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第13話
しおりを挟む宿舎に戻ると、三人はエマの部屋で寄り添っていた。
「大丈夫だよ、団長は無事に帰ってくる」
放心しているエマにソフィアとマリーンが声をかけてくれている。二人とも怖い思いをしたのに、気を使わせてしまっているが、取り繕えないほどに落ち込んでいた。
「副団長さんも、大丈夫って言ってたしね」
メイド達が連れさられたことで、今日の仕事は全て新人騎士達が請け負ってくれた。とても冷静ではいられなかったので、正直助かった。
待てども待てども、帰ってこない。馬を走らせれば数十分だろうに、なぜ帰ってこないのかと、最悪のケースが頭にチラつく。それを振り払っては大丈夫だと自分を言い聞かせる。
日が傾きだした。帰ってきてから何時間も経っていた。
しばらく頭が働かずぼおっとしていると、団長が帰ってきたという大声が耳に入る。騎士達が宿舎から出ていったのか騒然としている。
「ほら、帰ってきたって!」
行こうと腕を引っ張ってくれるが、怖くて足が竦んでしまう。震えて動けない。
「やだ、どうしよう、私、ジルベルト様になにかあったら」
「待ってなさい!絶対大丈夫!」
二人が様子を見てくると部屋を出ていった。エマはうずくまり、顔を埋める。
目をつぶっていると足音が聞こえてきた。二人が戻ってきたのだろうか、部屋の扉が開いた。
顔をあげると、ジルベルトが立っていた。
「ジルベルト様っ……よかったっ」
震えていた足が嘘のように、駆け寄っては抱きつく。縋りつくと、涙が溢れた。
ジルベルトは水浴びでもしたのか、全身が濡れている。
「エマ、大丈夫だったか?私は何も心配はいらないよ?」
「うぅっ……」
嗚咽で言葉にならない。
「それより、怪我は、どこか痛いところは無いか?」
「ないっ……守ってくれたからっ」
「よかった、怖い思いをさせたね」
強く抱きしめられる。涙が止まらず上手く話せない。
ジルベルトがエマの背中をゆっくりと何度も撫でてくれた。
「なぜ、あんな、大きな魔獣が」
ジルベルトの存在を実感すると、少し落ち着いてきた。すると疑問がふつふつと湧いてきた。普段、魔獣が森林からでてくることはないはずなのに。
「落ち着いてからでいいんだよ」
「……知ってるなら、聞きたい、です」
「いや……」
「大丈夫、です……お願いします」
エマの強い意志に、観念したジルベルトが話し出した。
「どこから、話そうか。……実は今回の遠征は内々に調査の目的があったんだ」
初耳だ。訓練を兼ねた小型魔獣の討伐遠征ではなかったのか。
「普段、魔獣が森林地帯から出てくることはない。理由はこの森林地帯の中心部には特殊な花粉が舞っているんだ」
「特殊な花粉?」
「まだ研究中だが、その花粉が魔獣のなんらかのエネルギー源になっているとの見解があり、今年は強風が多く花粉が森林地帯の全域に広がっていることが予想されている」
「なんと……」
「中心部に近ければ近いほど強い魔獣が住んでいて、小型魔獣はその周りを囲むように住処にしているが、花粉の飛ぶ範囲が広がったため、魔獣たちの行動範囲が広がっていたんだ。討伐の状況からもそれは間違いないだろうとなっていた。……加えて、やっかいなことにこの花粉は少しだが催淫効果もあるんだ。そして魔獣の中には強く催淫効果が効いてしまう個体がいて凶暴化する。さっきのやつもそれだろう」
「なるほど……」
思い出して体が震える。
「話はここで止めておこう。話はいつだって出来るんだから」
「……大丈夫、です」
「……辛くなったらいつでも言いなさい。……予測はできていたため、かなり森林地帯の外側で討伐していたが、単独行動の騎士が奥に入り込み中型魔獣と出会ってしまったようだ。凶暴化した魔獣はその騎士を追いかけて森林から出てきてしまったという訳だ」
危険に晒してすまない、とジルベルトが申し訳なさそうにしている。
ふと団長の顔が火照っていることに気づく。発熱しているのかもしれない。
「ジルベルト様、どこかお辛いところが……?」
「中心部近くで随分花粉を吸い込んだ自覚があるから、影響を受けたかもしれない。人にも影響があっても不思議じゃない」
「それって……!……癒したいです、ジルベルト様のこと」
「とても魅力的な誘いだが、酷くしてしまいそうだ」
「それでもいいっ」
「私が嫌だよ、初めてはとびきり気持ちよくしたい。今すると、荒々しく抱いてしまいそうだ」
「ジルベルト様……」
エマから口付ける。
「んっ……好き」
ちゅっぷ、ちゅぱと音を立ててキスをする。癒せたら、なんだっていい。助けられるなら酷くされたっていいのに。
「エマ、っ、我慢できなくなるよ」
「いいですっ」
何度もジルベルトの唇に吸い付く。ジルベルトの手がエマの腰を艶めかしく撫でる。
「……ん?」
「どうしましたか?」
突然ジルベルトの顔が離れる。
「なんだか、清々しい気分というか、毒が浄化される時の気分と近しい」
何かを確かめるようにもう一度口付けられる。ジルベルトの顔の火照りが落ち着いているようにも見える。
「口付けで浄化されたような気がするな……唾液か?花粉を中和する成分でもあるのか?」
まさかの展開である。理由がわからないが、手助けができたのであろうか。
「もしそうだったら、とんでもない発見だよ。可能であれば、唾液の提供をお願いするかもしれない」
「……それって、ジルベルト様とキスしたのバレます、よね?」
「何も問題はないだろう?」
(報告書に、キスをしたら浄化されたって書くの……?)
なんとも間抜けで恥ずかしすぎる。
「あるでしょう!恥ずかしいし……」
周囲にバレたらどうするのだ、ただのメイドとのキスなんて。それこそ仕事を辞めたくなるレベルである。
(仕事を辞める?何か忘れているような……)
「はっ!そうですよ!アベルに!」
「アベル?」
なぜ今、アベルの名前が出てくるのかわからないとばかりにジルベルトが眉を顰める。
「……進んで宿舎の掃除をするメイドに辞められたら困るって」
少し拗ねた言い方になってしまった。
「昨日の話か」
エマが頷く。
「もしかして、働かせるために、交際しようって言ったのかなって……」
ジルベルトが絶句している。
「信じられない。まさかそんな風に思われるなんて、そんな最低な男だと思ったのか?」
「だって、その可能性もあるなって!憧れのジルベルト様に交際を申し込まれるなんて、やっぱりありえないから……」
「エマが騎士には内緒にしたいと言っていたからそういう物言いをしただけだよ」
疑ってしまった申し訳なさで、エマは小さくなる。
「まあ、誤解が解けてよかったよ。私の気持ちを信じてほしかったが、私の言葉が足りなかったね」
優しいジルベルトにエマはごめんなさいと謝った。
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