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心の休憩

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ここからレスクまで大体10km位だろうか? 正確な距離がわからないため、目測で大体の距離をはかってみたのだが、正確だと言うには自信がない。

普通だったら王国自体を見るのは中々に困難だと思うが、ギフトの身体能力強化の中には視力の上昇も含まれてたらしい。ここから遠くの木々まではっきり見える。

まぁそれ以外にも、王国までの道が一直線なことも目視できる要因の一つかもしれないな。


何はともあれ、目的地が分かっているのだから迷うことは無い。ただ走るだけではつまらないと思って、ついでに俺は実験をすることにした。

それは――


「――今の体だったら、全力疾走でどれくらい持つんだろうか?」


俺は一旦止まって、クラウチングスタートの姿勢を取った。やっぱ全力疾走するなら、この格好がしっくり来る。まぁ個人的にだが。

「よーい――ドン!!」


踏み込んだ時に足元が小さなクレーター状になったのだが、シアはそれにも気付かず全力で走りだした。もちろん後ろに発生している土ぼこりにも気づかない。


……一人でこんなことをしてるのも変だと思うが、そんな事は気に留めもしない。純粋に異世界を楽しんでいるからこその行動だ。


――ぐんぐんと体は加速していく。周りの景色がほとんど変わらないために目に見えて速いと判断は出来無いが、一つだけ確かなものがある。

(バイクに乗ってた時みたいだ…。今俺は風を切って走ってる!)

この風を切る感覚ってのは、普通に走っても感じられなかったものだ。


それはともかく、実験結果はというと――


「すげぇな、 全く体が疲れねぇ! こんなの初めてだ!」


元の世界だったら、全力疾走はおおよそ7~8秒ほどが限界だとテレビか何かで聞いたことがあるが、全く減速する気配がない。思わず走りながら笑ってしまう程だ。

それどころか、もっと早く走れるような気さえしてくる。本当に神様には頭が上がらないな。感謝の言葉しか出てこない。

……暫く走っていると、大体5km走った辺りで突然茂みの中から何かが俺に飛び込んできた。四足歩行の――

――待て、確実に直撃コースなんだがッ!

「えぇ?! ちょっ、待て危な――」


いきなりだったから止まることが出来ずにその何かと衝突した。俺は何ともなかったが、相手が物凄い勢いで吹き飛ばされていく。


5mほど吹っ飛んだところで止まり、ピクリとも動かなくなった。なお、衝突した側の俺にはかすり傷一つもない上、ぶつかった時の痛みすら全く感じない。


「いや、どんだけ頑丈なんだよ俺の体、むしろ怖いわ……。
 ってか何にぶつかったんだ? 人ではなかったようだけど」


ナイフを取り出して慎重にその物体へと近づいていく。口から血を流して苦しそうに唸っている狼のような生物がおりずっと此方を睨んでいるが、立ち上がることが出来ないようだ。

せっかくだから、鑑定能力を使ってみよう。恐らく狼の仲間ではあろうが、正確な情報は手に入れておいて損はないと思う。

「――『鑑定』!」

半透明のウィンドウが現れ、文字が浮かび上がってくる。神様のお陰だろうか、そのウィンドウ内の表示は日本語で表記されていた。

《 =ティアーウルフ=

   状態…瀕死 弱点属性/火
  広範囲に生息する狼の一種。他の狼種と比べ鋭利な爪が特徴》


やはり正体は狼のようだ。

ぱっと見犬のように見えるが、犬には似ても似つかないほどの大きな鋭利な爪と獰猛な牙が見て取れる。噛みつかれたり引っ掻かれたりしたらひとたまりもないだろう。


「瀕死……か。このままにしておくのも可哀想だな。
 ――すまなかった、すぐ楽にしてやる。安らかに眠ってくれ」 


俺はナイフを構えると、一直線に狼の頭へと突き刺した。

突き刺した瞬間、肉を切り裂く何ともいえない感覚がして思わず鳥肌が立つ。突き刺したところからは血が吹き出ており、俺の服を血で濡らした。

血の噴出も収まり、狼が完全に動かないことを確認して俺は一息つく。初めて生き物をこの手で殺めたという認識が頭を巡り……

――ふと、俺は自分の手足が震えていることに気付いた。

それに気付いた途端、急に体に力が全く入らなくなる。突然のことに困惑したが、体は言うことを聞かずに地面へと座り込んでしまった。


 
血の匂いが妙に鼻につくように感じるのは、気のせいなのだろうか? それとも――

――こっちではこれが"普通"なんだろうか。

ここはあっちの世界と違うことを改めて認識させられる。それと同時に襲ってくる不快感と罪悪感。

……それは、押し潰されてしまいそうなほどの重圧だった。


これまで生き物の命を救うことはあっても、奪うことは始めてだ。思っていたより、ずっと辛い。これからも同じことを幾度と無くすることになるんだと思うと本当に気が滅入ってしまう。


――今の俺は 『シア』 なんだ。ちゃんと割りきらなきゃ……な。

無理矢理にでも自分を奮い立たせないと心が折れそうになる。いや、正直もう折れかけて居ると言っても過言ではないな。



俺が震える手で狼の死体をバッグに近付けると、狼はスッと消えるようにバッグに吸い込まれた。まるで手近な道具をバックにしまうように、あっさりとその姿が消える。

残ったのは生々しい血痕と血生臭い空気だけだった。


……膝が笑っているのを無理やり動かすが、どうも足元が覚束ない。よたよたと歩いて、俺は倒れるように木陰に入り込んだ。


……なんだか、もう、疲れた。一歩も歩けない。



――そうだ、ちょっとだけ休もう……。
  少し休んだら、きっと次も頑張れるから。
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