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本編
8.師匠と弟子の関係
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朝方。森の奥、屋敷の外。
屋敷を遠巻きにみていた白髪のハイエルフは肩をすくめた。
入り混じる二人の男女の魔力の気配。その意味はとても分かりやすい。
「ちゃんとお使いをしてやったというのに、結局徒労か」
いや、そうでもないか。
ヘンデリクは思いなおす。
弟子の不肖の弟子とその弟子はこじれた関係に一つの決着を見つけたわけだ。
お互いに色々晒だして。
「さらしだし過ぎともいえるが……」
特に弟子の不肖の弟子は弟子が見たら嘆き悲しみそうだ。
玄関を開け、静かに入り込む。
いつもであれば、ルリが食事の支度をしている時間だが、今日は姿を見せない。
「しかし、あれが魔力の増幅器の一種だとはな。ただのというには効果が強すぎるが……まさに、本物の人工遺物だな」
ドワーフの長老に話を聞いたところ、魔力を込めると中で反響のように増幅させるものではないかということだった。
現代の技術では同じような力を持つ増幅器を作るのであればもう少し大きくなってしまうだろう。
おまけに。
――洒落が好きな古代人の作った指輪型の増幅器ときたら、きっとおまけに"祈り"まで捧げられてるだろうよ。
古代、魔法はもっと身近な物だった。
会話をするように使われる物だった。
多くの技術が現代では再現することができているが、その中で未だ再現できないものの一つが"祈り"という概念だ。
古代人の祈りは現代の祈りと違い、力を持つ。
その力は明確な結果を出す魔法ほどではなく、風が吹き体が揺らぐような、わずかに歩が曲がるような曖昧なものだ。
しかし、古代人の魔法と触れたものはその存在を疑うことができない。
それほどまでに、"祈り"には力がある。
わりあい、東の賢者のいったという恋人同士で送り合うような指輪というのも間違っていないのかもしれない。
アーロの邪念とルリの想いと指輪の"祈り"が合わさったことにより、今回のことに繋がった。――そう考えるのが一番わかりやすい気がする。
それこそヘンデリクの生まれる以前の技術だ。
長く生きるハイエルフとはいえ、まだまだ知らないことばかりだと身を引き締めなければなるまい。
ともあれ、魔力増幅器であるだけなので、永続的な効果はない。
中の魔力を使い切れば、元に戻るということ自体には変わりないのだ。そのタイミングも、"祈り"に影響されているかもしれないが。
とりあえず、二人と顔を合わせるほど野暮ではないので、置手紙とお土産をおいて去ることにしよう。
ヘンデリクは“別に仲の悪くない”ドワーフ族からもらった酒を酒蔵に入れる。
教えてもらうのに時間はかからないが、二人の関係とルリの体と精神のことを考えて、時間をおいたほうがいいのではと思ったのだが――まぁ、いい方向になったので良しとするか。
アーロはヘンデリクがいうのもなんだが、だいぶずれている。
幼いころに引き取ったのが悪かったのか、ある意味魔法使い、騎士、賢者――と持っている称号すべての能力が高いことがあだとなったのか。
そもそも育ての親ともいえるメリンダも人とはいえ普通の家庭で育ったとは言い難い生い立ちだったし、ヘンデリクに至ってはハイエルフである。
それらの影響は計り知れないが、確実に彼は人との関わり方の癖が強い。
特に、ルリに関しては。
自分とメリンダ、アーロも大概家族じみたことになっていたが、まだ、師匠と弟子という関係を保っていた。
しかし、メリンダが死んで自分が離れていた間に拾った少女を彼は完全に家族として認識している。
彼にそう扱われるルリだって、その区別ができていないのだろう。
アーロ本人がそれを理解していないのが、非常に困る。
弟子なら弟子で、離れる覚悟をすべきであるし、家族としてかかわるならば、しっかりお互いに話し合わないといけないだろう。
溜息。
本来高位エルフたる自分には必要のない情動の問題であり、関係性だ。
そもそもエルフは己の行うことだけまっとうすればよい存在。
こんな面倒に巻き込まれるいわれはない。
しかし。
(メリンダに頼まれているからな)
師匠のほうが、私より長生きしますから。アーロをお願いいたします。
生きて話した最後の言葉。
――死ぬなら死ぬと早く教えてほしかった。
大概自分も面倒だ。
弟子の不肖の弟子、等といっても、その素直さだけは純粋に尊敬できるものだ。
素直過ぎてこじらせても、直すのに時間がかからないところも含めて。
自分とは全く違う。
(種族の違いに、寿命の違いか)
自分ももっと早く素直になっていれば、また違う未来もあったのだろうか。メリンダ。
ヘンデリクは過ぎた日のことを思いながら一人笑い、屋敷を去った。
◇◇◇
「弁解の余地は」
「ないです」
「そうですよね、ないですよね」
「……はい……」
ルリの前には師匠がいる。
頑張って優しくしたそうだが、しかし。もとより体力が違う。
三日間ドラゴンと殴り合いをするのが仕事のアーロとただの魔法が使えるだけの人間であるルリの体力では天と地ほども違うのだ。
抱きつぶされた後、睦言を交わしながら、ゆったりしている途中で、ふと指輪の存在に気づいたルリにアーロは青ざめた。
そして、青ざめたままアーロは素早くベッドからでて床で土下座をした。自主的である。
アーロの奇行に眉を潜め、どうにか身を起こしたルリにそのままの姿勢で今回の顛末について説明し謝りだしたのだった。
「師匠、他にやりようがあったとは思いますよ……」
「うん……」
頭を下げたままのアーロに言葉をかけてはいるものの、正直疲れすぎて、説教にも身が入らない。
「本当に師匠はヘタレですね。もう少し話をした方がいいんじゃないですか。賢者として剣をふるい過ぎたんですか。頭に筋肉がついてしまわれたのですか?」
「本当に申し訳ない」
ルリは頭を下げるアーロを見た。
――怒りたいのはやまやまだけど。
自分でも甘いなぁ、と思いつつ。
――このことがなかったら、あと数年は師匠とこういう関係になれなかった気がする。
その一点で、怒るにしてもそこそこにしてやるか、などと思ってしまうだなんて。
「許しはしないですけど、大好きだから多めにみます」
ルリの言葉にアーロは頬を染めつつ、涙目で「ありがとうございますにゃん」といった。
「――にゃん?」
耳慣れない語尾にルリは思わず聞き返す
「にゃん?」
アーロは自分の口を押さえた。
認識阻害の副作用が何故か術者側であるアーロの言語に影響したらしい。
緊張、恥ずかしさ等を感じる状況で時たま語尾が「にゃん」、返事が「にゃん」と出るようになってしまった副作用がなかなか治せず、治らないまま出席した賢者集会で他賢者にも知られて爆笑された。
頼れる先々代北東賢者は行方が知れず(のちに優しさから、二人きりの蜜月期間を作ってやろうとの考えで連絡を絶っていたことが判明した)。
恥ずかしさと後悔で落ち込むアーロをしり目に、ルリは(どうせなら姿が猫になるほうが可愛かったのにな)と思った。
屋敷を遠巻きにみていた白髪のハイエルフは肩をすくめた。
入り混じる二人の男女の魔力の気配。その意味はとても分かりやすい。
「ちゃんとお使いをしてやったというのに、結局徒労か」
いや、そうでもないか。
ヘンデリクは思いなおす。
弟子の不肖の弟子とその弟子はこじれた関係に一つの決着を見つけたわけだ。
お互いに色々晒だして。
「さらしだし過ぎともいえるが……」
特に弟子の不肖の弟子は弟子が見たら嘆き悲しみそうだ。
玄関を開け、静かに入り込む。
いつもであれば、ルリが食事の支度をしている時間だが、今日は姿を見せない。
「しかし、あれが魔力の増幅器の一種だとはな。ただのというには効果が強すぎるが……まさに、本物の人工遺物だな」
ドワーフの長老に話を聞いたところ、魔力を込めると中で反響のように増幅させるものではないかということだった。
現代の技術では同じような力を持つ増幅器を作るのであればもう少し大きくなってしまうだろう。
おまけに。
――洒落が好きな古代人の作った指輪型の増幅器ときたら、きっとおまけに"祈り"まで捧げられてるだろうよ。
古代、魔法はもっと身近な物だった。
会話をするように使われる物だった。
多くの技術が現代では再現することができているが、その中で未だ再現できないものの一つが"祈り"という概念だ。
古代人の祈りは現代の祈りと違い、力を持つ。
その力は明確な結果を出す魔法ほどではなく、風が吹き体が揺らぐような、わずかに歩が曲がるような曖昧なものだ。
しかし、古代人の魔法と触れたものはその存在を疑うことができない。
それほどまでに、"祈り"には力がある。
わりあい、東の賢者のいったという恋人同士で送り合うような指輪というのも間違っていないのかもしれない。
アーロの邪念とルリの想いと指輪の"祈り"が合わさったことにより、今回のことに繋がった。――そう考えるのが一番わかりやすい気がする。
それこそヘンデリクの生まれる以前の技術だ。
長く生きるハイエルフとはいえ、まだまだ知らないことばかりだと身を引き締めなければなるまい。
ともあれ、魔力増幅器であるだけなので、永続的な効果はない。
中の魔力を使い切れば、元に戻るということ自体には変わりないのだ。そのタイミングも、"祈り"に影響されているかもしれないが。
とりあえず、二人と顔を合わせるほど野暮ではないので、置手紙とお土産をおいて去ることにしよう。
ヘンデリクは“別に仲の悪くない”ドワーフ族からもらった酒を酒蔵に入れる。
教えてもらうのに時間はかからないが、二人の関係とルリの体と精神のことを考えて、時間をおいたほうがいいのではと思ったのだが――まぁ、いい方向になったので良しとするか。
アーロはヘンデリクがいうのもなんだが、だいぶずれている。
幼いころに引き取ったのが悪かったのか、ある意味魔法使い、騎士、賢者――と持っている称号すべての能力が高いことがあだとなったのか。
そもそも育ての親ともいえるメリンダも人とはいえ普通の家庭で育ったとは言い難い生い立ちだったし、ヘンデリクに至ってはハイエルフである。
それらの影響は計り知れないが、確実に彼は人との関わり方の癖が強い。
特に、ルリに関しては。
自分とメリンダ、アーロも大概家族じみたことになっていたが、まだ、師匠と弟子という関係を保っていた。
しかし、メリンダが死んで自分が離れていた間に拾った少女を彼は完全に家族として認識している。
彼にそう扱われるルリだって、その区別ができていないのだろう。
アーロ本人がそれを理解していないのが、非常に困る。
弟子なら弟子で、離れる覚悟をすべきであるし、家族としてかかわるならば、しっかりお互いに話し合わないといけないだろう。
溜息。
本来高位エルフたる自分には必要のない情動の問題であり、関係性だ。
そもそもエルフは己の行うことだけまっとうすればよい存在。
こんな面倒に巻き込まれるいわれはない。
しかし。
(メリンダに頼まれているからな)
師匠のほうが、私より長生きしますから。アーロをお願いいたします。
生きて話した最後の言葉。
――死ぬなら死ぬと早く教えてほしかった。
大概自分も面倒だ。
弟子の不肖の弟子、等といっても、その素直さだけは純粋に尊敬できるものだ。
素直過ぎてこじらせても、直すのに時間がかからないところも含めて。
自分とは全く違う。
(種族の違いに、寿命の違いか)
自分ももっと早く素直になっていれば、また違う未来もあったのだろうか。メリンダ。
ヘンデリクは過ぎた日のことを思いながら一人笑い、屋敷を去った。
◇◇◇
「弁解の余地は」
「ないです」
「そうですよね、ないですよね」
「……はい……」
ルリの前には師匠がいる。
頑張って優しくしたそうだが、しかし。もとより体力が違う。
三日間ドラゴンと殴り合いをするのが仕事のアーロとただの魔法が使えるだけの人間であるルリの体力では天と地ほども違うのだ。
抱きつぶされた後、睦言を交わしながら、ゆったりしている途中で、ふと指輪の存在に気づいたルリにアーロは青ざめた。
そして、青ざめたままアーロは素早くベッドからでて床で土下座をした。自主的である。
アーロの奇行に眉を潜め、どうにか身を起こしたルリにそのままの姿勢で今回の顛末について説明し謝りだしたのだった。
「師匠、他にやりようがあったとは思いますよ……」
「うん……」
頭を下げたままのアーロに言葉をかけてはいるものの、正直疲れすぎて、説教にも身が入らない。
「本当に師匠はヘタレですね。もう少し話をした方がいいんじゃないですか。賢者として剣をふるい過ぎたんですか。頭に筋肉がついてしまわれたのですか?」
「本当に申し訳ない」
ルリは頭を下げるアーロを見た。
――怒りたいのはやまやまだけど。
自分でも甘いなぁ、と思いつつ。
――このことがなかったら、あと数年は師匠とこういう関係になれなかった気がする。
その一点で、怒るにしてもそこそこにしてやるか、などと思ってしまうだなんて。
「許しはしないですけど、大好きだから多めにみます」
ルリの言葉にアーロは頬を染めつつ、涙目で「ありがとうございますにゃん」といった。
「――にゃん?」
耳慣れない語尾にルリは思わず聞き返す
「にゃん?」
アーロは自分の口を押さえた。
認識阻害の副作用が何故か術者側であるアーロの言語に影響したらしい。
緊張、恥ずかしさ等を感じる状況で時たま語尾が「にゃん」、返事が「にゃん」と出るようになってしまった副作用がなかなか治せず、治らないまま出席した賢者集会で他賢者にも知られて爆笑された。
頼れる先々代北東賢者は行方が知れず(のちに優しさから、二人きりの蜜月期間を作ってやろうとの考えで連絡を絶っていたことが判明した)。
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