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いるべき場所
しおりを挟むジルは首飾りと一緒に、腕輪も託されていた。
どうしてだろうか。それはジルも気になっていたようだ。
「私にお母さんは、首飾りと腕輪をつけたんだけど、それはどうしてなのかな」
「通常であればそんな事はしませんよ。魔力過多になると考えられますからね。いや、ちょっと待ってくださいよ……」
そう言ってからイゴルは暫し考え込んだ。俺とジルはそれを黙って見ている。二人で冷めたお茶を飲んで、イゴルの様子を伺った。
少しして何かを思い付いたように、イゴルは話し始める。
「首飾りで抑制した聖女の力。それだとこの世界は瘴気に侵されていく。それを止めようとされたのではないかと考えられます」
「確かに、聖女の力が抑制されていたら、この世界はあっという間に瘴気に侵されて滅亡の一途をたどるしかないからな。けどそうか。だからか……」
「首飾りで抑制され、吸収されるように腕輪へ聖女の力は集まっていく。言わば、体を循環させているような感じでしょうか? 完全に力を抑えつけてしまわないように、苦肉の策といった感じだったのかも知れませんね」
「この世界を守る為にお母さんが……」
「そうですね。恐らくそれで間違いないかと。前聖女様……メイヴィス様は、真の聖女様でした。きっとご自分の母親のように聖女の役目を放棄する事ができなかったんでしょうね」
「そうだったんだ……」
「今その腕輪は、もう効力はありません。対の首飾りが存在しない状態ですので」
「でも、それなら聖女のサポートはどうなるんです? 本来であれば、聖女の伴侶である俺が持つ必要があったんじゃないんですか?」
「はい。そうです。が……貴方様は魔力がかなり高いとお見受け致します。その状態で腕輪を持つのは自殺行為かと……」
「え?! じゃあダメだよ! 腕輪なんかしちゃダメだよ!」
「そうだろうけど……でも、それで良いのか? ジルの助けに、俺はなれないのか?」
「リーンが死んじゃうとか、考えられないよ! そんな事言わないで!」
「ジル、落ち着いて欲しい。今すぐに腕輪をつけるとか、そんな事じゃない。どうするのが最善かを考えなければならないからな」
「でも……っ!」
「そうですね。ところで聖女様、失礼ですが体調が思わしくないのではありませんか?」
「え……?」
「分かるのか?!」
「はい。聖女様から時々黒い影のような物が見え隠れします。もしや、悪い感情が心に芽生えてしまったのではありませんか?」
「それ、は……」
「俺を助ける為にそうなってしまったんです。あれからジルはすぐに眠るようになって……そう言えばここでそんな事はないな。ジル、眠くはならないのか?」
「うん、平気。全然眠くならないよ」
「ここには御神木がありますからね。神の力に満ちてますから。ここで悪い感情になる事はありません。ここに住む者は皆、穏やかで心優しいんですよ」
「そうなんだ……」
「聖女様もここでなら穏やかに暮らせますよ。是非そうしてください」
「え……でも……」
「ジルはどうしたい?」
「リーン……えっと……私は……」
「聖女様、ここは本来聖女様のいるべき場所なんです。他所に行かれる事が異常事態だったのです。是非ここに居を移してください。お願いします!」
「ここに……でも……」
「すぐに返事をしなくても良いんじゃないか? しっかり考えてから答えを出せば良いよ」
「そうですね……ですが、我々はここで聖女様の帰りをずっとずっと待っておりました。毎日のように聖女様のご無事を御神木に村人全員で祈りを捧げ、この世界の平和を願っておりました。どうか、どうか帰ってきてくださいませ!」
「イゴル……」
「すみませんが、ジルに考える時間を貰えませんか。また必ずここに来ます。向こうには俺たちを待っている人もいるので」
「……分かりました。ですがどうかご理解ください。聖女様は本来、俗世に身を置く方ではございません。穏やかに心安らかに過ごす事が何よりも大切なのです。それをお分かりください」
「……はい……」
ジルは考え込んでいるようだった。しかし、取り敢えずは一旦戻らないと。シルヴェルトル陛下はきっと心配してあの場所で待っているだろうから。
席を立ったジルの肩を抱き寄せると、身を任すように俺の胸に頭を寄せる。自分の、そして母親の生い立ちを知れた事はジルにとっても良かった事だろう。しかし……
本来、聖女はここで暮らすべきなんだろう。それは言われなくても分かる。ここは何処よりも空気が澄んでいて美しく、自分自身が浄化されていくのが分かる程だ。
今なら誰の事も許せるような気がしてくる。本当に不思議な場所だな。
それはきっとジルも感じているのだろう。
外に出ると、気になるのか様子を伺っていた村人達が家の前で集まっていた。ジルが姿を現すと、皆が一斉に頭を下げる。それにもジルは戸惑った。
イゴルに言われてもう一度、俺たちは御神木の元へと向かう。
ジルは御神木の前に立つと、祈るように指を重ね、目を閉じた。
すると大きな御神木がゆっくりと淡く光りだし、風もないのに葉がサワサワと揺れだした。
ジルも同じように光り、風に包まれるように髪を靡かせる。その様子を俺もイゴルも村人も、ただ呆然と見守り続けた。
ゆっくりと光が無くなっていき、葉の揺らめきも無くなってから、そっとジルは祈りを止めた。
「聖女様から悪い感情がなくなりましたね。ここではそうできるのですよ」
イゴルは自慢気に胸を張って言う。でもそうなんだな。ここにいれば、ジルは悪しき感情に惑わされる事もなく、穏やかに生きていけるんだろうな。
御神木に浄化されたのか、一体化したような感じだったのかは分からないが、さっきまで少し不安げな顔をしていたジルは落ち着きを取り戻したようだった。
それから俺たちはまた必ずここに来る事を告げて、媒介となっている木から元の場所まで戻ってきた。
「ジュディスっ!!」
「あ、父上」
「あぁ、良かった! 良かった、ジュディスっ!!」
ジルとあの森へ戻ったら、目の前にシルヴェルトル陛下がいてビックリした。シルヴェルトル陛下も突然俺たちが現れてビックリしたんだろうけど、帰って来たことが嬉しかったのか、ジルを抱きしめて
「良かった! 本当に良かった!」
と、目に涙を浮かべて何度も何度も言っていた。きっと本当に心配していたんだろうな。
暫くして落ち着いたシルヴェルトル陛下は、早々にこの場所を離れるように森の外に出た。またジルがいなくなるとでも思ったのかも知れないな。
そこには使用人達がまだ食事の準備も出来ていない状態で、すぐに帰ってきた俺たちに困惑しながらも取り敢えず、と言った感じでお茶を用意した。
そうなのだ。俺たちがあの村に行ってから、然程時間は経っていなかったのだ。
不思議な村だった。神の世界と人の世界の中間にあるような、そんな感覚とでも言うのか。だから時間経過も狂ってしまったのか。
それは分からないが、今までどこにいたのかをシルヴェルトル陛下にはちゃんと話さなくてはならない。
ジルの真横に椅子を置いて、シルヴェルトル陛下はジルの手を握りしめている。その反対の手をジルは、助けを求めるように俺と手を繋ぐ。
だから俺もジルの横にピッタリといる状態。
なんだ、これ……と思いながらも、シルヴェルトル陛下の心配だった気持ちは分かるから、ジルも俺も何も言えずにいた。
それから暫くの間は、ただシルヴェルトル陛下の気が済むまで待つしかなかったのだった。
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