」

「ユスティーナを……いや、この罪人を牢獄へ連れてゆけ!」

「えっ! あ、はい!」


 今度はユスティーナが兵士に連れ出されて行った。メイヴィスが既に殺されてしまっていた事が、シルヴェストル陛下には耐え難い事だったのだろう。
 きっとそうではないかと、予測はしていた筈だ。それでも、希望は捨てていなかったんだろう。シルヴェストル陛下は目を潤ませて、拳を握り締めてフルフルと震えていた。
 
 その手にジルがそっと触れる。

 初めてジルから触れられた事に驚いたような顔をしたシルヴェストル陛下は、ジルをジッと見つめてからゆっくりと抱き寄せた。

 そうされてジルは困惑した顔を俺に向けたが、突き離そうとはしなかった。ただじっと、シルヴェストル陛下が落ち着くのを待っていた。
 暫くして落ち着いたのか、シルヴェストル陛下はジルを離した。そして優しく微笑み、部屋から出て行った。それに俺たちも続いていく。

 宛がわれた部屋に戻ろうとすると、ジルがついて来ようとする。部屋に二人きりになると、また何を言われるか分からないし、どうしようかと困っていたところに侍女頭のアデラが来て提案してくれた。


「今日は晴天でございます。庭園でも散歩されてはいかがでしょう。ここの庭園は素晴らしいのですよ? そこにある東屋でお茶はどうでしょうか。ご用意をさせて頂きますので」

「そうだな……そうするか、ジル?」

「うん……」


 ジルもまた、自分の母親が自分を庇い殺されていた事を悲しく思っているのだろう。それが分かってかどうなのか、アデラは気分転換を申し出てくれたようだ。出来る侍女だな。

 アデラに案内されて、俺たちは庭園に向かった。アデラの言う通り、そこには色とりどりの花が犇めきあっていて、何れも美しく咲き誇っていた。

 
「気に入ったお花がございましたら、それをお部屋に飾らせますので、仰ってくださいませね」

「ありがとう。あ、この花可愛い」

「それはオールドローズです。花弁が多く、香りも豊かですので、お部屋に飾ると良い香りに癒されますよ」

「そうなんだね。あ、痛……!」

「あぁ、薔薇にはトゲがございますので、触れる時はお気をつけないと……」

「そうなんだね。でも大丈夫。これくらいならすぐに……あれ……?」

「どうした? ジル?」

「傷が……治らない……」

「え?!」

「すぐに医師を呼んでまいります!」

「あ、アデラ、大丈夫だよ!」


 そう言うと、ジルは手から淡い緑の光を出して、傷ついた自分の指にかざした。そうするとすぐに傷は無くなっていった。
 アデラはそれを見て、驚いた顔をする。


「もう治ったから。でも、これは誰にも言っちゃダメなんだよ?」

「は、はい、かしこまりました! しかし、やはり聖女様は凄いのですね! 私、感動致しました!」

「そんな大袈裟なもんじゃないよ」


 そう言ってジルは笑うけど、俺はジルの傷が治らなかった事を何故かと考えていた。

 もしかして、ジルから首飾りが無くなってしまったからなのか? あの首飾りは、ジルから魔力を奪い集めているだけではなかったって事なのか?

 だからメイヴィスは瀕死の赤子だったジルに、あの首飾りをつけたのか……

 ただ奪うだけの首飾りを何故ジルにつけたのか謎だったのだが、これで少しはメイヴィスの行動の意味が分かった。

 やはりメイヴィスはジルを守りたかったんだな。

 ジルはもそれに気づいたようで、暫く自分の首元に触れていた。そこにはもう首飾りは無いが、母親を思ってそうしてしまうのだろう。

 ジルの手を繋ぐと、やっと俺の方を見てくれた。俺が笑いかけると、ジルも同じように返してくれたが、その笑顔は沈んでいた。

 しかし……

 ジルの体が勝手に治癒されていく事は無くなった。それでもジルは回復させる事ができる能力を持っているから、余程の事がない限りジルが怪我をしても大丈夫だとは思うが、以前のような拷問を受けたら、きっとジルは簡単に死んでしまう。

 なら絶対にジルをフェルテナヴァル国の奴等の手には渡せない。

 より一層ジルを守らなければ、という気持ちが湧いてきた。俺では頼りにならないかも知れないが、命をかけてでも守らなければならない。

 やはりジルはこの城にいた方が良いのだろうな……

 

 

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